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14話

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 実の両親と生き別れ、孤児院で育った可憐な令嬢――それが、モニカ・ヴィンセントのはずだ。
 だというのに、ヴィンセント伯が実の親ではないということは、どういうことなのだろう。

「ヴィンセント伯の実子が孤児院でひどい扱いを受けていた……というのは事実だよ。その孤児院は処分が下り、職員の供述もある。だが残念ながら、ヴィンセント伯の子はすでに亡くなっていた」
「え、ええと、それはつまり……じゃあ、モニカさんは……」
「彼女はヴィンセント伯の子供……モニカと親しくしていた孤児だそうだ。よく似てて、とても仲がよかった……だから、亡き娘の友人を引き取った――という話なら、美談だったのだろうけどね」

 ということは、そういう話ではないのだろう。
 サイラス様は自ら淹れたお茶を一口飲むと、苦笑を浮かべた。


「ヴィンセント夫人が、自分の娘が亡くなったことを信じようとしなかった。よく似ていた子供を、我が子だと言ってきかなかったらしい。……だから、養子として迎え、我が子の名前を与え、実子のように扱うことにした……夫人の精神を安定させるために」
「で、ですが、誰もそんなことは……みんな、彼女をヴィンセント伯の子供だと思って、接しています」
「夫人は子供に関すること以外は正常で、社交もつつがなくこなしている。学園で孤児として扱われていると知れば取り乱すと思ったのだろうね。学園でも実子のように扱うつもりだと……王家を謀る意思はないと、事前に通達されていたらしい」

 ヴィンセント伯は長年国に仕え、夫人は中立な立場として社交界を円滑に回す役目を担っている。
 だから、わざわざ養子であると公表する理由もないのだから、その程度なら――そう考えて、王家はヴィンセント伯の言葉を受け入れたのだろう。

「まさかアシュクロフト家の子息と恋仲になるとは……誰も思っていなかったようだ。わきまえて生活すると楽観的に考えていたんだろう。今ごろ、ヴィンセント家は大騒ぎになっているだろうな」

 だんだんと優雅な貴公子の顔が剥がれてきている。
 サイラス様はヴィンセント伯に何か恨みでもあるのだろうか。そう思ってしまうぐらい、悪い顔で笑っている。

「それで僕が彼女に何を言ったのかだが……王家が了承した以上、彼女が養子であると僕から言うことはできない。だから僕はただ、名前を聞いただけだ」
「それだけで……」

 でもそうか、直前に名乗ったのにもう一度、しかもほかに聞かれないように問われたら、もしかしてと思っても不思議ではない。やましいことがあるのなら、なおさら。

「思っていたよりは頭が回るらしい。僕が知っていることにすぐに気づいてくれたよ。……まずいことをしたという意識はなさそうだったがな」
「……アシュクロフト家との婚約、ですか」

 子爵令嬢である私との婚約に難色を示していたあの人たちのことだ。
 モニカが伯爵令嬢ではなく、ただの養子であると知ればきっと憤慨することだろう。ヴィンセント家に抗議しにいく可能性すらある。

 サイラス様は、ヴィンセント伯は養子として迎えたと言っていた。たとえ実子のように扱われていたとしても、実子と同じ権利を主張することはできない。
 ただの養子に過ぎない彼女がヴィンセント伯に不利益を被らせたとなれば、さすがに夫人の顔色ばかりうかがってはいられないだろう。

「……アンジェラ。もしもコンラッドがもう一度婚約したいと言ってきても……僕を捨てないでいてくれるかい?」

 いつの間にか貴公子の仮面を被りなおしたらしい。私の手を取り見つめてくる姿は優雅でいて、どことなく哀れみを誘う。
 演技とそうじゃないときの落差が激しいので、演技するのならすると事前に教えてほしい。

「捨てませんよ。二年半、契約どおり婚約者を務めさせていただきます」
「ああ、よろしく頼むよ」

 するりと繋がれていた手が離れた。
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