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第6章: オルフェウスの涙

6-8. 星をみるために

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 生徒会長さんによる『3日間おつかれさまでした!』の号令によって、今年の煌星祭こうせいさいは無事幕を下ろした。

 ステージ発表については学年別では惜しくも2位、最終日の教室装飾では学年で3位と、想像以上の好成績だった。どちらも上位に入ったのは1年生ではウチのクラスだけで、総合評価では1位となった。部門別チャンピオンにこそ手が届かなかったものの、安定した好成績にクラスは完全制覇をしたくらいの喜びっぷりだった。我らが担任教諭の高村たかむら先生曰く、夏休み明けに焼き肉を奢ってやるとのこと。どちらかと言えばトロフィーレースよりもこちらの方への喜び方が大きかったような気はした。

 その場で軽い挨拶という名のホームルームをして無事解散。この後は夜九時くらいにされる施錠を目処にして、順次帰る生徒は帰る、そうでない生徒は適宜学校の敷地内で祭りの余韻に浸るなど、完全に自由な時間になる。
 ふと気になってナミの方を見ると、フウマがすぐに近付いていくのが見えた。一瞬だけフウマがこちらの方を見てきて、カッコつけたような笑みを浮かべた。きっと吹奏楽部の演奏会の後で、この言い方が合っているかはわからないけれど『ヨリを戻した』のだろう。これ以上は無粋な気がしたので、あのふたりからは見えないところに移動しておく。

 別れ際にクラスメイトからお礼の言葉まで受けてしまって何となく気恥ずかしい気分になりつつ、アタシはひとりの男の子を探す。言わずもがなかもしれないけれど、その男子はアストのことだ。夕方の片付けをしているタイミングでメッセージは送っていたけれど、その姿が見えない。さっきのホームルームもどきの時には居たはずなのに、ちょっと目を離した隙に見えなくなってしまった。

 案外長身なアストを見失うなんてありえない。そんなことを思っていたけど、それはただの驕りだったのかもしれない。周辺を見回してみるけれど、アストのような背格好の男子は見えない。かなり真夜中の色合いになっているグラウンドで人ひとりを見つけるのは、実はかなりの難易度だった。

 慌てて走り出そうとしたところでスマホが震える。慌てて画面をタップして、直ぐさま文面を確認する。



 ――『例の場所に来て』。



「……そっか」

 アストらしいな――。

 そんなことを思ってしまって。

「ん? そんなニヤニヤしてどしたの?」

「え? あーいや、何でもないっ。それじゃーねっ!」

 隣にいたまなみんちょに案の定見抜かれながら、アタシは校舎の裏手にある丘へと向かうことにした。




    〇




 遊歩道も整備されている、通称「煌星の丘」。整備されているとは言ってもその入り口は久方ひさかた煌星高校の敷地内にしかなく、基本的にはこの学校の関係者しか入れないようになっている少し特殊な場所だった。もちろんこの通称だって、学校関係者の間でいつの間にか生み出されてなんとなく言われて続けていて、それがアタシたち――今年の新入生にも伝わって今に至っているようなモノだ。

 時刻は午後7時を回りそうなくらい。急がないとギリギリのタイミングだ。そう思うだけで、間隔がまちまちになっている階段を少しでも急ごうとしてしまう。自然と呼吸が荒くなって、心臓の鼓動も早くなる。転んだら危ないとアタマのどこかでは何とか理解はしていても、衝動が理性を抑え付けてしまってどうしようもなかった。

 煌星の丘の頂上が見えてきそうなくらいになって、稜線の向こう側が少し明るくなっていることに気付く。段差を気にしながら歩いていたので、基本的に視線は下向き。空模様なんて目にも入っていなかったから、ここまで来るまでまったく気が付かなかった。

「わぁ……」

 少しだけ見えた空には、花火のカケラが浮かんでいた。時計を見れば7時を回ったところ。あの丘の向こうにある川で、いよいよ花火大会が始まった。

 この界隈ではかなり大きい部類の花火大会だ。何尺玉とかいう言い方はよくわからないけれど、ものすごい迫力なのは見ただけでわかる。花火の真ん中に飲み込まれそうになって、思わずため息が漏れる。

「……っと、そうじゃなくて」

 見とれている暇なんてない。こんな丘の陰みたいなところで見る花火の切れ端みたいなモノよりも、もっともっとステキな風景を見られるはずだ。もう少し歩を進めれば、もっと素敵な時間が過ごせる場所があるはずだ。そう思いながら残り数段になった遊歩道を一足飛びに駆け上がった。

 果たして、その姿はあった。

 彼の目に映っているのは、花火か。それとも、そのさらに上空に果てしなく広がる星空か。彼のことだから、花火でしょ、と即答できなさそうな気がして思わず笑いそうになる。

 だけど、笑いそうになるのと同時に、その後ろ姿に泣きそうになった。

「アスト……」

 花火は上がり続けている。その音でかき消えて聞こえるか聞こえないか曖昧なラインの声で、丘に立つ影に訊く。

「セナ?」

「あ……」

 ――良かった。

 何に対しての『良かった』なのか、よくわからない。

 声をかけた相手がその人だったことなのか。例の場所と言われた場所を間違わなかったことなのか。――いつもの優しい声が聞けたことなのか。

 いろいろな『良かった』がごちゃまぜになってアタシに向かってきて、その奔流を受け流すことなんて出来なくて、アタシの涙腺はさらにこれでもかと刺激される。

「来てくれて、嬉しい」

「アタシも。アストが居てくれて嬉しいよ、すっごく」

 そこまで感情の起伏が無いように聞こえるかもしれないけれど、アタシにはなんとなくわかる。アストも、アタシと同じくらいに安心してくれているような気がした。

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