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副団長の秘密のお仕事

3 呉越同舟

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「おい、どうした? 具合でも悪いのか?」
 
 部屋に着くと直ぐに長椅子に座り込んだルカを、アランは何事だと不審な顔をする。

「……別にっ……」
 
 喋るだけで息が乱れ、赤らんだ顔を見られないように俯く。
 いつもは蝋燭の灯りしか使われないのに、アランが自分の夜光石を持ち込んでいるので、明々とした光に部屋中が満たされていた。
 これでは、アラン相手にシラを切り通すことなどできるはずもなく、すぐに気付かれてしまう。

「お前、まさか……さっき飲んでた時になにか盛られたのか?」
 
 まるで発熱した時のように、ぼんやりと視界が掠れ、自分の身体を支えることさえ困難になってきた。
 こうなったら認めるしかない。

「……だいじょ…ぶ、時間が…たて…ば、なんとか…なるから……」
 
 力が抜けてズルズルと上半身が倒れた。
 そんなルカの様子を見ただけで、アランはなにを盛られたのかだいたい察しが付いたのだろう、目を三角にして怒鳴り出す。

「馬鹿がっ……もっと早く言えっ! しばらくしたらドプラヴセが帰ってくるぞっ……その身体じゃ動けないだろうがっ!」

(ああ……完全に失念してた……)

 ここはドプラヴセの部屋だった。
 奴が帰ってくる所に、なぜ自ら戻って来たのか。
 常にルカの身体を狙っている男が、この絶好の機会を逃すはずがない。

『お前に触って良いのは俺だけだからな。絶対他の男には触らせんなよ』

 報告に戻った時に、バルナバーシュから言われた言葉を思い出す。
 
(俺は……馬鹿だ……)

『とにかく、なにか困ったことが起こったら俺に知らせろ。わかったな』

(そうだ……)

「バルを……呼んで…きてっ……」
 
 今はそれしか思いつかなかった。

「あああああ~~馬鹿野郎がっ! 急いで呼んでくるから、お前絶対ドプラヴセに見つかるなよ。どっかに隠れてろっ。見つかったら全力で抵抗しろっ。いいなっ、命令だぞっ!」

 アランはそう言い残し、慌てて部屋から出て行った。


 こんな時になってやっと気付いた。
 アランがルカに対していつも口煩かったのは、自分のことを心配してくれていたからだと。

 バルナバーシュと結ばれる以前は、こんなことただの事故でしかなかった。
 仕事仲間でもあり、あんな奴と寝るのは気が進まないが、薬のせいだと簡単に割り切れただろう。

 だが今は違う。
 バルナバーシュ以外の男に抱かれるのは論外だが、なによりも……その事実を知ったバルナバーシュが哀しむと思うだけで、耐えられなかった。


 そんなこと、絶対あってはならない。
 

 
◆◆◆◆◆


 私邸の書斎で一人、酒のグラスを傾けながらバルナバーシュは物思いに耽っていた。

 やはり待つのは、性分に合っていない。

 団長に就いてから初めてその辛さを知った。
 団員たちが命の危機に晒されているかもしれないのに、ただ指を咥えて待つしかできない。

 命令し、団員たちを手足のように操り、自分は安全な所で温々と過ごすなんて……こんな辛い仕事があるだろうか?
 
 バルナバーシュが判断を誤り、団員たちが死んでしまうことだってある。
 実際に団長になり、数名が死んだ。
 いくら癒し手がいるからといっても、いつも団員たちと一緒に行動しているわけではない。

(——クソ……)
 
 特にルカのこととなると、他の全てを放り出してしまいたくなるほど冷静ではいられない。
 それに加え『運び屋』の仕事は危険が伴う。

『山猫』という国王直属の調査機関にルカが所属することになったのも、元はバルナバーシュの我儘のせいだ。
 異国人であるルカを副団長にさせるため国王から出された条件が『山猫』として活動することだった。

 二カ国語を巧みに操り、吟遊詩人として貴族の家に潜り込んだり、各地を放浪しても怪しまれない。
 剣の腕も格別だが、ナイフやその他諸々の武器を使いこなすルカは、暗殺者としても使える。
 こんな好条件を持ち合わせた人物を、国王は放っておかない。

 黙っておけば隠し通せたかもしれないが、元々『山猫』のメンバーだったゲルトの馬鹿が、自分の仲間欲しさにルカを推薦したのだ。

 最も気に入らないのが、『山猫』の元締めドプラヴセだ。

 あの風体を見て、以前は殿と呼ばれていた時代があったなんて誰も思わないだろう。
 実はドプラヴセは国王の異母弟の一人で、少年の頃、謀反の罪で処刑されたことになっているが、弟想いの王の慈悲で生き延びていたのだ。
 ドプラヴセはそんな兄に報いようと、『山猫』という組織を立ち上げ貴族たちを取り締まっている。

