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第三章
第一話
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ポン、という大きな電子音が鳴って目を開いた。ぼくは眠っていたようだった。目の前には相変わらず地球があり、ぼくの右手はアリアの左手とつながっていた。アリアは隣の椅子に座ったまま眠っている。
ぼくは眠りについたことは思い出せなかったけれど、このシャトルに乗ってアリアと話をしたことは覚えていた。もしかしたら記憶の一部は失われているかもしれないけれど、大事なことはみんな覚えていると感じた。
ポン、ともう一度電子音が鳴り、アリアがもぞもぞと動いた。
「当機はこれよりオービタルステーションとのドッキングを行います。細かく揺れますが安全性に問題はありません。ドッキング完了までしばらく着席したままでお待ちください」
アナウンスがそう言い終えると全面モニタが消灯して室内は真っ暗になった。
「おはよ」
暗闇の中からアリアが言った。
「おはよう」
ぼくがアリアの手とつながっている手を握るとアリアが握り返す。この手がアリアとつながっていると思うだけで、あらゆる不安が薄まっていくような気がした。
室内にいろいろな機械音が聞こえ初めた。小さなアクチュエータみたいなものが動く音。大きなモータの回る音。コンプレッサの圧縮空気が抜ける音。コンプレッサが空気を圧縮する音。金属の部品どうしがぶつかる音。金属の部品どうしが擦れあう音。音とともにシャトルの姿勢も変化しているようだけれど、重力が弱まっているせいかどういう状態にあるのか想像するのは難しかった。
ガチャン、とひときわ大きな金属音がして、あちこちで圧縮空気の抜ける音がした。仕事を終えたコンプレッサが力を抜いたようだった。
ポン、と例の電子音がした。
「おまたせいたしました。当機はオービタルステーションとドッキングしました。シートベルトが外れてもハッチが開くまでそのまま椅子に腰掛けてお待ちください」
アナウンスがそう言うと腰を押さえていたベルトが解除された。ベルトが解除されると体が浮き上がりそうになった。
「無重力?」とアリアが聞いた。
「無重量かな。重さを感じない状態だよ。でも本当は、この場所でも地球の重力はかなり強くかかっているんだ。それでも浮かび上がってしまうのはこのステーションが落ち続けているからだよ。軌道上に滞空しているものは言ってみればすごい速さで横に飛びながら地球に向かって落っこち続けてるんだ」
ぼくはそう言ってアリアの方を向いた。大きな音をたててハッチが開く。ハッチと船体の隙間から真っ白な光が入ってくる。暗闇に慣れていた目には強すぎる光で、アリアの顔が一瞬見えてすぐに真っ白く塗りつぶされた。ぼくは目を細めながらハッチの外を見た。ハッチが開ききったのを確認して立ち上がろうとすると、そのまま体が浮かび上がり通路のほうへと流れ出た。
ステーション側からまっすぐ突き出た通路が、空港の搭乗デッキのようにシャトルのハッチとつながっていた。
「これ、少しずつ動かないと壁にぶつかるね」
アリアがそう言いながら壁に触れると反対側に飛ばされ、今度はぼくが反対側の壁に触れる。壁から離れるときに手で押してしまうと反動で反対側に飛ばされてしまう。ぼくらはハッチを出てすぐのところで手をつないだまま通路の壁の間を行き来しながら無重量下での動き方を確認した。つないだ手ははなしてしまうと再びつなぐことができなくなるような気がしてはなせなかった。
ある程度動きに慣れてから、床を蹴って通路の中をステーション側に向かって移動した。通路は気圧の調節をするエアロックを介してステーションとつながっている。エアロックは通路側の扉が開いていた。ぼくらが飛び込むと扉が閉まり、ステーション側の扉が開いた。
ぼくらは自動的に開く扉に誘われるようにしてステーション内に入った。入るとエアロックの扉が閉まり、機械音が響いた。ステーションのぼくらがいる部分は回廊のようになっていて、両側に小さな窓が並んでいた。その窓のひとつからシャトルのウナギのような姿が見えた。ウナギはいくつかのアームでステーションに固定されているようだった。ぼくらの通ってきた通路がウナギの背から離れ、縮んでいくのが見えた。シャトルのハッチは閉まっていた。
