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赤い目の子と青い竜
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かの人々は、こう言い伝えた。
――深き海の奥底に照らす光があらん――――
そこは広大な海の中、惑星の十割を占める深い青の奥底に広がる世界。
陸といったものはなく、すべての生き物は海中でその生命を終える。変化の多い海の中で必死に生き残るためにその身を変え続けなくてはいけない。
その世界でも特に異質な、姿かたちを一切変えず文明を築き上げながら生きながらえてきた生き物がいる。彼らは自分たちをゾーラーと呼び、厳しい海の中でも生活できるほどの知識と二つずつ生えた手足を巧みに扱えるほどの身体能力を備えていた。言葉というもので意思疎通をし、その身体は成人するころには屈強になり、それには雄も雌も関係がない。肌は海の色を映したかのような鮮やかな藍色をしていて、髪の色はそれぞれ異なっているが、唯一、瞳の色だけは決まっていた。
……ただ一人を除いては。
首都王国から千里も離れた人口三十人ほどの小さな村のはずれにある、村人も誰も近寄らない廃れ寂れた海底洞窟で、金色にきらめく糸のような短髪を揺らしながら、真珠のように丸い〝赤い〟瞳を輝かせている少年。
彼の名はルト。恐らくこの上唯一の紅い目を持つ者である。
一人だけ違う瞳の色、そのことで村の大人たちからは奇異の目で見られ、同い年の子供たちからも毛嫌いされるため、一人で遊ぶことの多い彼は今日もこの洞窟に遊びに来ていた。
ヒカリウミコケと呼ばれる光源になるが、洞窟の壁や天井にまんべんなく生えているため、廃れた洞窟でも比較的安全に遊ぶことが出来るのだが、昔から毎日ここにきていたからか、最近は飽き始めていた。
「今日はもう帰ろうかな」
踵を返そうとしたその時、突然、目の前が見えなくなった。先ほどまでヒカリウミコケが照らしていたのが幻覚だったように、あたり一面は闇に包まれ、自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえてくる。驚きすぎて、声を出すことも出来ずにそのまま数分間、立ちすくんだままだった。
「……え」
やっと出せた言葉はそれくらいで、現状をよく理解できていない頭では他に思いつく言葉もなかったらしい。だが、次の瞬間にすべてを理解することが出来た。
ヒカリウミコケは普通、と年がら年中、輝いているものだが〝強く刺激を与えられた時〟に限ってはその機能を一旦、身を守るために停止させる。そして刺激を受けたものは周囲の仲間にも危険を知らせるため、その近くにあるヒカリウミコケも同じように機能を停止させる。壁や天井にびっしりと生えていたヒカリウミコケが〝一斉に停止〟したのは、どこかのひとつが強い刺激を加えられたからであった。
ルトが何故、すべてを理解することが出来たか。それは重く海底に響く地鳴りが、遠くの、ちょうど入り口あたりから聞こえてきたからである。
この世界において地鳴りが聞こえるということは、海底火山が噴火したということ一択であり、かなり危険な知らせでもあった。それが入り口の方から聞こえてきたとなっては、村まで安全に帰れるかも分かったものではない。
「やばい……」
想像していなかった出来事に、なんとかして入り口から離れようとするもむなしく、噴火の勢いで出来た水流にのまれ流され、洞窟内の深部へと運ばれていった。
どれほどの時間、流されていたのか。ようやく流れが緩やかになり始めた時、ルトはつむっていた眼を開けた。ゾーラ―は溺れることこそないが、今の彼には水流に逆らって泳ぐほどの体力が備わっていない。ルトは水流の流れが収まると、床に足を着けた。