 最初にこの話を聞かされた時、さすがのバルナバーシュも腰を抜かしそうになった。
 死んだはずの王子が生きていたではなく、風采の上がらないあの男が王子だったということにだ。
 品格の欠片もない男に、王家の血が流れているという事実が未だに信じられないでいた。
 
 そして、最初に引き合わせた時から、ドプラヴセはルカを狙っている。
 王位継承権の低い王子たちは、争いの種火をこれ以上作らぬよう性欲処理の相手に男をあてがうと聞いたことがあるが、奴を見る限り事実のようだ。

 会う度にルカを口説いていると聞いたが、ドプラヴセはルカのストライクゾーンを大きく越えていた。
 だから安心はしているのだが、あんな男と一緒に仕事などさせたくない。

 それに、いま追跡中の相手は腕の立つ用心棒を立てていると聞いた。
 よっぽどのことでルカが負けることはないが、なにかハプニングが起こるかもしれないし安心はできない。

 だから今夜も一人酒を飲みながら、眠れない夜を過ごしていた。


 コンコン——

 ガラス窓を叩く音がする。
 誰かがバルコニー伝いにやって来た。
 ルカだったらノックなどせず勝手に入って来る。

(こんな時間に誰だ?)

 一応ナイフを持って窓際へ行きガラス越しに外を確認すると、赤毛の男がこちらを覗き込んでいた。
 
(アラン!?)

『山猫』のメンバーの一人がわざわざ部屋を訪ねて来たということは、ルカになにかあったのだろうか?
 急いで窓を開けて室内に入れると、すぐに用件を訊く。

「どうした!?」
 
 よっぽど急いで来たのか、アランは息を切らしながらバルナバーシュの質問に答えた。

「ルカが……俺と交代で追跡者を見張ってる間に媚薬を盛られて、今ドプラヴセの部屋に一人でぶっ倒れてる。あいつが帰って来る前になんとかしないと……」

「は?」

 怪我をしたわけでもなく、ヘマをして捕まったわけでもない。
 思っていたほど深刻な内容ではなかった。

 だが、アランの言葉を反芻していくに従って、バルナバーシュはことの重大さに気付いてゆく。

 怪我だとボリスが行けばなんとかなるが、媚薬となると治まるまではどうしようもない。
 ぶっ倒れているということは、いくらルカが強いといってもなんの抵抗もできないだろう。

 もし、ドプラヴセがそんな据え膳状態のルカを見たらどうなる?

(もしかしたら、怪我するより状況が悪くねえか……?)


「ドプラヴセは今なにをしてるんだっ?」
 
 剣を腰に差しながら、バルナバーシュはアランに尋ねる。
 
「悔恨の塔に偽貴族を運んでったが、急がないともう帰って来るかもしれねえっ」

 答えを聞き終える前に、部屋を出て走り出していた。


 厩舎へ駆け込むが、夜は眠っている馬が多い。愛馬のチェルナも寝ているようだ。
 だがその中に一匹だけ「ブルブル」と鼻を鳴らして起きている馬がいた。
 バルナバーシュはなにも考えずにその馬へ飛び乗った。

 裏門を出て、人気のないことを確認し一気に馬を駆けさせる。
 指示も出さないのに、馬が勝手にルカのいる歓楽街の方向へと走ってゆく。
 
(……?)
 
 あまりにも焦っていて、暗闇のなか馬の姿もまともに見ていなかったが、歓楽街の夜光石に照らされてバルナバーシュはようやく気付いた。

「ルーニャ……お前……」

 ルカの愛馬が主人以外の人物を背に乗せたことなど、今まで一度もなかった。
 それも相手は、一番嫌っているはずのバルナバーシュだ。

(多分、こいつはルカになにが起きているかわかってる……)

 ルーニャとバルナバーシュの利害が一致した瞬間だった。

 まるで訓練された犬のように、ルカの愛馬は知らないはずのドプラヴセの隠れ家の一つへと近付いて行く。
 一番近くにある馬繋場まで来ると、ルーニャを繋ぎ言い聞かせた。

「お前、ここで大人しくしてろよ。ルカは大丈夫だ、俺が助けるから」
 
 ルーニャはそんなこと言ってないで早く行けとばかりに首を横に振って「ブルルル」と低い声で鳴く。
 


(——どうか間に合ってくれ!)

 バルナバーシュは全速力で、ドプラヴセの隠れ家へと走ってい行った。



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