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9章 山城での宴
19 予定外
しおりを挟む「こんな時間に風呂かよ?」
真夜中なのに騒がしいと思っていたら、シリルの部屋に使用人たちがお湯を運んでいたので、これは都合がいいとルカは窓から浴室へと侵入した。
風呂に入っているのがロメオだったらひと騒動あっただろうが、予想通り湯船に浸かっていたのはシリルだった。
「……貴方に覗き見の趣味があるなんて知りませんでした」
昼間にちゃんと表の扉から入って来たのを褒めていたので、ルカのこの登場の仕方にシリルは呆れているようだ。
夜光石の灯りの代わりに香りの付いた蝋燭を何本も付けて、湯に浸かりながら優雅に読書をしている最中だった。
長く伸ばした黒髪を千歳国の簪で緩くまとめた姿は、昼間のきっちりした姿とは全く印象が違う。
レネとはまた方向性が違う極上の美青年を、ロメオのような経験値の少なそうな若造が相手をしているかと思うと、なんだかもったいない気がしてきた。
(まあ、最初の男があんなんだったから、正反対に走るのか……)
そんなことを考えながら、ルカは勝手に浴槽の隣に椅子を置いて座る。
香りが残ると面倒なので煙草は我慢して、三つ編みにしていた髪を解いた。
「俺なんか、真夜中に使用人を働かせるのが申し訳なくて、早い時間に風呂に入るっていうのに……元お貴族様はやることが違うねえ……」
ルカは人に身の回りの世話をされるのが苦手だ。
棲み処である団長私邸でも、最低限のことは自分でやっている。
なので真夜中でも平気で人を使うシリルは、やはり育ちが違うのだと思う。
「どこでそんな情報調べたんです……」
「これから深く関わっていくから、あんたの身元はちゃんと調べさせてもらった」
特徴的な外見なので、思い当たる所を探すとすぐに答えは見つかった。
シリルの身元がわかったことで、格段に動きやすくなった。
組織を出て、異国で暮らすには後ろ盾になってくれる存在が必要だ。
シリルのことはあの人物に任せれば、快く引き受けてくれるだろう。
「……で、真夜中になんの用です? まさかただの覗きじゃないでしょうね?」
話題をすぐに変えるあたり、実家にはあまりいい思い出がないのだろう。
ルカが得た情報でも、庶子であるシリルは厄介な存在として扱われていたとあった。
前置きはこのあたりにして、そろそろ本題に入ろう。
「レネが奥の間に忍び込んで捕まった。それも最悪の相手に」
額に手を当てながらルカは落胆する。
ルカがレネと接触していることが見つかったら、知られたくない二人の関係性までバレてしまうかもしれないので、レネとは一切会っていない。
バルトロメイとは偶然にも会うことができたが、フィリプまでいたせいで話すまでは至っていない。
「……まさかレーリオですか?」
一発で正解する。
シリルは元ペアとあって、レーリオのことを一番よく知っている。
「そのまさかだ。昼間ここへ来た時に、レーリオは俺のことを怪しんでいただろ? テプレ・ヤロでドプラヴセといた所を見ているから警戒していたはずだ。……あいつは俺が奥の間に聖杯を盗みに来ると待ち構えていたみたいだが、来たのがなんと『契約者』となる青年だった」
奥の間に鍵が備えられていないのは罠だろうと警戒していた。
たまたまレーリオが奥の間へ入るのを見て、ルカはその様子を観察することにした。
するとまんまと馬鹿猫がネズミ捕りに嵌ってしまったのだ。
自分の弟子が敵の気配に気付かず捕らえられてしまったのはいい気分ではない。
しかしレーリオは王宮の宝物庫へと盗みに入るほどの盗賊だ。
今のレネではその気配を察知するのは難しい。
(まだまだ修行が足らんな……)
この先どうなるかわからないが、師匠としてレネに教えたいことはまだ沢山ある。
「……でもなぜでレネ君が?」
「ドプラヴセに聖杯を取り戻さないと逮捕するって言われたからだろ」
レネの扱いについてドプラヴセと前もって打ち合わせをしていた。
理不尽な扱いだとレネは思っているかもしれないが、ドプラヴセが先を見据えて書いた筋書きだ。
これについてはルカも異存はない。正直、クズ男を少し見直したくらいだ。
「貴方の上司は、利用できるものはなんでも利用する人なんですね……」
「だから言っただだろ? いけ好かない奴だって。それに綺麗な男に目がないからな、食われないように気を付けろよ。止めるなら今だぞ」
シリルはあの男の好みのど真ん中だ。
この先のことを考えただけでも頭が痛くなってくるが、今は目を瞑るしかない。
「貴方が上手くやれているのなら大丈夫です。それよりもレネ君を助け出す方法について考えましょう」
「……言っておくがあの男と上手くなんかやれてないからな。……まあいい。それよりも、明後日の宴でレネを客にお披露目するんだろ? レーリオはレネをどうすると思う?」
「盟主に『契約者』の教育係を任命されてますからね……歯向かわないように仕込んでいくのでしょうが、レネ君は素直に言うことを聞く性格じゃないでしょ?」
レーリオのことは一通りシリルから話を聞いているが、レネとの相性はきっと最悪だ。
「従わせるのは難しいな」
自分の意にそわないことをされるなら、レネは最悪死を選ぶ。
一日二日で、あの頑固者が音を上げるとは思えない。
「カムチヴォスはゲストたちに、レネ君が『契約者』であることを認めて貰えばいい、そして自分の地位を不動のものにしたいのです」
「なるほど、自己顕示欲の塊ってわけか」
自分の手柄としてレネを披露したいのだろう。
カムチヴォスの半生はレネを探し出すことだったと言っても過言ではない。
『復活の灯火』としてだけではなく、レナトスの末裔としての悲願もその背に抱えている。
カムチヴォスは叔父という立場を利用して上手いことレネを言いくるめているはずだ。
レネはその嘘を見抜くことができるだろうか?
ルカは、弟子に自らの手で親の仇を取ってほしかった。
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