「こんな深くまで来たことないなあ」
広く迷路のような洞窟内の奥まで行くことは村で禁止されていたので、いつも来ているルトですら、奥深くまで行ったことはなかった。
きょろきょろとあたりを見回すと、ヒカリウミコケはないのにも関わらず暗くはなく、洞窟内は青白い光に包まれている。しかし、光源がいったい何なのか、どこにあるのかも分からなかった。
少し歩くと、青白い光が一層輝いている場所が見えた。そこが恐らくここら一帯を照らしている光源なのだろうと思い、歩みを進めた。
そこはどうやら、この洞窟の最深部のようであった。
「これは……」
目の前にいる青白い光の正体は、ルトの体の何倍もの大きさの生き物であった。顔や体は堅そうな青いウロコで包まれており、青白い光を煌々と放っている。体の両脇から生えている手足は合計四本あり、その背にはこれまた堅そうなウロコで包まれた大きな翼が折りたたまれていた。
ルトはその姿に見覚えがあった。
親に捨てられたルトの育ての親である村長に、幼いころ聞かされたお話の中に出てきた青竜さま。古くから村を見守り続け、東の国の巨大ザメや、西の国の巨大ウミヘビからも村から守り抜いたと伝えられている由緒正しい竜神。村の者なら誰もが知っているお話の中の神様。
それがこの村はずれの廃れ寂れた洞窟の最深部で、眠っているとは思わないであろう。
「ほんもの……なのか……?」
恐る恐る近寄るルト。すると、
「何用か」
先ほどまで目を閉じていた青い竜が鋭い眼光でこちらをみつけていた。
「しゃべった!?」
ゾーラ―以外の生き物で、言葉を話すものを知らないルトは声を荒げながら驚いた。
「我は完全な存在である。に言葉など造作もない」
目の前の竜はルトを、見下ろしながらそう言い、こう続けた。
「して、我の寝床に何用か」
「用があってきたわけじゃないんだけど……流されてきちゃって」
ルトはここに来た経緯をその青竜に話した。
「ふむ、事情は分かった。村の子よ、我が帰るべき場所へ送り届けてやろう」
青竜はそう言い、ルトを細めた目で見たあと。
「村の子よ」
言葉をつなげた。
「己が他とは違うことを憎んでいるかい」
その言葉はルトにとって触れてほしくない部分であり、目のことや仲間外れにされていることを少しも話していなかった彼は衝撃を受けた。
「……なんで、そんなことを……」
驚きや少しの怒りを含ませながらルトは、依然として厳格な佇まいをしているを睨んだ。
「そう過剰になるな。分からなくはないがな」
微笑を浮かべながら、洞窟の天井に何か別なものを見通すかのように見上げる竜は、昔話を語るような口調で話し出した。
「ゾーラ―で碧の目をもたないのは、実はお主以外にもいたのだよ」
「え……」
ルトが驚きを隠せない表情をするなか、竜は言葉を続けた。
「丁度、お主の髪のような綺麗な金色でな。お主と同じようにほかの者からは仲間外れにされていた」
「でも、ゾーラ―で碧の目じゃない者は俺だけだとが……」
幼いころから異端と扱われ、その理由は他とは違うこの赤い目のせいだと言われてきた彼は、の言っていることが信じられなかった。
「それはそうであろう。そのの瞳をしたゾーラ―はもういないのだからな」
「……いない?」
「姿を変えて、もうゾーラ―ではなくなってしまったのだ」
ある生き物が環境にあわせて別な生き物に、姿かたちを変えることの珍しくない世界ではあるが、ゾーラ―が他の生物に形を変えるのは聞いたことがない。
「そんなことがありえ――」
「ありえるのだよ」
目の前の竜は深い微笑でルトを見つめた。
「確かにゾーラ―という種が生きる上で、この世界は何の支障もない」
しかし、その金色の目を持ったゾーラ―が自分の居場所を感じることはなかった。ほかの生き物が周りに合わせて姿を変えるのならば、彼はゾーラ―でなければ良いと考えたのだ。それはとても大きな決断だったが、結果的にそれで良かったと我は思う。
