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副団長の秘密のお仕事
8 最後の難関
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ルカは目が覚めると、辺りは暗闇に包まれていた。
「目が覚めたか?」
バルナバーシュの声に、意識を失うまでのできごとを思い出す。
「……バ…ル……」
叫び過ぎたせいか、声がガラガラに枯れている。
(ああ……やっちまった……)
身体じゅうがあちこち痛いし、薬の副作用なのかガンガンと頭痛がする。
「ほら、水飲め」
バルナバーシュはルカの上半身を抱き起すと、水差しからコップに水を注いでルカに渡す。
まるで吸い寄せられるようコップを受け取ると、ごくごくと水を飲みほした。
空のコップを取り上げてまたバルナバーシュは新しく水を注ぐ。
それを二回繰り返した後に、やっと生きた心地がして来た。
「まだ身体が辛いだろ? 休ませたいのは山々なんだが、あいつが痺れを切らして近所迷惑になってる。俺じゃあ手に負えんから、お前にもう一仕事してもらわないといかん。ほら、これを着て」
いつの間にか、元着た服が着せられていたが、その上からフード付きの外套を羽織らされた。
「歩けるか?」
「おいっ……」
いきなり立ち上がらせられ、さすがのルカも戸惑った。
そういえば……この男は人使いが荒かった。
フラフラしながら手を引かれ、今の長椅子で寝こけているドプラヴセを視界の隅に捉えながら、あれよあれよという間に、近くの馬繋場までやって来た。
耳のいいルカは、建物の外に出てすぐ愛馬の嘶きに気付いていた。
「……ルーニャ……どうして此処に?」
意味がわからない。
近付くと、ブルブルと甘え声を出して鼻面を頬に擦りつけて来る。
「俺が乗って来た」
「は?」
ルカは馬鹿みたいにポカンと口を開ける。
ルーニャはルカ以外の人間を乗せたりしない。
それも、犬猿の仲であるバルナバーシュなどもってのほかだ。
「お前の一大事に俺たちの利害が一致したんだよ。指示しなくとも、勝手にここまでこいつは走って来た。ルーニャがいなかったら間に合わなかったかもしれん。でもここに長時間放置してたら、さすがに痺れを切らして暴れ出した」
「——お前……」
鼻の奥がツンとして、無意識のうちにルーニャの逞しい首に頬を摺り寄せていた。
「ありがとう。ルーニャ」
気持ちを込めて愛馬に礼を言う。
「まだ本部は門番しかいない。今のうちに帰るぞ」
リーパは夜通し門番が警備に当たっている。
だが日が昇る前にルーニャを連れて帰らないと、起き出した他の団員たち目撃されてしまう。
「辛いだろうが……」
そう言うと、バルナバーシュはそっとルカの腰に手を当てる。
抱かれた翌日は、乗馬は避けている。
ヤバい所が全部当たるから辛いのだ。
まだ身体中が悲鳴を上げている今は、苦行もいいところだ。
「いや、大丈夫だ」
それでもルーニャのためだったら、お安い御用だ。
本来なら厩舎で眠っていたところを、ルカのためにひとっ走りして知らない場所で寝ずに待っていたのに、自分だけが休むわけにはいかない。
「ほら、これを尻に敷け」
バルナバーシュはドプラヴセの隠れ家からくすねてきた柔らかなクッションを鞍の上に置いた。
本部まではそんなに距離はないはず……と。
ルカは気合を入れ、鐙に足を掛けた。
ブツブツと頭の中で母国の神への祝詞を唱えながら、ルカはなんとか本部まで辿り着くことができた。
ずっと隣を歩いて付き添っていたバルナバーシュが、裏門を守る門番たちに労いの声をかけると、さっと敬礼して門を開けた。
「あれぇ!? 副団長さん……ルーニャがいないと思ったら、夜中にお出かけだったんですかい。こんな時間までお仕事お疲れ様です」
ルカが深くフードを被って顔を隠していても、ルーニャに乗っているので副団長だと疑うことなく、早起きして馬の世話をしていた馬丁が挨拶する。
適当に頷いてルーニャを中へ入れると、足早に厩舎を後にする。
「いくぞ」
バルナバーシュに促され、私邸の中に入るが、まだ誰も起きていない。
