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15話 コンラッド視点
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どういうことだ。
朝方届いたばかりの手紙を握る手が震える。ついこの間、モニカを婚約者に認めると言っていたはずなのに、今朝届いた手紙には違うことが書かれていた。
何度も差出人を確認し、書かれている文章を読み直した。
だが書かれている文字も内容も、変わることはなかった。
『モニカ・ヴィンセントを正式な妻として迎えることは許さない』
いくつかの文章のなかに記されていた、はっきりとした意思。
そして続く言葉にはどうしてもと望むのなら、愛人としてなら構わないと書かれていた。
「喜んでいたじゃないか」
あとはヴィンセント伯が了承するだけで、彼女との婚約が結ばれるはずだった。
名高い侯爵家に嫁げるのだから、断られるはずがないと思っていた。だから、彼女との明るい未来を何度も想像し、頬を緩めた。
それなのに、どうしてこんなことに。
「ヴィンセント伯が、断ってきたのか……?」
だがそれなら、愛人なら構わないと言うはずがない。大切な娘を愛人にしたいと望むだろうか。
ならば、どうして――
「……モニカ。俺と君の婚約を認めないと言われたんだが……何か、理由に心当たりはあるか?」
いくら考えても答えは出ず、昼食の席でモニカに尋ねた。
ヴィンセント伯の人となりは俺にはわからない。だが娘である彼女なら何か知っているのではないかと思って。
「そ、それは……」
少しだけ動揺したように瞳を震わせると、モニカは肩を落とし、うつむいた。
そしてぽろぽろと零れはじめた涙に、慌てて頬を伝う涙を指で拭う。
「責めているわけじゃないんだ。君とずっと一緒にいるために、何か方法はないか探しているだけで……」
人のほとんどない裏庭。いつもここで、俺はモニカと過ごしていた。アンジェラが俺の婚約者だったときも、彼女と過ごす時間を邪魔されたくなくて。
だがそれでも、絶対に誰か通らないわけではない。誰かに見られたら、何を言われるかわからない。もしも俺とモニカが不仲だという噂が立って、彼女に近づこうとするやつがでてくるかもしれない。
慌てていることがモニカに気づかれないように、安心させようとできるだけ優しい笑みを浮かべる。
「……きっと、私の育ちを、恥じているのでしょう……」
そんな俺に安心したのか、モニカは振り絞るように話しはじめた。
「お父様に引き取られて教育を受けたとはいえ……私が孤児院で育った過去は変わりません。……きっと、コンラッド様にはふさわしくないと……思われてしまったのかもしれません。でもそれも、しかたないことだと、思います。……ほかの方と違い、ずっと教育を受けていたわけではないから……」
「そんなことはない! 君がどんなに素晴らしいのか、きっと両親も君を見ればわかってくれるはずだ」
潤んだ緑色の瞳が俺に向けられる。少しだけ赤くなっている目じりと頬に、ぐっと胸が絞めつけられた。
「ですが……それでも、認めてくださらなかったら……」
「絶対に認めさせる」
「……どうやって……?」
懇願するように問われ、言葉に詰まる。両親は頭が固く、アンジェラを婚約者にするときもなかなか首を縦に振ってくれなかった。
時間をかければ頷いてくれるかもしれないが、そのあいだずっとモニカを不安がらせることになる。彼女をこのまま泣かせ続けるなんて、俺にはできない。
モニカの体を抱き寄せながら、どうすればいいのか頭を悩ませる。
孤児院で育った過去を消すことはできない。ならそれを上回る何かを、両親に提示するべきだ。
アンジェラはそうした。俺と彼女の婚約は、俺の説得とアンジェラの努力が実を結んだ結果だった。
だから同じことをすれば、両親も頷いてくれるはず。問題はどうするか―
「大丈夫だ。良案が浮かんだ」
頭に浮かんだのは、慣れ親しんだ顔。
たとえほかに婚約者がいようと――俺と彼女の絆は、その程度で揺らぐようなものじゃない。これまで共に歩んできた時間が、俺と彼女にはある。
