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副団長にはどうやら秘密が沢山あるようです

4 養子と副団長の奇妙な関係

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 バルナバーシュには、実は二人の養子がいる。 
 二人は姉弟で、姉のアネタは女の子なので、本部の方針に則って少し離れた町の編み物工房で働いている。
 弟のレネは現在二十歳で、十七の時からここで護衛として働いている。

 そしてレネは、すれ違うと誰もが振り返って二度見するほどの美青年だ。
 灰色の髪に抜けるような白い肌、それに一度見たら忘れられない黄緑色の瞳。
 
 ここは屈強な男たちが集う護衛団。
 そんな中に、ほっそりとした美青年が混じっていると誰もが扱いに困る。

 犬の集団に綺麗な猫が一匹混じっているようなものだ。
 しかし、レネ本人は自分の容姿などまったく気にしていない。
 平気で他の団員たちに混じって風呂にも入るし、裸で廊下をうろついていることだってよくある。
 常に待て状態を強いられている犬たちがいることも知らずに無頓着なもんだと、いつもルカーシュは鼻で嗤いながらそれを見ている。

 レネは剣の師匠がいいせいか、団員たちの中でも五本の指に入るほど強いので、邪な気持ちを抱いていても簡単には手を出せない。
 それに養父のバルナバーシュはレネを妙な目で見る団員がいようものなら、殺意のこもった目で一睨みする。それだけで効果てきめんだ。
 
 バルナバーシュは、実の息子のようにレネを愛していた。
 そしてレネは、自分の目指す強い男として、バルナバーシュのことを憧れの目で見ていた。
 
 だがその関係はレネが養子になってすぐに壊れてしまう。
 その出来事にルカーシュも大きく関わっている。

 ルカーシュは九年前のある日、突然バルナバーシュにレネの剣の師になるよう頼まれた。
 そしてレネは養父から剣を習うことを望んでいたのに、ある日とつぜん『明日からルカーシュが剣の師だ』と養父本人から告げられた。

 脳筋にぶちん男は、いつも最悪のタイミングで最悪の言葉をかけるのが常だ。
 そんなやり方で上手くいくはずがない。
 
 それ以来、養父と養子の関係は拗れまくっていた。

 レネだけではない、当時まだ十一の子供の師匠となったルカーシュも途方に暮れた。
 
 望んで師匠になったわけではない。
 望んで弟子になったわけではない。

 この理不尽な状況にレネは初めのうちは混乱し、だが諦めるように少しずつ受け入れていった。
 しかしルカーシュにはこれっぽっちも敬意を払うことはしない。


(だって、本当に尊敬しているのはバルなのに……)

 いつも猫のような黄緑色の目がそう訴えかけていた。


 そしてなにも事情を知らない周囲にはこう見えている。
 副団長がレネを弟子にして、レネと団長との仲が拗れてしまった。
 あの男が、素直だったレネに悪い影響を与えている。


 ここには誰もルカーシュの気持ちなど慮る者はいない。


 バルナバーシュからこの国へ来る時に『お前じゃなくては駄目だ』と熱心に口説かれた身としては、面白いはずがない。
 二人っきりで暮らす私邸の二階へ、十年前突然やって来たレネに、ルカーシュは幼い子供だろうと容赦なく冷たく当たった。

 だが師弟という関係になるにつれて、ルカーシュとレネはお互いに共通点を見出していった。
 二人は体型が似ていて、それが原因で団員や対峙する敵からも舐められ易いこと。
 それを逆手にとって強くなるモチベーションに変えることを、ルカーシュはまずレネに教えた。

 当然、レネと過ごした時間は養父のバルナバーシュより長い。
 ナイフの持ち方から、無人島に篭ってサバイバルの方法、自分の持っているすべをレネに注いだ。
 そして、人の殺し方も……。

 真っ新だったレネを、ルカーシュは自分の色に染めた。

 本来ならば、バルナバーシュが行うはずだったことを、全てルカーシュが行った。
 それなのにバルナバーシュはルカーシュの教育方針に一切口を挟まなかった。
 そして気付いていく。

 バルナバーシュがなによりも大切にする存在を、自分が預かっているという事実に。



「おいっ! ちょっと待て……オレ絶対安静っていわれてんだけど?」

 枕に沈んでいた灰色の頭が瞬時に動き、少し遅れてナイフが枕に突き刺さり羽根が辺りに舞い散った。

「身体動かせなくてストレス溜まってんだろって心配して来てやったのに」

「けっ……鬼め……」

 枕からナイフを抜き取ると、下着姿のまま黄緑色の瞳でルカーシュを睨んだ。
 
 この二人の会話を聞いて、誰も師弟関係を結んでいるなど思うものはいないだろう。
 人目のある所では副団長と一団員の立場を崩さないが、二人の時は言いたい放題だ。
 お互い、そうじゃないとやってられない。


