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12月篇

12月篇第1話: クリスマスの予定がイマイチ定まらなくて困ってます

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「あー! 寒いっ!!」

 いきなりびっくりするほどの声量で絶叫するシュウスケ。

「うっさいなぁ……。そんなんで寒いのなんて当たり前でしょ」

「もう少し厚着してくればよかったのに」

「油断したんだろ?」

 3人から一気に指摘されて一瞬で黙り込むシュウスケ。

「図星みたいね」

「ルミ、そのツッコミは野暮ってモンだぞ」

「ユウイチのその発言の方が野暮だよ」

 やや遅い初雪から半月くらいが過ぎて、街はかなり冬の色に染まってきた。12月に入って急激に雪の日が増えてきて、歩道の端にはかなり高い雪の壁が出来上がっている。相変わらず私鉄沿線は人通りも車通りも多くない。雪の壁に音が吸収されているのか、とても静かだ。

 いつもうるさいのは僕らくらいだろうか。

「でも、そうは言うけどさ」

 言いながらシュウスケの恰好を見る。上から下へ、ゆっくり。

 制服の上には初冬で着るのを止めた方がいいんじゃないかな、なんて思えるくらいの薄くて短いジャケット。ボトムスはそうであることが当然で、それ以外には認めないとでも言わんばかりに制服だけ。ここまで来ると潔ささえある。

 だけど。

「もう少し、こう……冬用の恰好というか」

 そんな潔さなんてその辺に捨てて欲しい。エリカちゃんだって心配――。

「ユウくん、それ毎年言ってるよねー。私やっと『冬になったなぁ』って思った」

 ――全然そんなことなかった。

 がっくりするほどにいつも通りだった。

 言外に『ユウくん、それ無駄だよ』と言われているような感じもした。

 そりゃそうか。毎年見てるんだろうな。で、その結果、とくに風邪もひくこともなく、今まで生きてきてるんだもんな。つくづく丈夫なところがうらやましい。

 そんなことを思っていたら、横からルミがひょっこりと顔を出してきた。

「逆に私はユウイチが着込みすぎな気もするのよね。風邪ひきやすいからなのは知ってるけど」

「いやいや。そんなことないだろ」

「いや、あるだろ。充分すぎるくらいあるわ。っていうか、お前の厚着の所為で冬場は電車の席が狭くなるんだよ」

「お前は風邪をひけ、ということかな?」

「そうじゃねえよ、めんどくせえヤツだな」

 悪態をついてシュウスケはそっぽを向く。

 良いんだよ、これで。寒いのが苦手というわけではなく、油断して薄めのモノを着て外に出るとすぐ風邪の諸症状が出てくるからなんだよ。

「……それはそうと、ユウイチ?」

「うん?」

 一瞬だけエリカちゃんに視線を送るルミ。対象はそのままシュウスケと何やら話を始めたので、一旦放っておくことにする。

「どうした?」

「うーん……」

 いやいや。話しかけた後で悩まれても困るのですよ、ルミさんや。

「ホントにさ。最近あのふたり、おとなしいと思わない?」

「まぁ、そうなぁ」

 この前もこんなことを話した記憶はあるのだが、結局その後もとくに何事もなく登校時間が過ごせている。記憶を辿れば、不用意に『女心を傷つけた(エリカちゃん談)』シュウスケの発言にエリカちゃんが怒ったことが2回くらいあったか、程度だ。見学旅行土産の『夫婦円満しゃ』に関してはふたりから『なんだよあれ!』とお叱りを受けたモノの、とくにその後は何もなかった。――後日談としては、あの杓文字は結局そのまま彼らの両親へと渡ったとかいう流れになったそうだが、それに関しては結果オーライだろう。

「私としては次の作戦を打ちたいわけよ」

「賛成だな」

 なにせ、12月だ。

「クリスマスだからね」「クリスマスだからな」

 カブった。

「それと、私達ウチらンとこの学祭もあるわけよ」

「あぁ、そうか」

 ルミとエリカちゃんが通うほしのみやおううん女子高校の学校祭は12月。それもクリスマスイブとクリスマスの2デイズ。礼拝もその日程の中に組み込まれているのは納得だった。