そう語る青竜の瞳は金色に輝いていた。
「え、もしかして、あなたは――」
「さて、昔話はここらでおしまいにしよう。お主は己の場所に帰るといい」
まだ、自分を待ってくれている人がいないわけではないのだから――
言葉を遮りながら青竜がそう言うと、洞窟内は鋭く青白い閃光に包まれ、ルトの意識は遠くなっていった。
ルトが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。
「……村に帰ってきたんだ……」
辺りを見渡すも青竜はどこにもおらず、ただ今日の朝、通った村の入り口にルトがぽつんといるだけである。
やけに現実味を感じない体験をしたからなのか、半ば夢であるかのような感覚と共にルトは村の中へ入っていった。
「こんな遅くに帰ってきて一体、裏で何をやっているのか……」
「先ほどの噴火もあの子が起こした災いでは……?」
「あのようなもの、この村に置いておくべきではないと何度も言っているのに……」
「まったく、は何を考えているんだか」
村に入るや否や、いつも通り聞こえてくる陰口にルトは足早に自分の帰るべき場所へと歩みを進めた。
ルトが家に着くと彼の家の前には、長い白髪で多くの深いしわが刻まれている顔をした、この村の長であり、ルトの育ての親でもある老人の姿があった。
「お帰り、ルト」
優しいで笑うその姿に、ルトは今にも泣き出しそうな顔で、その場に座り込んでしまった。
「おやおや、どうしたんだい? 痛いところでもあるのかい?」
慌てて駆け寄るに有難さと申し訳なさを感じ、せきを切ったようにルトの両目から涙が溢れ出した。赤い目から流れ落ちる大粒の水滴を見つめると、はまるで赤ん坊をあやすかのようにルトの背中をさすった。
しばらく泣き続けて、ようやく落ち着いてきたころルトはずっと抱えてきた疑問を打ち明けた。
「どうして……育ててくれたの……?」
少しの沈黙の後。
老人はいずれ、その言葉が来るのを分かっていたかのように、先ほどの微笑から打って変わって真剣な表情で語りだした。
「……あれは私がになって間もないころだったかのう、村に一人の赤ん坊が生まれたんじゃ」
その赤ん坊はゾーラ―なのにも関わらず金色の目をしておってな、村の者はおろかその親すらもその子を忌み嫌っておった。
私は村長になったばかりだったから、ほとんどの仕事は村人に言われるがままでのう……。今も後悔しておるがある日、その赤ん坊を村のはずれの洞窟に捨て置いてしまったのじゃ。
「え、その子はどうしたの……」
「……わからないが、それがあったからと言えば悲しませてはしまうかもしれぬが、二人目の他とは違う目を持つルトをほうっておけなかったのじゃ」
そう悲しそうに語るとこう続けた。
「しかし、一度気になって洞窟を見に行ったことがあってのう。不思議なことに赤ん坊がいた形跡はなく、その代わりに巨大なが鎮座しておった」
それが昔に話した、村で語り継いでいる守護竜様じゃ。青竜様と私は、その時に村を守る代わりに居場所を与える約束を交わしたのじゃ。
思えば、あのお方も金色の目をしていたのう。
そう独り言のように語り終えると遠い昔を見るように、村長は上を見上げた。
「それにしても近くで噴火が起きても、村に異常がないのは守護竜様のお陰ね」
「そうよね、守護竜様がいらっしゃるかぎりこの村は安泰ね」
どこからか、そんな話し声がルトの耳に届いた。
他とは違う目の色で忌み嫌われていたのゾーラーは、姿を変えることにより村の皆から讃えられるようになった。
ルトがこれから先,どのような道を辿るかは分からないが、こういう生き方もあるのだと彼は知った。
もしかしたら、他の違った形で村の人たちから認められることもあるのかもしれない。
