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第3章: 強制的エピローグ、……そして

3-5. 星間逃避行

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「へぇー……」

「あ。セナもちょっと興味ある?」

「そりゃあ、まぁ、うん」

 アストの圧しが強い迫り方に、ちょっとだけたじろぐ。一応は思ったよりも楽しいと感じているけれど――何なら展示物の説明文よりもアストの表情とかアストの説明の方が面白かったりするけれど、何となく関係者の人たちがいそうな気もするのでそれは黙っておくことにした。

 大学博物館の展示のテーマは星。銀河の不思議とかいうアスト曰く定番のモノから、この大学の研究室で調査している内容に至るまで、かなりいろいろなモノが展示されている――らしい。『らしい』というのはアストから聞かされたことだから。アタシにそこまでのことなんか解るはずがない。

「楽しそうだね、アスト」

「もちろん」

 声が弾んでいる。何なら『もちろん』の『も』と『ち』の間に小さな『っ』が入り込むくらいには弾んでいた。

「だって、好きだからね」

 ――そうだった。

 アストは昔から星が好きだった。基本的には読書家な彼だけれど、よく読んでいた本も星とか天体に関連するものが多かった気がする。

「そう言えば、アスト言ってたよね。『天文部って無いのかな』って」

「あはは……、よく覚えてるね」

 ちらりとこちらを向いて苦笑いを浮かべるアスト。そんな気はした。あまり自分からは目立とうとしないアストのことだから、『あったら嬉しいな』くらいの考えだったのだろう。

「同好会も無かったわけだから、結局中学から引き続きで吹奏楽部なわけで」

「作れば良かったのに」

「さすがにそれはね」

 答えながらも、アストの視線は展示物にしっかりと向けられている。だけど自分が見るのに精一杯なわけではなくて、アタシが何か訊けばすぐに答えてくれる。初めて来た博物館ではあるけれど、アストのお陰で飽きそうな気はしなかった。

「こっちは神話に絡めた感じかな?」

「へー……」

 次に入った少し大きめの部屋はちょっとばかりロマンティックな雰囲気に装飾されていて、神さまなのかそのあたりはよくわからないけれどそんな雰囲気の絵とかが飾られている。

 そして、何となく感じてはいたけれど、この部屋に入ってハッキリとわかった。――館内、すごくカップルが多い。観光客っぽい人ももちろんいるけれど、少なくともアタシが感じていた博物館来場者の雰囲気からすれば、明らかに多いと感じるくらいだった。

 たしかに、天体観測をふたりきりで――みたいな状況は憧れてしまうけれど。

「哀しい伝説も無いわけじゃないけど、ロマンティックな展開のもあるから。だから安心してね」

「……『だから』って何よぉ」

 ちょっとだけその言葉尻が気になって指摘してみると、アストは微笑みを崩さなかった。

「それにしても、アストもよく知ってるよね」

「ん?」

「だってアスト、これの中身読む前から話の内容しゃべったりしてない?」

「有名なヤツだけだよ」

 アストはそうは言うけど、時々『周辺知識だよ』なんて言いながらここの説明に書かれていない内容も話してくれたりしている。ちょっと難しい説明になっている部分も丁度イイ感じに噛み砕いて説明してくれたりもしていた。

「あ、この辺の星座は知ってる」

「黄道12星座だもんね」

「……っていうか、それ以外の星座もほとんど知ってるアストがすごいんだってば」

 夏の大三角とか理科の授業でやったくらいのことなら何とか覚えているけど、日本からは見えない星座だとか、そんなのアタシが知ってるはずもなく。むしろそこまで知っているアストはどれだけ天体のことが好きなのか、っていう話だ。

「あ、見て。『アストライア』だって。アストって入ってるよ」

「ん? あぁ」

 乙女座に関するところで、彼に似た名前の女神さまを見つけた。モデルとされている女神には何人かいるらしく、その中のひとりがそのアストライアというらしい。

「ボクの名前はアストライア由来じゃないみたいだけどね」

「え、そうなの?」

「『アストロノミー』の方らしい。天文学って意味だけど」

「へえ……。ん? じゃあ、むしろめっちゃピッタリじゃん。天体好きだし、『音』も入ってるから吹奏楽部的だし」

 名は体を表すなんていうけれど、ここまでぴたりと当てはまっている人もなかなかいない気がする。出会った最初の頃はなんて読めばいいのかわからなかったけれど、それから数年も経てばしっくりも来る。