「忘れないでよ」

「そうは言うけど。この前まで定期試験やってて、今週末は模試だから、あんまり精神的に余裕がないというか」

「定期試験ならウチもあったわよ」

「……申し訳ないです」

 だいたいどの学校も定期試験のタイミングは同じである。

「ちなみに、そっちは? 何か学校でのイベントは?」

「そんなの無いなぁ」

「じゃあこっちでやるしかないかぁ」

 ちらっとだけルミが前を歩くふたりに視線を送ったとほぼ同時、エリカちゃんがこちらに顔を向けた。タイミングが良すぎてドキリとした。

「ルミ、どしたの?」

「別になーんも」

「ふーん。……だったら、ひとつ相談があるんだけど」

「いいけど、なに? どしたの?」

 僕とは逆サイドにくっついた。

 ――これは。いや、どうなんだろうな。

「僕が聴いてて大丈夫なタイプのヤツ?」

「んー……」

 念のため訊いてみれば、エリカちゃんには珍しい、歯切れの悪い応答が返ってきた。だったらばということで、おとなしく空気を読んでおくことにしてシュウスケの横へと走っておく。

 ――話の中身が気にならないわけではないが、話せる内容であればルミから聴けるだろうし。



     ○



 放課後。

 地下鉄さんばんがい駅改札口を出てすぐのところにあるちょっとした広場で、まったりとスマホをいじって時間を潰している。朝の内にシュウスケから『久々に本屋に行こうぜ』と言われての待ち合わせだった。

 到着してすぐに、どこにいるかを写真付きで送信している。さすがにこれで居場所は解るはずだ。心置きなくスマホの画面に集中できるという話だ。

 こうしておかないと、シュウスケほどではないにしろ、時々声を掛けられたりするのだ。手元をじっくり見つめていれば、少なくとも誰かと目を合わせる可能性はゼロになる。謂わば簡単な自衛策だった。

 ――10分後。

「ユウイチー」

「おお、案外早かったな」

「いや、これでも予定よりちょっと遅いや。悪いな」

「なんもなんも」

 地下鉄1本分、ということだろうか。義理堅いヤツである。

 爽やかに薄めのジャケットを風に泳がせながら走ってくるモンだから、その辺の女の子たちの視線がこっちにガンガン届いてきている。――比較されてるんだろうなぁ。

「まぁ、行こうや」

「おう」

 この場からは早めに立ち去っておきたいところだった。

 それにしても、周囲の装飾がしばらく見ない間にキラキラとしたものになっている。赤、緑、ところどころに金や銀。そして当然のように発光ダイオード。

「クリスマスかぁ……」「クリスマスなぁ……」

 ――カブった?

「ん?」「ん?」

 また、カブった。っていうか、今日はこの流れが多すぎませんかね。

「シュウスケ、何か予定あるの?」

「まぁ、……あれだろ? エリカとルミちゃんとこの学祭だろ?」

「やっぱそうなるよなぁ」

「っつーか、お前もどうせそうだろうが」

「そうだけどもさ」

 そりゃお前。その学祭の後とかの話だろうが。

「とはいえ、って話だよ」

「ん?」

 乱雑なため息を強引に混ぜ込みながら、シュウスケは吐いて捨てるように言った。

「全然話題にしないよな、あいつら」

「……あ、シュウスケも気になってたか」

「そりゃーそうだろーよ。去年はあんだけ言ってたってのにさ」

 そうなのだ。高1だった去年のこの時期は、朝の話題と言えば桜雲祭――そういう名前になっている。他校と余り変わらず学校名を採用するタイプだ――で持ちきりだった。それが今年は、敢えてその話題になるのを避けているのではないか、とこっちが思ってしまうくらいに話題にしない。それこそ、今日のルミがクリスマスの話題として振ってきたくらいだった。

「何か、あるのかねえ」

「知らんけどな」

 言われないものは解りようがない。たとえ『察せよ』なんて言われても、そんじょそこらの女心より数段難易度は上だと思う。

「まぁ、よく見てやってくれよ」

「なんでそこで他人事になるんだよ」

 むしろ、その台詞をシュウスケにぶつけてやりたいのだが。

「それを言うならシュウもだろうが。……とくにエリカちゃん」

「だったらお前はルミちゃんな」

「……そのあたりはとくに問題無いだろ」

「だったら俺も無問題だわ」

 ――小癪な。

 まぁ、でも。

「なら、互いに気を付けておく、ってことでひとつ」

「そうするか。……と言っても、全然アイディアなんてないんだけどな」

「大丈夫だ、同じだから」

「役に立たねえダメンズだな」

「お互いな」

 イルミネーションだけは元気に街中を彩っていた。


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