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第一章
第七話
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目に映るものが次第に見えてくる。目を開かずとも体が重力を感じて向きを理解し、それを踏まえて送られてくる映像の正しい向きを知り、補正する。ぼくは左耳を下にして枕に頭を預けているのだということを、見た。視界の右手には天井がある。中央では机を前にして車輪付きの椅子が佇んでいる。見慣れた自分の部屋をベッドの上で横になって眺めている。目に映る景色は重力に対して九〇度回転したものなのに、不思議とそのようには感じない。天井が右、床が左に見えていても、天井は上、床は下だと感じる。机は中央付近で天板を縦にした状態にあり、その天板に接してゴーグルが見える。もちろん机の上にゴーグルが乗っている、という風に見える。重力を加味して補正する処理は無意識に行われていて、ぼくが普段それに気づくことはない。
ぼんやりと部屋を眺めてから上半身を起こした。ゆっくりと記憶をたどる。
あいつと会ったんだ、ほらあいつ、かまぼこみたいな形のロボットを連れてた、ロボットはそうだフェルマータ、ロボットを連れたあいつだ男の子、アクセル、名前はアクセルだ、人型のロボットに襲われて、ロボットがほしい、奪うんだ、追放、追放する、なんでだっけ、ばかでめざわりだからだ資格がないんだってほらシオンの、導かれるべきじゃないとかそういうあれ、あいつロボットと合体しちゃったようなやつ、死んだ死んだ死んだ死、殺、殺した殺す、ちがうぼくじゃないぼくは殺してない殺したのはアクセルだ、殺してないアクセルも殺したんじゃない、彼は、ゲームオーバーになった、それを死んだって言うから殺したってことになるんだ、そうだぼくは悪くないアクセルも悪くない、どうやってあそこへ行ったんだっけ、そうだ、ホイール、みらいの町のホイールに乗ったんだ、大きな時計の、そしたら町の灯りが急に減ってワープしたんだ、さっぽろへ…
ぼくはベッドの上に座って布団に隠れた自分の股の間をぼんやり見ながら記憶をたどった。顔を上げる。目に映るものが変わったはずだけれど脳が受け取らない。
「どうやって帰ってきたんだ?」
あのとき、動いているホイールに乗った。大観覧車と書いてあった。あれが動いていたということは、あそこはイマースした世界だったはずだ。ぼくはこの部屋で、あの椅子に座ってシオンズゲイトへイマースしたはずだ。どうやって戻ってきたかがわからないけれど、このベッドで目覚めたということはイマースモードから浮上してきたはずなのだ。戻ってきて食事をしたり風呂に入ったり、きっと両親とも顔を合わせたりしただろう。その部分の記憶がない。昨日アクセルと別れてからの、と思いかけて、昨日かどうかすら定かではないということに気づいた。
ぼくはベッドから出た。頭が体を忘れて思考に没頭している。体は毎日続けてきた動作をほとんど自動的に実行している。頭も体もしっかり活動しているのに、ぼくは自分をひどくぼんやりした状態だと感じていた。頭の中をなんとか整理しようと試みながら着替えた。着ていたものを脱ぎ、新たなものを着た。日付や曜日などの条件によっては学校へ行くべき日かもしれないのに、そのこともまったく意識されなかった。
着替え終えたぼくは机の上からゴーグルを取り上げて装着した。視界の隅に時計を呼び出すと学校ではすでに授業が始まっている時刻だった。それにこの部屋の外、うちの中に母さんや父さんがいるのかというのも少し気になりはした。この間は父さんも母さんも見当たらなくて、ただトーストだけが用意されていたのだ。あのトーストは今日もあるだろうか。そんなことを一巡り考えはした。
「かまうものか、それどころじゃないんだ」と呟いてぼくは椅子に深く腰を下ろした。背もたれに沈み込んでシオンズゲイトを起動する。ゴーグルが脳神経に介入して五感が遠くなっていった。