「……言われてみれば」

「まさかの無自覚?」

「直接言われたのは初めてだからね」

 天井を見上げるようにして呟いたアストは、言い終わるとこちらを向いて笑った。

「なんか、嬉しいかも」

「そっか」

 名前をイジったみたいな感じになってしまったから失礼だったかなとも思ったけれど、アストがそう言ってくれるのなら問題はないのだろう。彼の横顔を見れば頬がほころんでいるように見える。その言葉にはウソも無さそうだった。




    〇



「楽しかった?」

「そりゃもう」

 結局3時間以上いたのだろうか。すべての展示をじっくりと見学してしまった。思う存分満喫したのだろうアストは、本当に満足そうに頷いてくれた。

「セナはどうだった?」

「うん、アタシも楽しかった。意外と」

「なら良かった。時間も忘れるくらいに見てくれてたから、そうかなぁとは思ってたけど」

 どうなんだろう、アタシにも楽しめるかな、なんて思っていたのは本当に最初だけ。展示自体がわりと面白かったのもあるけれど、飽きさせなかったのは間違いなくアストのおかげだったと思う。――いつもはいちばんオトナっぽい雰囲気をしているはずのアストが、子どもみたいに目をキラキラさせているのを見るのも思いのほか楽しかったということもあるかもしれないけれど。

「それに、博物館を楽しめたってことは『フウマと同類じゃない』みたいだね」

「え? あ……! それ、聞こえてたの?」

 電車の中でナミに愚痴っていた内容を思い出す。ナミには聞こえていても、そのナミとフウマを挟んで向こう側にいたアストにまで聞こえているとは思わなくて、ちょっと恥ずかしくなる。

「ちょっとだけね。大部分はフウマが言ってたのから想像しただけ」

「そっか」

 これでちょっとはアイツを黙らせることができるかもしれない。そう思えば、またちょっとだけ気持ちが上向いた感じがした。

「あれ? そういえば……」

 フウマの名前を出されて思い出す。そういえばフウマとナミを待たせているのではないか。博物館前の時計を見れば、もう完全に待ち合わせの時間は過ぎていた。

「ああ、大丈夫。フウマにはとっくに連絡してるから」

「え?」

 少し慌てたようにスマホを取り出そうとすると、アストが優しい声音で言ってくる。

「『ちょっとセナが調子悪くなっちゃったから先に帰ってる』って言っておいた。だから待ち合わせは無し。実際ここに来る前は調子悪そうだったしね」

「……そっか」

 そういえばここに来るための地下鉄に乗る前、アストは誰かにメッセージを送っていた。その相手がフウマだったのかもしれない。

「アストは、何も訊かないんだね」

「何が?」

「……何で、ちょっと調子悪くなってたか、とか」

 探るような言い方をしてしまう。そんな自分を少しだけ嫌いになる。ハッキリ言ってしまえばいいのに。だけどどうしても何かを認めてしまうのが怖くて、そういう言い方になってしまった。

「まぁ、訊かなくても。ボクにもアレは見えてたからね」

 だけどアストはそんなのを気にしない風に言い切った。アレというのは、きっとあの時アタシたちには気付かずにふたりだけの世界を作りきっていたナミとフウマのことだろう。だからこそあの時、アストはアタシの手を取ってここまで連れてきてくれたということで。

 ――ああ、そうだ。

 静かに、ただ静かに納得してしまう。

 やっぱりアストは、ナミのことを――。

 でも、そうだとすると、アタシはもしかするとフウマのことを――。 

 ――――それなのにアタシは。

「あのさ、アスト……?」

「じゃあ、そろそろホントに帰ろっか」

 アタシが訊き出そうとするよりも早く、アストがアタシの手を取った。

「え? あ、うん……」

「ああ、そうだ。さっき調べてたお店にはまた今度行こうよ。予定が合えばだけどさ」

「……うん」

 アストの言葉もよく噛み砕かないまま、アタシは適当な返事を繰り返してしまった。
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