菩提樹の猫

無一物

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9章 山城での宴

12 そのころ

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 バルトロメイはレネと別れ案内された食堂へと向かうと、食事中のフィリプがいた。

 食堂は玄関から少し入った所にあり、あまり大きくない。
 来客用といっても、元々は商人や領民たちが城内で食事を摂るための部屋だろう。
 身分が高い来客のための豪華な食堂が、別の場所にあるはずだ。

「あれ? レネは?」

「あいつは別行動だ」

「珍しいな」
 
 せっかく忘れかけていたことをフィリプの一言で思い出してしまい、バルトロメイはむっすりと押し黙る。

「好きで別行動しているわけじゃない」

「込み入った事情があるみたいだな」

「……まあな」

 王直属の捜査組織である『山猫』も絡んでいる手前、フィリプに詳しく話すわけにはいかない。
 

 席に着くと、数種類のソーセージと目玉焼きの乗った皿と、白インゲンのトマト煮の入ったボウルが目の前に並べられる。
 パンはテーブルの真ん中のバスケットに山盛りだ。
 飲み物はお茶だけではなく綺麗なグラスに入った果実水まであるではないか。

「朝から豪華だな」

 バルトロメイのイラついていた気持ちが少し治まる。

 どんなに金持ちの家に護衛として雇われても、出される食事は大抵パンとスープという粗末なものだ。
 大食漢のバルトロメイがそんな食事では満足するはずもなく、泊まり込みの仕事の時は自ら食料を持ち込んで足りない分を補っていた。
 

「仕事先で出される飯に比べたら雲泥の差だよな」

 既に半分以上平らげているフィリプも同意する。
 肉体労働者にとって食事は大切な要素でもあるし、仕事中の唯一の楽しみでもあった。

 ソーセージをフォークに刺して齧ると、口の中に肉汁が沁み出して、肉の旨みとスパイスの香りに一気に食欲が刺激される。
 バスケットのパンを一切れ取って頬張りソーセージの塩気を緩和させる。

 敵の根城で出された食事がこんなに美味いとは予想外だった。
 皿が空になる頃にはすっかり機嫌も戻り、バルトロメイはナプキンで口元を拭った。

(飯で機嫌を直すなんて、俺もレネのことをいってられないな……)
 

「近くに農村があるらしいから、俺はそこでのんびり過ごすわ。急用の時はいつでも声をかけてくれ」

 食事を済ませ、城を出て行くフィリプを見送りにバルトロメイも玄関の方へと歩いて行く。

「行きに通ってきた谷あいの村だな」

「そうだ」

 あそこなら、走っていけばそんなに時間はかからない。
 前もって人手が必要になった時は、フィリプを村まで呼びに行けばいいだろう。

 玄関まで行くと入り口の扉が開いており、馬車が横付けにされていた。

「——客か?」
 
 馬車で乗り付けるくらいだ、相手が身分の高い人物だったら厄介なので、バルトロメイとフィリプは廊下の端に身を寄せて待つことにした。


「ようこそお出で下さいました。今すぐ部屋に案内いたします」

 いつの間にか姿を見せていたクレートが客を城の中へと迎え入れる。

 ジロジロと相手を見るつもりはなかったが、柑橘とどこかで嗅いだことのある様な甘い香りが鼻を掠め、バルトロメイは思わず顔を上げ硬直する。

(——どうしてっ……ここに!?)