駅前広場だった。空は明るく、少なくとも夜ではなかった。相変わらず辺りは多くの人で賑わっている。目的地はきまっていた。もう一度あのホイールのゴンドラに乗るのだ。前回はゴンドラが一番高いところに差し掛かったときさっぽろへワープした。そこからどうやって帰ってきたのかわからない。もう一度行けばなにかわかるかもしれない。巨大なホイールは水路の向こう側に見えている。ぼくは帆船の脇を通ってホイールを目指した。巨大なホイールは遠くからもよく見える。その分距離感がつかみにくい。すぐにたどり着けると思ったのになかなか近づいてこない。あとどれぐらいだろう、と思いながら歩いていると急にホイールの足元に出た。
昨夜来たばかりなのに初めて来たような感覚だった。いや、ぼくの感覚では昨夜だけれど、ゲーム世界ではもっと何日も経っているかもしれない。オンラインゲームなんかだとよくあるやつだ。自分がゲームをしていない間もゲーム世界の時間は流れている。でも時間は流れてもキャラクターは年を取らない。ぼくは自分の掌を見た。ゲーム内とゲームの外で違いがあるようには見えなかった。おそらくぼくの記憶を想起させるようになっているだけで、ゲーム内にはこの体は用意されていないのだろう。枠だけがあって、そこにプレイヤーの記憶から呼び出した体を置く。だから父さんや母さんをはじめ、ぼくが知っている人物は知っている姿のままで登場するのだ。そうなると他のプレイヤーはどうなっているのだろう。例えばアクセルだ。アクセルのゴーグルはアクセルの記憶を想起させてアクセル自身に自分の姿を見せる。そこまではぼくの場合と同じだ。しかしイマース空間でぼくとアクセルは出会った。アクセルの姿はぼくの記憶の中にはない。彼はぼくの知らない人だからだ。ということはあの時ぼくが見たあの姿はアクセル本人の姿とは違うのかもしれない。あるいはゴーグル同士が通信して、互いに自身の姿を送信し合ったのかもしれない。アクセルにはぼくがどんな姿で見えたのだろう。ぼくにはそれを知るすべはなかった。考えてみればぼくを良く知る人からだって、どう見えているのかなんていうことはわからないのだ。ぼくは生まれて初めて、自分が他人からどのように見えているのかということに興味を持った。
ホイールの乗り場は、前に来たときは列ができていたけれど今は誰も待っていなかった。係員は二十代前半ぐらいの若い男で、身をもてあました様子で両手を腰の後ろで組み、半径50センチぐらいの範囲をうろうろと動き回っていた。ぼくが近づくと口元に笑みを浮かべて左手だけを広げてゴンドラの方へ促した。顔の下半分だけが別のものに置き換わったみたいな不気味な表情だった。
ぼくはその係員に会釈してゴンドラへ乗り込んだ。前回よりは幾分スマートに乗り込むことができた。係員はぼくが乗り込むとゴンドラの扉を外から閉め、帽子のつばを触りながら再びあの下半分だけで笑う表情を見せた。
ゴンドラは淡々と高さを増していく。昼間だと景色もまったく違って見えた。高層ビルはそれほど遠くはないはずなのに空気の向こうで脱色されている。夜には光の粒になっていたビルの窓は黒く沈黙している。人は夜と同じように、いや、もしかすると夜よりも多くの人があの窓の向こうにいるはずなのに、黒い穴のような窓は虚ろなものに見える。道は人や車が行き交っているけれど、ゴンドラの高度とともにどんどん希薄になっていった。夜の道路で行き交う光の流れがビルとビルをつなぐネットワークを感じさせたのと対照的だった。
空気だ、とぼくは思った。昼は空気が目に見える。空気が存在を主張することであらゆるものが色を奪われる。ゴンドラに乗って町を見下ろすと普段は気にならない多くのことが意識にのぼる。こんなホイールにゴンドラをつけて乗れるようにした、という話を聞いてわけがわからないと思っていたけれど、乗ってみたらわかるような気がし始めた。ここから見下ろすと人は町というシステムの一部だということがわかる。システムというのは自分がその内側にいるときにはよく見えない。自分がそのシステムの一部であるということも認識できない。そこから外に出ると自分がいったいどんなペテンに加担していたのかがわかる。このゴンドラをつけたホイールは一時的にシステムの外へ出るための道具なのだ。
