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5話

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 リトアドビア国の現国王は今から二十年ほど前に他国の王女を妻に迎えた。
 そうして十六年前、念願の第一子を設けた。それが、王太子であるルーファウス殿下である。
 だがそれからというもの子を宿す兆しはなく――いまだに国王夫妻の子供はルーファウス殿下だけ。

「陛下やルーファウスに何かあれば、王位継承権は僕に回ってくる」

 サイラス様手ずから入れてくれたお茶を挟むように、向かい合って座る。
 さすが公爵家嫡男のために用意された部屋。ソファの座り心地も格別だ。

「王妃殿下の母国は、王位をめぐって何度も争った歴史を持っている。彼女の代ではそういったことは起きなかったが……ここでも起きないとは限らない」
「……ええと、それが二年半の婚約と、関係があるのですか?」

 婚約はどういうことなのか、それに二年半とはいったい。そんな疑問を抱いた私に、サイラス様はお茶を淹れ、ゆっくり話すからといってソファに座るように促してきた。
 そうして聞かされたのが、国王夫妻の子供事情である。

「ルーファウス以外にも子供がいれば、そんな疑念を抱くことはなかったんだろうけどね。だけど残念ながら、中々子宝に恵まれず……焦りが余計な不安を生み出したのだろう。だが僕は玉座に興味はない」

 優雅な仕草でカップに口をつけ、ひと息つくと、サイラス様は言葉を続けた。

「とはいえ、僕がいくらそう訴えたところで、口ではなんとでも言えると受け取られるだけだ。ならば行動で示そうと思い――君に婚約を持ちかけた」
「私との婚約が、どうして行動で示すことになるのか見当もつかないのですけれど……」
「公爵家を継ぐ者として、いずれ結婚しなければいけないのはわかっている。実際、すでに婚約の打診がきている。だがそのどれも高位貴族――力のある家ばかり。そんな家の娘と婚約したと聞けば、王妃殿下の不安は増すだろう」
「だから、まったくなんの力もない子爵家の私と……ということですか?」

 一文官に過ぎず、領地も小さい。これといった特産も何もなく、税収もわずかなもの。
 そんな家を縁づいても、なんの得にもならない。だからコンラッドの両親も難色を示していたわけだけど。

「ですが、二年半と期間を設けるということは……いずれはその、力のある家の方と縁づくことになるのでは?」
「とりあえず、ルーファウスが学園に……王妃殿下のもとを離れて僕のそばにいる間さえしのげればいい。ルーファウスが城に戻れば、彼女の不安も和らぐはずだ」
「それからなら、誰と結婚しようと気にされないだろうと……」
「それに面倒な婚約の打診を断ることもできる。その気はないというのに、付き合いのある家だからいちいち会わないといけないのは時間の無駄だからな」

 はっきりきっぱりと言い切るその姿は、先ほど一緒に来てほしいと物腰柔らかに言っていたときとは異なる。
 おそらく、こちらが素なのだろう。彼もまた、公爵家嫡男にふさわしいふるまいを求められ、応えているのだと思うと、親近感がわく。私程度に親近感を抱かれていると知られたら怒られそうなので、言わないが。

「お話はわかりました。……それで、そのお話を受けるにあたって、私に得はありますか?」

 居住まいを正し、サイラス様をじっと見つめる。
 やんごとないお方の申し出にこんなことを言うのが失礼だということはわかっている。だけど、こちらはつい先日婚約を解消されたばかり。
 卒業と同時にもう一度婚約がなくなれば、父は烈火のごとく怒り狂うだろうし、二度も婚約が駄目になった女性を嫁に迎えたい家なんてないだろう。

「新たに女性を官僚に雇う動きがある。僕たちが卒業するころには、募集をかけるだろう。それに君を推薦するというのはどうだろうか」
「……私がそんなに働きたがっているように見えますか?」
「目標に突き進むのは嫌いではないだろう」

 何かのために、誰かのために頑張るのは、たしかに嫌いではない。
 だからといって、女性官僚になりたいかと言われたらすぐに頷くことはできない。これまで侯爵夫人になると思い続けていたから、ほかの道なんて考えたこともなかった。

「それと……もしも君に好きな相手ができたら、そのときは僕の全権力を持ってしてでも後押しすると約束しよう」
「嫁げるようにすると確約はしてくれないのですか?」
「無理強いして嫁ぐのは君の本意ではないと思ったが、違うか?」

 傾けられた首とともに銀色の髪が揺れる。
 こちらをまっすぐに見つめる青い瞳は、私の胸の内まで見透かそうとしているようでどことなく居心地が悪い。

「それから、最後までやり切ってくれたら君の献身に見合うだけの報酬を与えよう」

 そう言って提示されたのは、王都の邸宅を二棟ぐらい買えるだけの金額で――

「やります」

 考える間もなく頷いていた。
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