「出迎えは、ないみたいね」
「うん」
ぼくは耳をすませてみた。空調か照明か、正体のわからない低い音がしている以外には目立った音はなかった。
「進んでみようか」
ぼくはそう言うと、回廊の両側に設けられている手すりを支えにしながら移動した。アリアはぼくに手を引かれてついてくる。
「ね、レイトちょっと待って。こっち側の窓」
アリアに言われてぼくは手すりを握り、壁側に貼り付いた。さっきシャトルを覗いたのとは反対側の窓を覗いてみると、そこにはあのウナギみたいなシャトルがもう一機ドッキングしていた。
「ね、あれってあたしたちが乗ってきたやつじゃないよね?」
「うん。ぼくらが乗ってきたのと同じタイプのシャトルだけど別の機体だね」
「てことはあたしたち以外にもたどり着いたプレイヤーがいるってことかな」
「そうかもしれない。アクセルが乗ってきたのかも。もしかしたら他の誰かも」
ぼくらは窓から離れてふたたび進み始めた。同じ景色が続くのと、慣れない飛ぶような移動のせいで距離感がつかみにくかった。どのぐらい進んだのかすぐにわからなくなるのだ。しばらく進んだところで回廊は少しひらけた場所に出た。天井に丸く穴が空いていて、穴の中央に柱が立っていた。
「あそこから上に行けそうだよ」
「重力がこういう感じだと階段じゃなくて棒なんだね」
「手すりさえあればどんな向きにでも移動できるからね」
ぼくはその手すりに向かって飛んでいき、手すりのところで止まってから床を蹴って上のフロアへ移動した。
上のフロアも回廊のようではあったけれど、回廊にそってドアが並んでいた。
「部屋かな。人がいるのかな」
「でも人がいるにしてはさ、文字がないよね。ふつう人のいるところってさ、壁や扉に文字や番号があったり、案内が書いてあったりするでしょ。ここにはそういうものがなにもないよね」
アリアはそう言って周りを見回した。
「ほんとだ」
ぼくも周りを見回した。回廊の壁にも、並んでいる扉にも、床にも天井にも、情報と呼べそうなものがなに一つなかった。そのことが、この場所が人のためのものではないことを表しているように思えた。
「でも人がいないとしたら、こんなふうに気圧や温度なんかを人用に整える必要はないよね」
ぼくは扉の一つに近づいてみた。それは壁の一部が別のパーツになっているから扉のように見えている、というもので、確かに開きそうな構造にはなっているけれど、把手のようなものはなかった。開くとしても手で開くようなものではなさそうだ。といって操作ボタンのようなものもなく、近づいても開かなかった。いまのところこれが扉だとしても開く方法はなさそうだった。
「開けられそうにない」
「そうね」
扉をひとつずつ確認しながら進んでいくと、他の扉より大きな扉が、他の扉よりも少し奥まった状態であった。それまで見てきた扉は片開きの引き戸のような一枚の扉だったけれど、その扉は左右一枚ずつが中央で合わさったような形で、高さも他の扉よりも高かった。
「なんだろうここ」
ぼくらが近づくとその扉はスルスルとほとんど音をさせずに開いた。ぼくは驚いて思わずつないでいたアリアの手を強く握った。
「開いた」
「開いたね」
ぼくはおそるおそる、でも迷うことはなく、扉の中へと進んだ。ぼくらが進むと背後で扉が閉まり、あたりが明るくなってぼくらは着地した。
「あ」
ぼくらはほとんど同時に声を出した。
「重力がある」
まだふわふわした感じはあるので地上よりは弱いけれど、これまで通ってきた場所と比べると明らかに重量を感じた。床を蹴れば宙に浮かべそうな感覚ではあったけれど、気をつければなんとか歩けそうだった。
「なぜここは重さを感じるんだろう」
ぼくらはそれぞれに室内を見回した。
「よくきたね。レイト君、アリア君」
唐突に声が響いた。
ぼくとアリアは目を合わせてから目の前の扉を見て声の続きを待った。
「ほんとうによくここまでたどり着いた。わたしはこれからきみたちに最後の試練を与える。それを超えることができたら、わたしはきみたちに会おう。そしてきみたちをシオンへと送り届ける。このステーションは自給自足だからきみたちは寿命が尽きるまでここで暮らすこともできる。試練にはいつチャレンジしてもいいし、何度チャレンジしてもいい」