ゴンドラの窓から見える支柱が扉の中央のラインに重なる。頂上に到達した。緊張が走る。支柱は中央を過ぎ、再び傾き始める。
なにも起こらなかった。窓から見える景色はなにひとつ変化せず、相変わらずみらいの町だった。ぼくは四方の窓を順に見渡した。ワープは発動しなかったのだ。アクセルと会ったあの場所へは、自由に行けるわけではないのだ。思い起こせば前回はゲームのミッションに導かれてここへ来たのだった。やはりミッションが進行していてその必要があるときだけワープが実行されるのだろう。ゴンドラは次第に低くなり、希薄だった町が存在感を取り戻し始める。降りれば降りるほど町は色を取り戻し、行き交う人々がシステムの一部ではなく個々の存在に見えてくる。ゴンドラは最も低い部分にたどり着き、さっきの係員が扉を開けてくれた。ぼくは乗るときと逆の要領で動いているゴンドラから停止している地面へ着地した。システムの内側へ帰ってきたのだ。それを見届けて係員は再び顔の下半分にだけ笑みを浮かべた。ぼくはその顔を見て、やはり乗るときと同じ人だと判断した。でもたった一度見ただけの人だ。ゴンドラが一周回ってくる間に別の人になっていたとして、顔の下半分だけで笑うという癖が共通していたらおそらくわからないだろう。彼もまたシステムの一部なのだ。人々は町を流れる血液のようなもので、ぼくやあの係員はいわば赤血球とか白血球とかそういったものだ。顕微鏡的に見ればひとつひとつが別のものだけれど、拡大率を変えればたちまち液体となる。血液にとって個々の赤血球などどうでもいい。ある赤血球が別のものとすり替わったとして、そんなことに気づくことはない。システムとしての機能が損なわれないように補填されていれば良いのだ。
ぼくは家路につきながら何度もホイールを振り返った。ホイールは時計でもある。振り返るたびに少しずつ時間がたつ。ぼくがイマースしていないときでもあの時計は時を刻んでいるのだろうか。それともぼくがイマースした瞬間に現在時刻に更新されるのだろうか。ぼくはどちらかと言えば前者だろうと思ったし、そう思いたくもあった。
ぼんやりと部屋を眺めてから上半身を起こした。ゆっくりと記憶をたどる。
あいつと会ったんだ、ほらあいつ、かまぼこみたいな形のロボットを連れてた、ロボットはそうだフェルマータ、ロボットを連れたあいつだ男の子、アクセル、名前はアクセルだ、人型のロボットに襲われて、ロボットがほしい、奪うんだ、追放、追放する、なんでだっけ、ばかでめざわりだからだ資格がないんだってほらシオンの、導かれるべきじゃないとかそういうあれ、あいつロボットと合体しちゃったようなやつ、死んだ死んだ死んだ死、殺、殺した殺す、ちがうぼくじゃないぼくは殺してない殺したのはアクセルだ、殺してないアクセルも殺したんじゃない、彼は、ゲームオーバーになった、それを死んだって言うから殺したってことになるんだ、そうだぼくは悪くないアクセルも悪くない、どうやってあそこへ行ったんだっけ、そうだ、ホイール、みらいの町のホイールに乗ったんだ、大きな時計の、そしたら町の灯りが急に減ってワープしたんだ、さっぽろへ…
ぼくはベッドの上に座って布団に隠れた自分の股の間をぼんやり見ながら記憶をたどった。顔を上げる。目に映るものが変わったはずだけれど脳が受け取らない。
「どうやって帰ってきたんだ?」