 バルトロメイは、孔雀の羽の付いた黒いハットを被る吟遊詩人を、口をパクパクさせながら目で追う。

 そんな間抜けな顔を、流し目で見遣りながら吟遊詩人は妖艶に微笑んだ。
 屋上で鍛練をするようになってルカーシュの素顔を見慣れてきてはいたが、吟遊詩人姿を見るのはこれが初めてだ。
 副団長姿からのあまりにの変容に、頭が追いつかない。


「レネが居ない間に浮気か?」

 隣からグリグリと脇腹を肘で小突かれたことで、バルトロメイは我に返る。
 吟遊詩人の正体に気付いてもいないフィリプが、全く見当違いの疑いをかけてくる。

「そんなワケねえだろっ!」

 速攻で否定する。

「だってずっと目で追ってたじゃねえか」

 そりゃあ……なにも知らない者から見れば、あの吟遊詩人はたいそう綺麗な男に見える。
 一度は間違いかけたが、バルトロメイは正体を知ってから、そんな目で見たことは一度もない。

(あんなおっかないのに比べたら、少し凶暴だがレネの方が天使だ……)
 
 今思ってみれば——あの時、身を挺してレネを行かせたのも、自分もここに来る予定があったからだろう。
 それにルカーシュも、検問で会ったあのいけ好かない男と同じ『山猫』の人間だ。
 所属している以上、ある程度は組織の方針(復活の灯火の壊滅)を飲まなければいけないのかもしれない。

 なんだかんだ思いながらも強力な仲間の出現に、バルトロメイは安堵していた。


◆◆◆◆◆


「ちゃんとドアから入って来るなんて珍しいですね。それもまだお昼ですよ?」

 今まで何度かシリルの家を訪ねて来たことがあったが、この男がまともに部屋に入って来たことはなかった。
 秘密裏に会っていたということもあり、いつもシリルの家へと入って来る時は誰もが寝静まった真夜中に窓からと決まっていた。

 だからこうして使用人に案内され、ルカが部屋を訪ねて来るなんて新鮮だ。
 いつもの黒ずくめの恰好ではなく、長い髪を結い上げゆったりとした室内着姿は、まるでどこかの金持ちに囲われる愛人みたいだ。
 以前、吟遊詩人として金持ちの屋敷に潜入することがあると言っていたのも頷ける。

「こんな所でコソコソ動いてたら余計に怪しまれるだろ?」

 最初に会った時のように、まるで自分の部屋の様にソファー腰掛けると、ルカは優雅に足を組む。
 まるでスカートの様な裾の広いパンツはスリットが入っており、そこから白い足が覗くと、同性であるにも関わらず目のやり場に困る。

「まあ確かに。でも貴方が普通にドアから入って来たのが新鮮で」

 今回は特別な宴を彩る吟遊詩人として、ルカは古城に招待されていた。
 元々シリルの知人としてカムチヴォスに紹介したので、古城にあてがわれたお互いの部屋を行き来してもなんも問題ない。
 いやむしろ……宴の日まで挨拶もしない方が不自然だ。
 

「おわっ!?」

 奥の部屋から様子を見に来た相棒のロメオが、ルカの姿を見つけると琥珀色の瞳を見開いた。

「どっかの愛人みてぇじゃん」

 全く同じことをシリルも思っていたのだが、流石にそのまま言葉には出さなかった。

「それは褒めてるのか? それとも貶してるのか?」

 青と茶の混じった不思議な色合いの瞳に睨まれ、ロメオはすぐさまシリルを盾にしてその背中へと隠れる。

(隠れたら、褒めていないことが丸わかりじゃないか……)

 しかしそんなロメオの行動も仕方ないと、シリルは苦笑いする。
 以前ルカが飛ばした手裏剣という千歳国の飛び道具の餌食になってからは、ロメオは必ず安全なシリルの後ろへと隠れるようになった。
 隠れるくらいなら、ルカの機嫌を損ねるようなことを言わないといいのにと思うが、これが二人の挨拶のようになってしまった。
 

「一応、吟遊詩人として招待されたからな。相応しい格好をしているまでだ」

 ルカは最初こそ丁寧な言葉遣いだったが、何度か会ううちに飾りっ気のない言葉で話すようになった。
 ロメオがルカを怒らせるような言動ばかりしていたので、隠していた素の性格が飛び出してきたと言ってもいい。
 まさかこんな取り澄ました顔の下に、ガサツと言っても過言ではない本性が隠れていたとは意外だった。


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