菩提樹の猫

無一物

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9章 山城での宴

20 報告

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◆◆◆◆◆


「だからって持ち帰って来ますか……?」
 
 薬で眠らされベッドの上に横たわる人物を見下ろし、トーニは溜息を吐く。
 
「お前は美青年の良さがわからないって言ってたけどどうだ? 極上品は違うだろ?」
 
「……まあ確かに、ここまで綺麗だと変な気になってきますね」
 
「だろう?」

 簡単に目を覚ますことはないので、レーリオは遠慮なしに頬を撫でる。
 女よりも少し張りのある頬の感触に、思わず口元が緩んだ。

 男には興味のないトーニも思わず同意するほど、レネは中性的な美しさを持っていた。
 明らかに女ではないのだが、明らかに男でもない……そんな危ういバランスが、見る者の心を惑わす。
 
 どれだけこの日を待ち望んだか。
 
 儚い印象を与える純白の夜着に身を包むレネは、自ら発光して輝きを放っているかのように神々しい。
 カムチヴォスは神との契約を結ぶことのできる唯一の存在だといっていたが、レーリオはこの青年が神へ捧げられる生贄にしか見えない。

 
「だからって手を出したらいけないんじゃないですか?」
 
 頬の滑らかな感触に気を良くし、少々乱暴に転がした時に露わとなった太腿に手を伸ばそうとしていると、トニーから注意される。

「心配するな、抱かなきゃなにしてもいいってカムチヴォスも言ってたし」

 しかしこれ以上進めると、トーニが本気で怒り出しそうなので、レーリオはここらへんで止めておくことにした。
 男にしては珍しい、体毛の無いつるりとした足を名残惜し気に一撫でする。

「……あんたなんかが躾係なんてこの青年も気の毒ですね」
 
 トーニはレーリオが目的を成し遂げるためだったらどんな手でも使うと知っている。
 犠牲者になる青年を哀れな目で見つめていた。

「体のいい傀儡になるよう精一杯やらせてもらうよ」
 
 こんな場所ではなく、早く自分の屋敷にレネを連れ帰り腰を据えて仕事に取り掛かりたかった。

「でも流石にこれはすぐに盟主に報告するべきですよ」
 
「……そうだろうな……」
 
 トーニの言うことが正論なのはわかってはいるが、自ら迷い込んできた青年をもう少し自分の腕の中に入れておきたかった。


◆◆◆◆◆


「——レネが奥の間に忍び込んでいただと?」
 
 真夜中やって来たレーリオの報告に、カムチヴォスは顔を曇らせる。

「はい。『山猫』が忍び込んできたと思って捕まえたら、『契約者』だったので吃驚しました」

 餌をチラつかせていたら尻尾をだすだろうと、わざと鍵を掛けずにいたらどうやらとんでもない獲物がかかったようだ。

「獲物を捕らえるつもりでいたので薬で眠らせてしまいましたが、どうしましょうか?」
 
「……そうだな……」
 
 午前中の出来事を思い出しながら、カムチヴォスは思案する。

 レネとの面会は準備をして挑んだつもりだが、いざあの壁画と瓜二つの青年が目の前に現れると、心の中から湧き起こる畏怖を隠すので精一杯だった。

 間違いなくレネはレナトス王の生まれ変わりだ。
 
 本能が、しきりにそう訴えていた。
 
 島の長老たちに繰り返し聞かされた『契約者』の予言がもうすぐ成就される。
 日の目を見ることのなかった一族を導く救世主が、二千年もの時を得てついに現れた。
 カムチヴォスの身体に流れる血が、美しき王にひれ伏したいという衝動を起こすが、そこを必死に耐える。
 
 カムチヴォスはやり遂げなければならない野望があった。
 そのためにはレネを操り、傀儡の王に仕立て上げなければならない。

 
「また抜け出すかもしれない。宴まで貴婦人の間に閉じ込めておけ」
 
 崖側にある塔の最上階は、昔この城の主が政敵の娘を人質として閉じ込めていたといういわくつきの部屋だ。
 出入り口には全て鉄格子が嵌められ、逃げることができなくなっている。
 
「あの部屋なら抜け出せないでしょうね。……それと連れの男はどうします? 始末しますか?」
 
 確か一緒に来ているのは、レネに剣を捧げたバルトロメイとかいう名の男だ。
 庭を散策している時に遠目でその様子を眺めていたが、仲が良さげに見えた。

「いや、生かしておけ。人質として役に立つかもしれん」
 
 殺すのは簡単だが、使えるものは全て有効に使いたい。
 
「じゃあ地下牢にでも閉じ込めておきましょう」
 
「それがいい。それとレネに自分の立場をわからせてやらんといかんな。……オヘンニュたちがジェゼロに着いた頃だろうから、それを知らせてやるといい」

 カムチヴォスが盟主に就任してから、盗賊業とは別に活動する火・水・地・雷・癒、五つの実働部隊を作った。
 火・水・地・雷の四つは邪魔な存在を消す武装部隊だ。
 水と地は、ここ二年『山猫』と何度か衝突したせいで消滅し、残るは火と雷の二つしかない。
 ゾタヴェニは癒し手が一人、他には毒薬専門の薬師と洗脳を専門とする幻術師の三人で構成されている。

 
「大人しくなるよう脅しておきましょう」
 
「私は招待客の相手をしないといけないからな。後は君に任せよう」
 
 尤もなことを言っているが、これは逃げだ。
 カムチヴォスはレネとの初見で、すっかり精力を使い果たしていた。

 口を開けばただの生意気な若造だったが、レナトスそっくりの外見はカムチヴォスの精神に大きな影響を与えた。
 壁画と同じ力強い目で見つめられると、嘘を吐いているという気負いがあるせいか、針の筵に座らされているような気持ちになる。
 例え血の繋がった叔父であろうとも自分の進む道を塞ぐとあらば、容赦なく斬り捨てるだろう。
 
 今まで多くの欺瞞行為で人を貶めて来たが、心の奥まで覗き込んでくる一直線な視線を騙すことはできない。
 足元を見られたくはなかったので、自分はレネには無暗に近付くべきではない。
 
 
「レネのことは私にお任せください」
 
 心得たとばかりに、レーリオが口元に自信に満ちた笑みを浮かべながら頭を下げた。

 
 
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