やっと戻って来たという安心感からか、とうに限界を越えた身体は歩みを鈍らせる。
二階に向かう階段へ辿り着く前に足が止まり、膝をつきそうになる。
「……わっ!?」
「あっぶねえな……お前、辛いなら辛いって言えよ」
倒れる寸前にバルナバーシュから横抱きにされると、そのままルカを抱えてスタスタと階段を上っていく。
「誰かに見られたら……どうするんだよっ」
またこの前みたいになりはしないかと、ルカは内心焦っていた。
「ここまで来たし、大丈夫だっ——」
バルナバーシュがそう言い終わるまえに、階段を上がり切った廊下にある扉の一つが開いた。
養子のレネの部屋だ。
「おわっ!? ……だっ団長おはようございます」
「おはよう」
最悪のタイミングで部屋から出て来たレネに、バルナバーシュは顔色も変えずに挨拶する。
猫のような黄緑色の瞳が、バルナバーシュの腕の中に納まるルカの姿を捉えた。
「えっ……ルカっ!? えっ?」
レネは事態を飲み込みきれず、固まって廊下の壁に貼り付いた。
ルカの部屋に行くのかと思いきや、バルナバーシュはそのまま突き当りにある自分の部屋まで当たり前のように歩いて行く。
後ろを振り返ると、レネはまだ壁に貼り付いて固まったままだ。
早朝から、養父が自分の剣の師を横抱きにして自室まで運んでいる姿を見て、レネはいったいなにを思っただろうか。
それを考えると、ルカは頭痛が余計に酷くなってきたが、体力の限界なのでなにも考えないようにする。
バルナバーシュは寝室のベッドにルカを優しく下ろすと、浴室へと消えて行った。
水の流れる音がしているので、きっと手でも洗っているに違いない。
すぐに戻って来ると、近くのチェストからなんにでも効く軟膏を取り出し、ルカの身体をうつ伏せにひっくり返した。
「……なに……すんだよっ……」
「辛いだろ? 本当はボリスに治療させたいが、今はいないからな」
ボリスは一昨日から定期的に入る商隊の護衛に参加している。
バルナバーシュはルカのズボンを脱がすと、尻を露出させた。
媚薬で過敏になっていた肌は、ルーニャに乗って当たった部分が余計に真っ赤に腫れている。
「痛そうだな……気休めかもしれんが……」
そう言ってバルナバーシュは軟膏を手に取ると、優しく患部に塗ってゆく。
ルカは羽毛の枕に顔を埋めながら、昨夜からの一連の出来事を思い出し、自分の浅はかな行動を反省する。
他人から出された酒を飲んで、あんな状態でドプラヴセの部屋に行くなど愚の骨頂だった。
それに剣を抜くこともできずに自分の身を守れなかったなんて、剣士としてあってはならないことだ。
「バル……ゴメン……」
(またバルを困らせた……)
「お前の行動も褒められたもんじゃないけど、それ以上にあいつはクズだ。普通仲間にあんなことしないだろ? 昨日のことは綺麗さっぱり忘れて、今日はゆっくり休め」
そう言いながら、ポイポイとルカの服を脱がせてゆき、自分のパジャマをルカに着せる。
「今日は掃除に入らないでいいって言っとくから、ここで寝てろ」
いつの間にか、窓からは朝日が差し込んで来ていた。
バルナバーシュは逞しい肉体を晒し、仕事用のシャツへと着替えている。
(俺のせいで……徹夜させてしまった……)
これからまた仕事だと考えただけで、ルカは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ホントに……ゴメン……」
ガンガンと頭の中で暴れる頭痛に耐えながら、ルカは声を絞り出す。
「お前……なにガラでもねえこと言ってんだよ……熱でもあるのか? ……っておい、本当に熱が出てるじゃねえかっ!」
汗の浮く額を触りバルナバーシュが驚いているが、ルカの意識はそこで途絶えた。
それから丸一日、ルカはバルナバーシュのベッドの住人となった。
仕事の合間を縫って、バルナバーシュが何度も部屋に様子を見に訪れるので、団員たちから陰で「女でも囲っているんじゃないか?」と噂されていたことを、二人は知らない。
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