声が途切れた。ぼくはアリアを見つめた。アリアは無言で頷いた。
ぼくは眠りについたことは思い出せなかったけれど、このシャトルに乗ってアリアと話をしたことは覚えていた。もしかしたら記憶の一部は失われているかもしれないけれど、大事なことはみんな覚えていると感じた。
ポン、ともう一度電子音が鳴り、アリアがもぞもぞと動いた。
「当機はこれよりオービタルステーションとのドッキングを行います。細かく揺れますが安全性に問題はありません。ドッキング完了までしばらく着席したままでお待ちください」
アナウンスがそう言い終えると全面モニタが消灯して室内は真っ暗になった。
「おはよ」
暗闇の中からアリアが言った。
「おはよう」
ぼくがアリアの手とつながっている手を握るとアリアが握り返す。この手がアリアとつながっていると思うだけで、あらゆる不安が薄まっていくような気がした。
室内にいろいろな機械音が聞こえ初めた。小さなアクチュエータみたいなものが動く音。大きなモータの回る音。コンプレッサの圧縮空気が抜ける音。コンプレッサが空気を圧縮する音。金属の部品どうしがぶつかる音。金属の部品どうしが擦れあう音。音とともにシャトルの姿勢も変化しているようだけれど、重力が弱まっているせいかどういう状態にあるのか想像するのは難しかった。
ガチャン、とひときわ大きな金属音がして、あちこちで圧縮空気の抜ける音がした。仕事を終えたコンプレッサが力を抜いたようだった。
ポン、と例の電子音がした。
「おまたせいたしました。当機はオービタルステーションとドッキングしました。シートベルトが外れてもハッチが開くまでそのまま椅子に腰掛けてお待ちください」
アナウンスがそう言うと腰を押さえていたベルトが解除された。ベルトが解除されると体が浮き上がりそうになった。
「無重力?」とアリアが聞いた。
「無重量かな。重さを感じない状態だよ。でも本当は、この場所でも地球の重力はかなり強くかかっているんだ。それでも浮かび上がってしまうのはこのステーションが落ち続けているからだよ。軌道上に滞空しているものは言ってみればすごい速さで横に飛びながら地球に向かって落っこち続けてるんだ」
ぼくはそう言ってアリアの方を向いた。大きな音をたててハッチが開く。ハッチと船体の隙間から真っ白な光が入ってくる。暗闇に慣れていた目には強すぎる光で、アリアの顔が一瞬見えてすぐに真っ白く塗りつぶされた。ぼくは目を細めながらハッチの外を見た。ハッチが開ききったのを確認して立ち上がろうとすると、そのまま体が浮かび上がり通路のほうへと流れ出た。
ステーション側からまっすぐ突き出た通路が、空港の搭乗デッキのようにシャトルのハッチとつながっていた。
「これ、少しずつ動かないと壁にぶつかるね」
アリアがそう言いながら壁に触れると反対側に飛ばされ、今度はぼくが反対側の壁に触れる。壁から離れるときに手で押してしまうと反動で反対側に飛ばされてしまう。ぼくらはハッチを出てすぐのところで手をつないだまま通路の壁の間を行き来しながら無重量下での動き方を確認した。つないだ手ははなしてしまうと再びつなぐことができなくなるような気がしてはなせなかった。
ある程度動きに慣れてから、床を蹴って通路の中をステーション側に向かって移動した。通路は気圧の調節をするエアロックを介してステーションとつながっている。エアロックは通路側の扉が開いていた。ぼくらが飛び込むと扉が閉まり、ステーション側の扉が開いた。
ぼくらは自動的に開く扉に誘われるようにしてステーション内に入った。入るとエアロックの扉が閉まり、機械音が響いた。ステーションのぼくらがいる部分は回廊のようになっていて、両側に小さな窓が並んでいた。その窓のひとつからシャトルのウナギのような姿が見えた。ウナギはいくつかのアームでステーションに固定されているようだった。ぼくらの通ってきた通路がウナギの背から離れ、縮んでいくのが見えた。シャトルのハッチは閉まっていた。
「出迎えは、ないみたいね」
「うん」
ぼくは耳をすませてみた。空調か照明か、正体のわからない低い音がしている以外には目立った音はなかった。
「進んでみようか」