あのとき、動いているホイールに乗った。大観覧車と書いてあった。あれが動いていたということは、あそこはイマースした世界だったはずだ。ぼくはこの部屋で、あの椅子に座ってシオンズゲイトへイマースしたはずだ。どうやって戻ってきたかがわからないけれど、このベッドで目覚めたということはイマースモードから浮上してきたはずなのだ。戻ってきて食事をしたり風呂に入ったり、きっと両親とも顔を合わせたりしただろう。その部分の記憶がない。昨日アクセルと別れてからの、と思いかけて、昨日かどうかすら定かではないということに気づいた。
ぼくはベッドから出た。頭が体を忘れて思考に没頭している。体は毎日続けてきた動作をほとんど自動的に実行している。頭も体もしっかり活動しているのに、ぼくは自分をひどくぼんやりした状態だと感じていた。頭の中をなんとか整理しようと試みながら着替えた。着ていたものを脱ぎ、新たなものを着た。日付や曜日などの条件によっては学校へ行くべき日かもしれないのに、そのこともまったく意識されなかった。
着替え終えたぼくは机の上からゴーグルを取り上げて装着した。視界の隅に時計を呼び出すと学校ではすでに授業が始まっている時刻だった。それにこの部屋の外、うちの中に母さんや父さんがいるのかというのも少し気になりはした。この間は父さんも母さんも見当たらなくて、ただトーストだけが用意されていたのだ。あのトーストは今日もあるだろうか。そんなことを一巡り考えはした。
「かまうものか、それどころじゃないんだ」と呟いてぼくは椅子に深く腰を下ろした。背もたれに沈み込んでシオンズゲイトを起動する。ゴーグルが脳神経に介入して五感が遠くなっていった。
駅前広場だった。空は明るく、少なくとも夜ではなかった。相変わらず辺りは多くの人で賑わっている。目的地はきまっていた。もう一度あのホイールのゴンドラに乗るのだ。前回はゴンドラが一番高いところに差し掛かったときさっぽろへワープした。そこからどうやって帰ってきたのかわからない。もう一度行けばなにかわかるかもしれない。巨大なホイールは水路の向こう側に見えている。ぼくは帆船の脇を通ってホイールを目指した。巨大なホイールは遠くからもよく見える。その分距離感がつかみにくい。すぐにたどり着けると思ったのになかなか近づいてこない。あとどれぐらいだろう、と思いながら歩いていると急にホイールの足元に出た。
昨夜来たばかりなのに初めて来たような感覚だった。いや、ぼくの感覚では昨夜だけれど、ゲーム世界ではもっと何日も経っているかもしれない。オンラインゲームなんかだとよくあるやつだ。自分がゲームをしていない間もゲーム世界の時間は流れている。でも時間は流れてもキャラクターは年を取らない。ぼくは自分の掌を見た。ゲーム内とゲームの外で違いがあるようには見えなかった。おそらくぼくの記憶を想起させるようになっているだけで、ゲーム内にはこの体は用意されていないのだろう。枠だけがあって、そこにプレイヤーの記憶から呼び出した体を置く。だから父さんや母さんをはじめ、ぼくが知っている人物は知っている姿のままで登場するのだ。そうなると他のプレイヤーはどうなっているのだろう。例えばアクセルだ。アクセルのゴーグルはアクセルの記憶を想起させてアクセル自身に自分の姿を見せる。そこまではぼくの場合と同じだ。しかしイマース空間でぼくとアクセルは出会った。アクセルの姿はぼくの記憶の中にはない。彼はぼくの知らない人だからだ。ということはあの時ぼくが見たあの姿はアクセル本人の姿とは違うのかもしれない。あるいはゴーグル同士が通信して、互いに自身の姿を送信し合ったのかもしれない。アクセルにはぼくがどんな姿で見えたのだろう。ぼくにはそれを知るすべはなかった。考えてみればぼくを良く知る人からだって、どう見えているのかなんていうことはわからないのだ。ぼくは生まれて初めて、自分が他人からどのように見えているのかということに興味を持った。
ホイールの乗り場は、前に来たときは列ができていたけれど今は誰も待っていなかった。係員は二十代前半ぐらいの若い男で、身をもてあました様子で両手を腰の後ろで組み、半径50センチぐらいの範囲をうろうろと動き回っていた。ぼくが近づくと口元に笑みを浮かべて左手だけを広げてゴンドラの方へ促した。顔の下半分だけが別のものに置き換わったみたいな不気味な表情だった。