「守護竜様。今、あなたは皆に愛され、信頼されておりますよ」
ルトは赤い瞳に海の青さを映しながら、そう呟いた。
これは深いふかい海の底のお話。
――深き海の奥底に照らす光があらん――――
そこは広大な海の中、惑星の十割を占める深い青の奥底に広がる世界。
陸といったものはなく、すべての生き物は海中でその生命を終える。変化の多い海の中で必死に生き残るためにその身を変え続けなくてはいけない。
その世界でも特に異質な、姿かたちを一切変えず文明を築き上げながら生きながらえてきた生き物がいる。彼らは自分たちをゾーラーと呼び、厳しい海の中でも生活できるほどの知識と二つずつ生えた手足を巧みに扱えるほどの身体能力を備えていた。言葉というもので意思疎通をし、その身体は成人するころには屈強になり、それには雄も雌も関係がない。肌は海の色を映したかのような鮮やかな藍色をしていて、髪の色はそれぞれ異なっているが、唯一、瞳の色だけは決まっていた。
……ただ一人を除いては。
首都王国から千里も離れた人口三十人ほどの小さな村のはずれにある、村人も誰も近寄らない廃れ寂れた海底洞窟で、金色にきらめく糸のような短髪を揺らしながら、真珠のように丸い〝赤い〟瞳を輝かせている少年。
彼の名はルト。恐らくこの上唯一の紅い目を持つ者である。
一人だけ違う瞳の色、そのことで村の大人たちからは奇異の目で見られ、同い年の子供たちからも毛嫌いされるため、一人で遊ぶことの多い彼は今日もこの洞窟に遊びに来ていた。
ヒカリウミコケと呼ばれる光源になるが、洞窟の壁や天井にまんべんなく生えているため、廃れた洞窟でも比較的安全に遊ぶことが出来るのだが、昔から毎日ここにきていたからか、最近は飽き始めていた。
「今日はもう帰ろうかな」
踵を返そうとしたその時、突然、目の前が見えなくなった。先ほどまでヒカリウミコケが照らしていたのが幻覚だったように、あたり一面は闇に包まれ、自分の呼吸と心臓の音だけが聞こえてくる。驚きすぎて、声を出すことも出来ずにそのまま数分間、立ちすくんだままだった。
「……え」
やっと出せた言葉はそれくらいで、現状をよく理解できていない頭では他に思いつく言葉もなかったらしい。だが、次の瞬間にすべてを理解することが出来た。
ヒカリウミコケは普通、と年がら年中、輝いているものだが〝強く刺激を与えられた時〟に限ってはその機能を一旦、身を守るために停止させる。そして刺激を受けたものは周囲の仲間にも危険を知らせるため、その近くにあるヒカリウミコケも同じように機能を停止させる。壁や天井にびっしりと生えていたヒカリウミコケが〝一斉に停止〟したのは、どこかのひとつが強い刺激を加えられたからであった。
ルトが何故、すべてを理解することが出来たか。それは重く海底に響く地鳴りが、遠くの、ちょうど入り口あたりから聞こえてきたからである。
この世界において地鳴りが聞こえるということは、海底火山が噴火したということ一択であり、かなり危険な知らせでもあった。それが入り口の方から聞こえてきたとなっては、村まで安全に帰れるかも分かったものではない。
「やばい……」
想像していなかった出来事に、なんとかして入り口から離れようとするもむなしく、噴火の勢いで出来た水流にのまれ流され、洞窟内の深部へと運ばれていった。
どれほどの時間、流されていたのか。ようやく流れが緩やかになり始めた時、ルトはつむっていた眼を開けた。ゾーラ―は溺れることこそないが、今の彼には水流に逆らって泳ぐほどの体力が備わっていない。ルトは水流の流れが収まると、床に足を着けた。
「こんな深くまで来たことないなあ」
広く迷路のような洞窟内の奥まで行くことは村で禁止されていたので、いつも来ているルトですら、奥深くまで行ったことはなかった。