ぼくはそう言うと、回廊の両側に設けられている手すりを支えにしながら移動した。アリアはぼくに手を引かれてついてくる。
「ね、レイトちょっと待って。こっち側の窓」
アリアに言われてぼくは手すりを握り、壁側に貼り付いた。さっきシャトルを覗いたのとは反対側の窓を覗いてみると、そこにはあのウナギみたいなシャトルがもう一機ドッキングしていた。
「ね、あれってあたしたちが乗ってきたやつじゃないよね?」
「うん。ぼくらが乗ってきたのと同じタイプのシャトルだけど別の機体だね」
「てことはあたしたち以外にもたどり着いたプレイヤーがいるってことかな」
「そうかもしれない。アクセルが乗ってきたのかも。もしかしたら他の誰かも」
ぼくらは窓から離れてふたたび進み始めた。同じ景色が続くのと、慣れない飛ぶような移動のせいで距離感がつかみにくかった。どのぐらい進んだのかすぐにわからなくなるのだ。しばらく進んだところで回廊は少しひらけた場所に出た。天井に丸く穴が空いていて、穴の中央に柱が立っていた。
「あそこから上に行けそうだよ」
「重力がこういう感じだと階段じゃなくて棒なんだね」
「手すりさえあればどんな向きにでも移動できるからね」
ぼくはその手すりに向かって飛んでいき、手すりのところで止まってから床を蹴って上のフロアへ移動した。
上のフロアも回廊のようではあったけれど、回廊にそってドアが並んでいた。
「部屋かな。人がいるのかな」
「でも人がいるにしてはさ、文字がないよね。ふつう人のいるところってさ、壁や扉に文字や番号があったり、案内が書いてあったりするでしょ。ここにはそういうものがなにもないよね」
アリアはそう言って周りを見回した。
「ほんとだ」
ぼくも周りを見回した。回廊の壁にも、並んでいる扉にも、床にも天井にも、情報と呼べそうなものがなに一つなかった。そのことが、この場所が人のためのものではないことを表しているように思えた。
「でも人がいないとしたら、こんなふうに気圧や温度なんかを人用に整える必要はないよね」
ぼくは扉の一つに近づいてみた。それは壁の一部が別のパーツになっているから扉のように見えている、というもので、確かに開きそうな構造にはなっているけれど、把手のようなものはなかった。開くとしても手で開くようなものではなさそうだ。といって操作ボタンのようなものもなく、近づいても開かなかった。いまのところこれが扉だとしても開く方法はなさそうだった。
「開けられそうにない」
「そうね」
扉をひとつずつ確認しながら進んでいくと、他の扉より大きな扉が、他の扉よりも少し奥まった状態であった。それまで見てきた扉は片開きの引き戸のような一枚の扉だったけれど、その扉は左右一枚ずつが中央で合わさったような形で、高さも他の扉よりも高かった。
「なんだろうここ」
ぼくらが近づくとその扉はスルスルとほとんど音をさせずに開いた。ぼくは驚いて思わずつないでいたアリアの手を強く握った。
「開いた」
「開いたね」
ぼくはおそるおそる、でも迷うことはなく、扉の中へと進んだ。ぼくらが進むと背後で扉が閉まり、あたりが明るくなってぼくらは着地した。
「あ」
ぼくらはほとんど同時に声を出した。
「重力がある」
まだふわふわした感じはあるので地上よりは弱いけれど、これまで通ってきた場所と比べると明らかに重量を感じた。床を蹴れば宙に浮かべそうな感覚ではあったけれど、気をつければなんとか歩けそうだった。
「なぜここは重さを感じるんだろう」
ぼくらはそれぞれに室内を見回した。
「よくきたね。レイト君、アリア君」
唐突に声が響いた。
ぼくとアリアは目を合わせてから目の前の扉を見て声の続きを待った。
「ほんとうによくここまでたどり着いた。わたしはこれからきみたちに最後の試練を与える。それを超えることができたら、わたしはきみたちに会おう。そしてきみたちをシオンへと送り届ける。このステーションは自給自足だからきみたちは寿命が尽きるまでここで暮らすこともできる。試練にはいつチャレンジしてもいいし、何度チャレンジしてもいい」
声が途切れた。ぼくはアリアを見つめた。アリアは無言で頷いた。
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