これまで俺のためにと努力し続けてきた彼女なら、きっと今回も俺のために、何かいい案を考えてくるはずだ。
朝方届いたばかりの手紙を握る手が震える。ついこの間、モニカを婚約者に認めると言っていたはずなのに、今朝届いた手紙には違うことが書かれていた。
何度も差出人を確認し、書かれている文章を読み直した。
だが書かれている文字も内容も、変わることはなかった。
『モニカ・ヴィンセントを正式な妻として迎えることは許さない』
いくつかの文章のなかに記されていた、はっきりとした意思。
そして続く言葉にはどうしてもと望むのなら、愛人としてなら構わないと書かれていた。
「喜んでいたじゃないか」
あとはヴィンセント伯が了承するだけで、彼女との婚約が結ばれるはずだった。
名高い侯爵家に嫁げるのだから、断られるはずがないと思っていた。だから、彼女との明るい未来を何度も想像し、頬を緩めた。
それなのに、どうしてこんなことに。
「ヴィンセント伯が、断ってきたのか……?」
だがそれなら、愛人なら構わないと言うはずがない。大切な娘を愛人にしたいと望むだろうか。
ならば、どうして――
「……モニカ。俺と君の婚約を認めないと言われたんだが……何か、理由に心当たりはあるか?」
いくら考えても答えは出ず、昼食の席でモニカに尋ねた。
ヴィンセント伯の人となりは俺にはわからない。だが娘である彼女なら何か知っているのではないかと思って。
「そ、それは……」
少しだけ動揺したように瞳を震わせると、モニカは肩を落とし、うつむいた。
そしてぽろぽろと零れはじめた涙に、慌てて頬を伝う涙を指で拭う。
「責めているわけじゃないんだ。君とずっと一緒にいるために、何か方法はないか探しているだけで……」
人のほとんどない裏庭。いつもここで、俺はモニカと過ごしていた。アンジェラが俺の婚約者だったときも、彼女と過ごす時間を邪魔されたくなくて。
だがそれでも、絶対に誰か通らないわけではない。誰かに見られたら、何を言われるかわからない。もしも俺とモニカが不仲だという噂が立って、彼女に近づこうとするやつがでてくるかもしれない。
慌てていることがモニカに気づかれないように、安心させようとできるだけ優しい笑みを浮かべる。
「……きっと、私の育ちを、恥じているのでしょう……」
そんな俺に安心したのか、モニカは振り絞るように話しはじめた。
「お父様に引き取られて教育を受けたとはいえ……私が孤児院で育った過去は変わりません。……きっと、コンラッド様にはふさわしくないと……思われてしまったのかもしれません。でもそれも、しかたないことだと、思います。……ほかの方と違い、ずっと教育を受けていたわけではないから……」
「そんなことはない! 君がどんなに素晴らしいのか、きっと両親も君を見ればわかってくれるはずだ」
潤んだ緑色の瞳が俺に向けられる。少しだけ赤くなっている目じりと頬に、ぐっと胸が絞めつけられた。
「ですが……それでも、認めてくださらなかったら……」
「絶対に認めさせる」
「……どうやって……?」
懇願するように問われ、言葉に詰まる。両親は頭が固く、アンジェラを婚約者にするときもなかなか首を縦に振ってくれなかった。
時間をかければ頷いてくれるかもしれないが、そのあいだずっとモニカを不安がらせることになる。彼女をこのまま泣かせ続けるなんて、俺にはできない。
モニカの体を抱き寄せながら、どうすればいいのか頭を悩ませる。
孤児院で育った過去を消すことはできない。ならそれを上回る何かを、両親に提示するべきだ。
アンジェラはそうした。俺と彼女の婚約は、俺の説得とアンジェラの努力が実を結んだ結果だった。
だから同じことをすれば、両親も頷いてくれるはず。問題はどうするか―
「大丈夫だ。良案が浮かんだ」
頭に浮かんだのは、慣れ親しんだ顔。
たとえほかに婚約者がいようと――俺と彼女の絆は、その程度で揺らぐようなものじゃない。これまで共に歩んできた時間が、俺と彼女にはある。
これまで俺のためにと努力し続けてきた彼女なら、きっと今回も俺のために、何かいい案を考えてくるはずだ。
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