きょろきょろとあたりを見回すと、ヒカリウミコケはないのにも関わらず暗くはなく、洞窟内は青白い光に包まれている。しかし、光源がいったい何なのか、どこにあるのかも分からなかった。
少し歩くと、青白い光が一層輝いている場所が見えた。そこが恐らくここら一帯を照らしている光源なのだろうと思い、歩みを進めた。
そこはどうやら、この洞窟の最深部のようであった。
「これは……」
目の前にいる青白い光の正体は、ルトの体の何倍もの大きさの生き物であった。顔や体は堅そうな青いウロコで包まれており、青白い光を煌々と放っている。体の両脇から生えている手足は合計四本あり、その背にはこれまた堅そうなウロコで包まれた大きな翼が折りたたまれていた。
ルトはその姿に見覚えがあった。
親に捨てられたルトの育ての親である村長に、幼いころ聞かされたお話の中に出てきた青竜さま。古くから村を見守り続け、東の国の巨大ザメや、西の国の巨大ウミヘビからも村から守り抜いたと伝えられている由緒正しい竜神。村の者なら誰もが知っているお話の中の神様。
それがこの村はずれの廃れ寂れた洞窟の最深部で、眠っているとは思わないであろう。
「ほんもの……なのか……?」
恐る恐る近寄るルト。すると、
「何用か」
先ほどまで目を閉じていた青い竜が鋭い眼光でこちらをみつけていた。
「しゃべった!?」
ゾーラ―以外の生き物で、言葉を話すものを知らないルトは声を荒げながら驚いた。
「我は完全な存在である。に言葉など造作もない」
目の前の竜はルトを、見下ろしながらそう言い、こう続けた。
「して、我の寝床に何用か」
「用があってきたわけじゃないんだけど……流されてきちゃって」
ルトはここに来た経緯をその青竜に話した。
「ふむ、事情は分かった。村の子よ、我が帰るべき場所へ送り届けてやろう」
青竜はそう言い、ルトを細めた目で見たあと。
「村の子よ」
言葉をつなげた。
「己が他とは違うことを憎んでいるかい」
その言葉はルトにとって触れてほしくない部分であり、目のことや仲間外れにされていることを少しも話していなかった彼は衝撃を受けた。
「……なんで、そんなことを……」
驚きや少しの怒りを含ませながらルトは、依然として厳格な佇まいをしているを睨んだ。
「そう過剰になるな。分からなくはないがな」
微笑を浮かべながら、洞窟の天井に何か別なものを見通すかのように見上げる竜は、昔話を語るような口調で話し出した。
「ゾーラ―で碧の目をもたないのは、実はお主以外にもいたのだよ」
「え……」
ルトが驚きを隠せない表情をするなか、竜は言葉を続けた。
「丁度、お主の髪のような綺麗な金色でな。お主と同じようにほかの者からは仲間外れにされていた」
「でも、ゾーラ―で碧の目じゃない者は俺だけだとが……」
幼いころから異端と扱われ、その理由は他とは違うこの赤い目のせいだと言われてきた彼は、の言っていることが信じられなかった。
「それはそうであろう。そのの瞳をしたゾーラ―はもういないのだからな」
「……いない?」
「姿を変えて、もうゾーラ―ではなくなってしまったのだ」
ある生き物が環境にあわせて別な生き物に、姿かたちを変えることの珍しくない世界ではあるが、ゾーラ―が他の生物に形を変えるのは聞いたことがない。
「そんなことがありえ――」
「ありえるのだよ」
目の前の竜は深い微笑でルトを見つめた。
「確かにゾーラ―という種が生きる上で、この世界は何の支障もない」
しかし、その金色の目を持ったゾーラ―が自分の居場所を感じることはなかった。ほかの生き物が周りに合わせて姿を変えるのならば、彼はゾーラ―でなければ良いと考えたのだ。それはとても大きな決断だったが、結果的にそれで良かったと我は思う。
そう語る青竜の瞳は金色に輝いていた。
「え、もしかして、あなたは――」
「さて、昔話はここらでおしまいにしよう。お主は己の場所に帰るといい」
