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参、三男の愛

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…それはいつものようにノアが2徹明けでベッドに倒れ込んだ日の翌朝。

カエルが潰れたような『ぐえぇ』という声が家中に響き、モーリスもエルドレッドもふと顔を上げた。


「…なんだ、今の声…?」
「さぁ…」

謎の呻き声に小首を傾げる2人。
しかししばらくするとその原因はすぐに分かった。


「パパ!約束したでしょ?研究が一段落したら一緒に遊んでくれるって」
「…ヴィヴィアン…今は、勘弁してくれないか…?」

末の子、ヴィヴィアンに引っ張られるようにして起きてきたノア。

どうやらヴィヴィアンに無理矢理起こされたようで、モーリスとエルドレッドは先程の呻き声に合点がいく。

そして疲弊したその顔にモーリスは少し溜息をつきながらヴィヴィアンの手を優しく解いた。

「ヴィヴィアン。お父さまが困っています」
「でも…」
「…済まない…まだ寝足りなくてな…」
「……チッ。自分の体調管理ぐらいちゃんとしろよ」

いつも以上に悪い顔色の父親に、反抗期のエルドレッドもさすがに心配そうな悪態をつく。

そんな息子にノアは弱々しく微笑みつつ席に座った。

「はは…全くだ。もう若くもないというのに、つい研究に没頭してしまう」
「お父さま、笑い事ではないのですよ。…ヴィヴィアンも。約束は確かに大事なことですが、何よりもお父さまの体調を優先してくださいね」
「…はぁい」

モーリスに諭されしょぼくれた様子のヴィヴィアン。
ノアは申し訳なさそうに眉尻を下げ、そのふわふわな髪を優しく撫でた。

「すまないなヴィヴィアン。私の身勝手で約束を違えてしまって」
「んーん。パパの体調が一番大事だから」
「…………」

頭を撫でられるヴィヴィアンを少し羨ましそうに見つめるモーリス。
しかしすぐにいつものような穏やかな表情に戻ると、テーブルの上に朝食を並べた。

「お父さま。ひとまず、朝ごはんをしっかり食べてからお休みくださいね」
「あぁ、そうさせてもらおう」

そして全員が席につくと4人は手を合わせてから食事を始める。

少し眠そうな顔で黙々と食べ進めるノアを、3人の子供たちはじっと見つめていた。

(…お父さま、また目の下に隈を作ってしまって…)
(………今日は兎か熊でも狩ってくるか)
(パパ眠そう…あ、口の端にジャムが)

「……ん?3人とも、どうした?」

その熱烈な視線に気付いたのか、ノアは顔を上げて軽く小首を傾げる。

「べ、別になんでもねぇよ」
「お父さま、口の端にジャムが付いていますよ」
「あ!それ僕が言おうと思ったのにぃ!」

そっぽを向くエルドレッド、穏やかに微笑むモーリス、そして頬を膨らませるヴィヴィアン。

それぞれ違った反応の子供たちにノアは思わず笑みを零した。

…しかしその笑みはどこか物悲しく、切なげにも見える。

「…あぁ…やはり、はいいものだな」
「パパ…?」

ノアの口からぽつりと零れた言葉にヴィヴィアンは不安そうにその袖を掴む。

「……お父さま。食事が終わられましたら、午前中だけでもお部屋でお休みください」
「あぁ、すまないなモーリス。…では、その言葉に甘えるとしようか」

空になった皿を重ね、ノアはゆっくりとした足取りで席を立つ。

「パパ。ゆっくり休んでね」
「そこまで心配そうな顔をしなくても、ほんの数時間眠るだけだぞ?」
「わかってるもん!」

ヴィヴィアンは頬を膨らませてその細身の体に抱きつく。

そして『元気のおすそ分け!』と微笑み、ノアの頬にキスをしてから名残惜しそうに送り出した。


……………………


……………………………………


ノアが自室に戻ってから数十分。

モーリスは静かに皿を洗い、エルドレッドは手製の弓を手入れをする中、ヴィヴィアンはそわそわとリビングを歩き回っていた。

「………ヴィヴィアン。意味もないのに歩くな。気が散る」
「そういうエルだって貧乏ゆすりしてるじゃんか!」
「ぐ…」

図星を指され、エルドレッドは思わず呻いてしまう。

そんな弟2人の姿にモーリスは大きめのため息をついた。

「2人とも、あまり騒ぐとお父さまがお休みになれませんよ」
「はぁい…」
「チッ…クソオヤジのことなんざ知ったことか」

おもむろに立ち上がったエルドレッドは手入れを終えた弓とナイフを持ち、そのまま玄関へと向かう。

「今日は狩りに行く。…日暮れまでには戻るからな」
「えぇ。分かりました」
「あ。エル!」

不意にその背中を追いかけ、雑に服を掴んだヴィヴィアン。
咄嗟に背中を引っ張られてつんのめったエルドレッドは少しイラついた様子で振り返る。

「っ…急に何を…」
「気をつけてね!」
「…は?」
「だから、気をつけてね!慣れた森でも、怪我しないようにね!」

『今まさに不意打ちで引っ張られて危なかったんだが』
眉間に皺を寄せ、そんな思いでヴィヴィアンを見つめるエルドレッドだったが、その思いが通じることは無かった。

ため息混じりに頭を掻き、ヴィヴィアンから視線をそらす。

「……はぁ…調子が狂う…」
「む、失礼だなぁ。僕はパパと同じぐらい、エルのこともモーリスのことも大好きなんだよ?…だって、同じ『家族』だもん」
「………………」

下心など全く無い子供故の純粋無垢な言葉にエルドレッドは更に頭を掻き、そのまま無言で家を出ていった。

「エルは照れ屋さんだなぁ」
「ええ、そうですね。…あぁ、ヴィヴィアン。暇ならジャムの仕込みを手伝って頂けますか?」
「うん!やるー!」

先程までの真面目な顔は何処へやら。

ヴィヴィアンはモーリスに手招きされ、楽しそうに笑いながらキッチンへと入っていった。


 


……………………………………………………………………

めちゃめちゃ遅くて申し訳ないdeath…
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