ぼくはその係員に会釈してゴンドラへ乗り込んだ。前回よりは幾分スマートに乗り込むことができた。係員はぼくが乗り込むとゴンドラの扉を外から閉め、帽子のつばを触りながら再びあの下半分だけで笑う表情を見せた。
ゴンドラは淡々と高さを増していく。昼間だと景色もまったく違って見えた。高層ビルはそれほど遠くはないはずなのに空気の向こうで脱色されている。夜には光の粒になっていたビルの窓は黒く沈黙している。人は夜と同じように、いや、もしかすると夜よりも多くの人があの窓の向こうにいるはずなのに、黒い穴のような窓は虚ろなものに見える。道は人や車が行き交っているけれど、ゴンドラの高度とともにどんどん希薄になっていった。夜の道路で行き交う光の流れがビルとビルをつなぐネットワークを感じさせたのと対照的だった。
空気だ、とぼくは思った。昼は空気が目に見える。空気が存在を主張することであらゆるものが色を奪われる。ゴンドラに乗って町を見下ろすと普段は気にならない多くのことが意識にのぼる。こんなホイールにゴンドラをつけて乗れるようにした、という話を聞いてわけがわからないと思っていたけれど、乗ってみたらわかるような気がし始めた。ここから見下ろすと人は町というシステムの一部だということがわかる。システムというのは自分がその内側にいるときにはよく見えない。自分がそのシステムの一部であるということも認識できない。そこから外に出ると自分がいったいどんなペテンに加担していたのかがわかる。このゴンドラをつけたホイールは一時的にシステムの外へ出るための道具なのだ。
ゴンドラの窓から見える支柱が扉の中央のラインに重なる。頂上に到達した。緊張が走る。支柱は中央を過ぎ、再び傾き始める。
なにも起こらなかった。窓から見える景色はなにひとつ変化せず、相変わらずみらいの町だった。ぼくは四方の窓を順に見渡した。ワープは発動しなかったのだ。アクセルと会ったあの場所へは、自由に行けるわけではないのだ。思い起こせば前回はゲームのミッションに導かれてここへ来たのだった。やはりミッションが進行していてその必要があるときだけワープが実行されるのだろう。ゴンドラは次第に低くなり、希薄だった町が存在感を取り戻し始める。降りれば降りるほど町は色を取り戻し、行き交う人々がシステムの一部ではなく個々の存在に見えてくる。ゴンドラは最も低い部分にたどり着き、さっきの係員が扉を開けてくれた。ぼくは乗るときと逆の要領で動いているゴンドラから停止している地面へ着地した。システムの内側へ帰ってきたのだ。それを見届けて係員は再び顔の下半分にだけ笑みを浮かべた。ぼくはその顔を見て、やはり乗るときと同じ人だと判断した。でもたった一度見ただけの人だ。ゴンドラが一周回ってくる間に別の人になっていたとして、顔の下半分だけで笑うという癖が共通していたらおそらくわからないだろう。彼もまたシステムの一部なのだ。人々は町を流れる血液のようなもので、ぼくやあの係員はいわば赤血球とか白血球とかそういったものだ。顕微鏡的に見ればひとつひとつが別のものだけれど、拡大率を変えればたちまち液体となる。血液にとって個々の赤血球などどうでもいい。ある赤血球が別のものとすり替わったとして、そんなことに気づくことはない。システムとしての機能が損なわれないように補填されていれば良いのだ。
ぼくは家路につきながら何度もホイールを振り返った。ホイールは時計でもある。振り返るたびに少しずつ時間がたつ。ぼくがイマースしていないときでもあの時計は時を刻んでいるのだろうか。それともぼくがイマースした瞬間に現在時刻に更新されるのだろうか。ぼくはどちらかと言えば前者だろうと思ったし、そう思いたくもあった。
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