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9章 山城での宴
26 お披露目
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吟遊詩人の歌に合わせ、ある時は一緒に踊り、ある時は涙し、聴衆たちはすっかりその物語の中に引き込まれていた。
そしてとうとう、レナトス叙事詩は最終盤の第二十二歌を迎える。
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき
銀髪に若草色の瞳を持つ、神々に愛されし血を引き継ぐ者が
再び王冠を被り、聖杯を満たせば
五枝の灯火が復活し、神々との契約が再び結ばれん
┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈
歌に合わせ、夜光石の光に照らし出された壁画のレナトス王が姿を現す。
突然の演出に人々はハッと息を飲む。
「皆さん、偉大なる歌の唄い手である吟遊詩人のルカに拍手を」
カムチヴォスがステージにやって来ると、古代の世界に誘った吟遊詩人を労うため、手を取りもう一度皆へと紹介する。
客たちは立ち上がり盛大な拍手をすると、はじめと同じようにルカは優雅にお辞儀で返した。
カムチヴォスがもう一度ルカを握手しねぎらいの言葉をかけると、今度は壁画の説明をはじめた。
「この城は二千年も前に建てられたものです。もちろんこの壁画も同じで、生前のレナトス王をモデルに描いたとされています」
物語と同じ……いや、頭の中で想像していたよりも美しく艶めかしい姿の若き王に、人々は驚嘆する。
「本当にこの絵がレナトス王の姿を忠実に再現していたのか、私も最初は半信半疑でした。しかし、ある人物に再会したことで間違いないと確信にいたりました」
カムチヴォスはステージを降りて壁画のある方へと向かう。
ステージからは明かりが消え、いつの間にか吟遊詩人も姿を消していた。
「皆さんにご紹介したい人物がいます」
カムチヴォスの言葉に合わせるように、壁画の手前の玉座に明かりが灯る。
対になった五枝の燭台の青い光に照らされて、壁画と全く同じ玉座に座る人物が明らかになる。
玉座へは一切光が当たらないようになっていたので、誰もそこに人が座っていることに気付いていなかった。
客たちから驚きの声が上がる。
驚くのも無理はない、その姿があまりにも壁画の中のレナトス王とそっくりだったからだ。
「レネ・セヴトラ・ドタヴァテル・スタロヴェーキ、彼こそがスタロヴェーキ王朝の直系男子で、レナトス王の生まれ変わりです」
黒い王冠を頭に頂き、左手には黄金の聖杯を持ち、衣装までも同じものを身に着けているという凝りようだ。
背後ではこれまた同じように五枝の燭台には群青色の光が灯っている。
レネはカムチヴォスから紹介を受けても、愛想笑いを浮かべるどころか強い眼差しで玉座の下で驚く客たちを睨みつけている。
皮肉なことにその表情までもが、壁画の中のレナトス王と瓜二つだった。
「実は……彼は私の甥です。この目の色が証明するように私にもレナトスの血が流れています」
カムチヴォスは強調して自分とレネが血縁者であることをアピールする。
少しでも自分を価値あるものに見せるため、この機会を利用しないはずがない。
「レナトスの末裔たちが暮らす契約の島に予言通りの赤ん坊が生まれた時、島は歓喜に湧きました。しかし兄はなにを血迷ったのか、赤ん坊のレネを連れて島を出てしまったのです。私はレネを探すために島を出て、二十三年後、やっとこうして大人になったレネに逢うことができたのです」
客たちは美しきレナトスの生まれ変わりに見入っているのに、目の色しか同じでない平凡な男の話などどうでもよかった。
しかし人生の半分を『契約者』探しに捧げたカムチヴォスは、自分の手柄を皆に認めてほしくて、周囲の状況が見えていない。
そんなカムチヴォスに、メンバーの何人かは、仮面の下で苦笑していた。
「さあレネ、皆さまに挨拶を」
◆◆◆◆◆
「バレないようにこれを着て」
地下牢を出ると、ロメオはバルトロメイに茶色の長衣を渡す。
そう言いながら自分も服の上から長衣を着て、目元を隠すだけの銀の仮面を被っていた。
「なんだ貴族たちがよくやる怪しい集まりみたいだな」
如何わしい夜会などで貴族たちが身元のばれないように仮面を着けることはよくある。
バルトロメイも何度か、そのような夜会に護衛として参加したことがある。
「ほら、あんたの分もちゃんとあるよ」
バルトロメイもロメオに倣って渡された仮面を装着する。
「レネは一番奥の玉座に足を繋がれている。まだ今はルカの歌が始まったばかりだ。客がそっちに気をとられているうちに、俺がレネの拘束を解くから、あんたはシリル——俺の相方と一緒にいてくれ。色々指示をしてくれるだろう」
「相方がいるのか。特徴は?」
会場に着いたらどうやらバルトロメイは、そのシリルとやらへ近付いて行かなければならないようだ。
今のところ名前から男だということしか分らない。
「長い黒髪を後ろで括って砂色のローブを着ている」
「歳は?」
爺さんか若者かわかるだけで随分と見分けるが簡単になる。
「あんたと同じくらい」
(ということは、二十代半ばか……)
ロメオはどう見ても二十歳前後なので、相方の方が少し年上のようだ。
「そのシリルとやらは俺が来ることを知ってんだよな?」
声をかけて怪しまれたら、元も子もない。
「もちろん。『ロメオはどこに?』って声をかけろ」
「それが合言葉か。わかった」
思っていたよりも会場は薄暗く、バルトロメイは誰からも怪しまれることなく中に入ることができた。
ちょうど三騎士の一人ナタナエルの場面で、客たちはルカに合わせて一緒に踊り、大変な盛り上がりを見せていた。
(……なぜだ……)
無表情の仮面を被った客たちが集団で小躍りをしている様子は、笑いを通り越して異様な光景だ。
ノリの良い客のテンションに飲まれていると、端の方でバルトロメイと同じように突っ立っている人物がいた。
(砂色の長衣に黒髪……)
その特徴がロメオの言っていたシリルと同じだったので、バルトロメイは踊る人ごみをかき分けて、目的の場所に向かった。
「ロメオはどこに?」
声をかけると、その人物は物色するようにバルトロメイを見つめた。
「小腹が空いたと、食べ物を取りに行っています」
先補と通り抜けて来た手前の広間には、飲食するスペースが設けてあり、休憩がてらに人々が寛いでいた。
もちろんロメオはレネの拘束を解くために動いているのでそんなところにはいない。
どうやらこの人物がシリルのようだ。
歌が異様な盛り上がりを見せているせいで、誰も二人のことなど見ていない。
これなら大丈夫だろうと、バルトロメイは話を切り出した。
「俺はなにをすれば?」
「歌が終わると、『契約者』のお披露目です。まだ暫く時間があります。今から手順を説明します」
シリルから説明された内容を頭に叩き込んでいると、予言めいた最後の歌が終わり、とつぜん奥の壁を明かりが照らし、壁画が現れた。
(——あれは……)
壁画の人物があまりにもレネとそっくりで、バルトロメイは言葉を失った。
盟主の説明によると二千年前に描かれた壁画だというから驚きだ。
そして、玉座に座るレネの姿が照らし出されると、続々と会場からも驚きの声が上がる、
絵の中のレナトスと同じ格好をしたレネの姿は瓜二つだ。
いくら末裔だとはいっても、ふつうここまで似るものなのだろうか?
双子でももう少し違いがあるというのに……。
バルトロメイには、壁画のレナトスの方がレネをモデルに描いた絵にしか見えなかった。
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