 改めてレネを見ると、いつもより顔色が悪く、ただでさえ華奢なのにまた一段と細くなっている。
 
 説明すると長くなるので割愛するが、脳筋にぶちん男の一言がきっかけで家出していたレネが、昨日ボロボロになって連れ戻された。
 一切飲み食いしていなかったせいか、一日経った今でも衰弱が酷い。

 だがこの家出がきっかけで、拗れていた親子の仲が元に戻る。

 昨日帰って来てすぐに親子で篭ってしまった部屋に、ルカーシュはレネが食いつくであろう特製の粥を作ってもらい運んで行ったら、ちょうどバルナバーシュがレネを抱きしめて額にキスをしていた。
 この親子はややこしいビジュアルのせいで誤解されがちだが、それは親子のスキンシップの範疇のものだった。
 だが、ルカーシュにとっては面白くない。

 それだけならまだしも、団員たちの間で『鬼団長』と恐れられているバルナバーシュが……自らの手でレネの身体を洗っていたのだ。
 二十歳になった息子を父親が風呂に入れるなんて、異常だ。
 召使のようにレネに奉仕する姿は、今までにできた深い溝を埋め合わせているかのようだった。
 こっそり浴室を覗いていたルカーシュは、ただ立ち尽くしその様子を見ていた。


 改めて、目の前でナイフを構えるレネを見つめる。
 ルカーシュだって、レネが帰って来て心底ホッとしている。
 望まない形で結ばれた師弟関係でも、子供の頃からなにもかも教え込んだ弟子が、可愛くないはずがない。

 だが今夜は……少しだけ違う感情が入っている。

「くっ……」

 病み上がりなので手加減はするが、ナイフの切っ先がレネの腕を掠る。

「ほら、もたついてると、殺されるぞ」


 ルカーシュはレネに嫉妬していた。
 

 机に置かれていたカップが割れたことで、突然始まった奇襲は終わりを迎える。
 所々シャツに血を滲ませたレネは、力なく床に座り込んでいた。

 バルナバーシュはルカーシュがレネをどう教育しようと一切口を挟まないが、一つだけ言われていることがある。

『できるなら……レネの身体に傷を残さないでくれ』

 その言いつけを守るために、壁に下がった一本の紐を引っ張り呼び鈴を鳴らす。
 それは、宿舎となっている一階で暮らす癒し手のボリスの部屋へと繋がっていた。

「こんな傷、大したことないのに。いちいちボリスを起こすなよ」

 レネも中身は普通の男で、自分の外見に執着などない。
 大怪我でもないのに癒し手の治療を受けるのを大袈裟だと思っている。
 
「知らねえよ。俺はバルからお前を託された時に約束させられたんだから」

 口ではそういいながらも、ルカーシュもレネと同意見だ。
 野郎だし、嫁入り前の娘じゃないのだからどうでもいいだろうと苦々しく思っている。

(——傷か……)

 暗い感情が頭を擡げる。


 しばらくして、扉を叩く音がした。

「入れ」

「もう鍛練ですか……昨日の今日で、早すぎでしょ……」

 扉を開けると、癒し手のくせに無駄に背の高い男がパジャマ姿で現れる。
 こちらを睨んで迷惑そうな顔をしていた。
 夜中に、急に叩き起こされたら誰だってこんな顔になる。
 
「ボリス……夜中に起こしてゴメン……」

 レネが気の毒そうに入って来た男に声をかける。
 ボリスはレネの姉の恋人で、この姉弟をなによりも愛している。

「レネ、お前が気に病むことはない。私だってレネの身体に傷が残るのなんて耐えられないから。それに後で副団長の秘蔵の酒をご馳走になるから気にするな」

「おい……俺はそんなこと一言もいってないぞ」

 そう口ではいいながらも、物怖じしないその態度がルカーシュには付き合いやすかった。
 そしてバルナバーシュ以外に、団の中でルカーシュの秘密を知る唯一の男でもある。
 だからこうしてを見せることができる。

 ボリスは手慣れた手つきでさっさとレネの服を脱がせ治療に当たった。
 何度見ても不思議な光景だ。
 瞳が緑色を帯びたかと思うと、手から山吹色の光が出てきて直接触れた傷を綺麗に治してゆく。

「はい、終わり。まだ体調が万全じゃないんだから今夜はもう休みなさい。副団長、ほら行きましょう」

 ルカーシュはボリスによって自室に強制的に引きずられて行く。
 剣はからっきしのくせにこの男、力だけは強い。

 こうして、ルカーシュの秘蔵の酒がまた一本、ボリスの腹の中に消えていった。


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