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序
しおりを挟むここは大きな戦争もなく緩やかな平和を享受する世界。
便利な魔法も凶悪な魔物も存在しないこの世界では、『錬金術』という独自の技術が広く浸透していた。
錬金術に不可能はない。
そんな理念の元、王都では『金の錬成』『生命の創造』『万能物質、賢者の石の錬成』など壮大な目的で研究を繰り返していたが……それはこの世界の一般人にとっては微塵も関係の無い話。
人々は錬金術で日用品や薬などを作成し、日常の一部としてその存在を受け入れていた。
…そして、この物語の舞台は世界の中心である王都から遠く離れた田舎町。
その町外れに暮らす、人嫌いで偏屈な錬金術師とその子供たちの日常を切り取ったものである。
……………………
………………………………
「……………」
…ぼこぼこ…ぼこっ
まだ日も登りきらぬ早朝。
町外れの家屋で黙々と調合に勤しむ怪しい人影があった。
ボサボサの髪、清潔感のない無精髭、薄汚れた瓶底メガネ。
そんな怪しさ満点の風貌で大釜を覗き込むのは錬金術師のノア。
数年前に王都から引っ越してきた偏屈な錬金術師である。
「…少し反応がイマイチだな…理論上これで間違っていないはずだが…しかし…」
ブツブツと独り言を呟きながらメモをとるノア。
長いヘラのようなもので大釜の中を掻き混ぜるが、不意にその背後からブランケットをかけられ動きを止めた。
「お父さま、あまりご無理をなさらないでください」
「む、モーリスか」
ノアが後ろに振り向けば、そこに立っていたのは長身の男性・モーリス。
ノアと同じ焦げ茶の髪を少し長く伸ばした彼は父親とは違い清潔感に溢れ、その綺麗な顔で心配そうに父親…ノアを見下ろしていた。
「待ってくれ、この実験が終わったら少し休むから…」
「そう言ってもう2日も徹夜していますよね?…疲労回復薬の効果にも限度があるのです。お父さまに倒れられては私達も……」
息子の小言にノアは小さくため息をつくと、諦めたかのように首を横に振った。
「はぁ…仕方ないな。それなら代わりに反応を記録しておいて貰えるか?私は仮眠をとる」
「かしこまりました」
父親に頼られたことが余程嬉しいのか、モーリスは満面の笑みで応えるとノアに代わり大釜の前に立つ。
そしてノアは大釜の傍のソファに座ると、ブランケットを羽織ってそのまま目を閉じた。
「…ゆっくりおやすみください、お父さま」
そんな父にモーリスは柔らかい笑みを浮かべ、再び大釜へと向き直る。
そしてしばらく大釜の反応を伺っていると、モーリスの耳に2人分の足音が聞こえてきた。
「パパ、おっはよ~…ってあれ?」
「…モーリス、お前だけか?オヤジは?」
「2人とも静かに。…お父さまが起きてしまいますよ」
足音の主は2名。
どちらもモーリスの弟たち。
2人ともソファで眠るノアの姿を見ると、慌てて口を噤んだ。
「…また徹夜で研究してたのか、このバカオヤジは…」
そう言って不機嫌そうに眉間に皺を寄せたのは短髪の青年、エルドレッド。
絶賛反抗期中であるにも関わらずノアの心配をしているのか、怒りに混ざり少し不安の感情も見受けられた。
「モーリス、エル。パパ…大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、ヴィヴィアン。…でも、ヴィヴィアンが傍にいてあげたらもっと早く元気になるかもしれませんよ」
「うん!」
モーリスの言葉に頷き、ノアの隣に潜り込んだのは末の子、ヴィヴィアン。
ゆるふわな焦げ茶の髪に可愛らしい顔つきはまるで女の子のようだが、彼もれっきとした男の子である。
「…パパ。ゆっくり休んでね…」
「エル、貴方もお父さまの隣に居てはどうですか?」
「はぁ?なんで俺がクソオヤジと…」
素直なヴィヴィアンと違いエルドレッドはモーリスの言葉に反発したが、一方でノアの眠るソファから離れようとはしなかった。
(…まったく、エルは素直ではないですね)
その様子に呆れながらも苦笑するモーリス。
そして再び大釜の方に向き直ると、釜の中身を静かに掻き回し始めた。
…田舎の町外れに暮らす父親と息子たち。
町の人間からは『母親のいない家庭なのだろう』と推察されていたが…それは半分間違いだ。
彼らの正確な関係性を言葉にするなら…創造主と創造物。
モーリス、エルドレッド、ヴィヴィアンの3人は、ノアが錬金術で作り上げた人工生命体…『ホムンクルス』と呼ばれる存在だった。
しかしそれでも…たとえ造られた命とは言え、家族であることには変わりない。
ノアは自ら造り上げた我が子を(研究対象としながらも)心から慈しみ、子供達は創造主であるノアを(形に差異はあれど)心から愛する。
そこには普通の家庭とは違う感情や思惑はあったものの、4人は確かな絆で結ばれていた。
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