まだ、自分を待ってくれている人がいないわけではないのだから――
言葉を遮りながら青竜がそう言うと、洞窟内は鋭く青白い閃光に包まれ、ルトの意識は遠くなっていった。
ルトが目を覚ますと、そこは見覚えのある場所だった。
「……村に帰ってきたんだ……」
辺りを見渡すも青竜はどこにもおらず、ただ今日の朝、通った村の入り口にルトがぽつんといるだけである。
やけに現実味を感じない体験をしたからなのか、半ば夢であるかのような感覚と共にルトは村の中へ入っていった。
「こんな遅くに帰ってきて一体、裏で何をやっているのか……」
「先ほどの噴火もあの子が起こした災いでは……?」
「あのようなもの、この村に置いておくべきではないと何度も言っているのに……」
「まったく、は何を考えているんだか」
村に入るや否や、いつも通り聞こえてくる陰口にルトは足早に自分の帰るべき場所へと歩みを進めた。
ルトが家に着くと彼の家の前には、長い白髪で多くの深いしわが刻まれている顔をした、この村の長であり、ルトの育ての親でもある老人の姿があった。
「お帰り、ルト」
優しいで笑うその姿に、ルトは今にも泣き出しそうな顔で、その場に座り込んでしまった。
「おやおや、どうしたんだい? 痛いところでもあるのかい?」
慌てて駆け寄るに有難さと申し訳なさを感じ、せきを切ったようにルトの両目から涙が溢れ出した。赤い目から流れ落ちる大粒の水滴を見つめると、はまるで赤ん坊をあやすかのようにルトの背中をさすった。
しばらく泣き続けて、ようやく落ち着いてきたころルトはずっと抱えてきた疑問を打ち明けた。
「どうして……育ててくれたの……?」
少しの沈黙の後。
老人はいずれ、その言葉が来るのを分かっていたかのように、先ほどの微笑から打って変わって真剣な表情で語りだした。
「……あれは私がになって間もないころだったかのう、村に一人の赤ん坊が生まれたんじゃ」
その赤ん坊はゾーラ―なのにも関わらず金色の目をしておってな、村の者はおろかその親すらもその子を忌み嫌っておった。
私は村長になったばかりだったから、ほとんどの仕事は村人に言われるがままでのう……。今も後悔しておるがある日、その赤ん坊を村のはずれの洞窟に捨て置いてしまったのじゃ。
「え、その子はどうしたの……」
「……わからないが、それがあったからと言えば悲しませてはしまうかもしれぬが、二人目の他とは違う目を持つルトをほうっておけなかったのじゃ」
そう悲しそうに語るとこう続けた。
「しかし、一度気になって洞窟を見に行ったことがあってのう。不思議なことに赤ん坊がいた形跡はなく、その代わりに巨大なが鎮座しておった」
それが昔に話した、村で語り継いでいる守護竜様じゃ。青竜様と私は、その時に村を守る代わりに居場所を与える約束を交わしたのじゃ。
思えば、あのお方も金色の目をしていたのう。
そう独り言のように語り終えると遠い昔を見るように、村長は上を見上げた。
「それにしても近くで噴火が起きても、村に異常がないのは守護竜様のお陰ね」
「そうよね、守護竜様がいらっしゃるかぎりこの村は安泰ね」
どこからか、そんな話し声がルトの耳に届いた。
他とは違う目の色で忌み嫌われていたのゾーラーは、姿を変えることにより村の皆から讃えられるようになった。
ルトがこれから先,どのような道を辿るかは分からないが、こういう生き方もあるのだと彼は知った。
もしかしたら、他の違った形で村の人たちから認められることもあるのかもしれない。
「守護竜様。今、あなたは皆に愛され、信頼されておりますよ」
ルトは赤い瞳に海の青さを映しながら、そう呟いた。
これは深いふかい海の底のお話。
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