菩提樹の猫

無一物

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8章 真実を知る時

11 協力要請

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 バルナバーシュは珍しくホルニーク傭兵団の団長室を訪れていた。
 いつもはフォンスがリーパ護衛団に顔を出すことが多かったので、逆の形は珍しい。

 しかしフォンスの場合は、団長であるバルナバーシュに用があったというよりも、レネの顔を見に来ていたと言った方がいいかもしれないが。


「しばらくの間、うちで捌ききれなかった依頼をホルニークに手伝ってもらっていいか?」
 
 出された茶を飲みながら、バルナバーシュはいち早く要件を伝える。

「助かります。最近、罰金のせいで決闘も少なくなったし、代闘士で稼いでた俺とゾルターンも暇してたんですよ」

 ある決闘で宮廷貴族の嫡男が命を落とし、それが大問題となり、決闘に高額な罰金が課せられるようになってから、ホルニーク傭兵から代闘士の依頼がなくなったことはバルナバーシュも知っていた。

 だから今回の申し出はお互いにとって悪くない話のはずだと思っていたが、どうやら思惑通りにことが進みそうだ。

「でもいきなりどうしたんです?」

 すっかりホルニーク傭兵の団長としての顔が板についてきたフォンスが、心配げな顔でバルナバーシュを見た。
 同じ年の頃まで遊び呆けてきた自分と比べたら、団長としてよくやっているとバルナバーシュはお世辞抜きで感心する。
 
(レネもいつかこうなるのだろうか……)

 ギートの息子であるフォンスを見ていると、どうしてもレネのことを思い出してしまう。
 まだ出て行ったばかりだというのに、これではまるで子離れできない親のようだ。


「うちの稼ぎ頭が数名抜けたんでな、帰って来るまで人手不足なんだ」
 
 仕方なく、バルナバーシュはリーパ護衛団が直面する事情を話す。

「え!? なんですかそれ? レネはなにしてるんですか」

 フォンスは目を点にして驚いている。
 本来なら、腕の立つ団員が一人ではなく数名抜けるなどあり得ない。

「あいつは今、自分の出自のことで色々あって、テメエで始末を付けに行っている最中だ」

「自分も何となくは聞いていますが、『山猫』が動いてるのはそれですか……」

 ホルニークの団長になるにあたってフォンスも『山猫』についてゾルターンとボジェクから事情を聞かされていた。
 この口ぶりだとレネのことも少しは知っているのだろう。


「他になにか必要なことがあれば遠慮なく言って下さい。ウチもできるだけ協力します」
 
「ありがたい。急な申し出を快く引き受けてくれて助かった。この恩は決して忘れない」
 
 フォルスの心強い申し出に、バルナバーシュは素直に礼を言う。

「いやいや、俺がここに座ってるのも反対するお偉方たちの声を抑えて、ヴルク団長が俺を団長に推薦してくれたからです」

 先代が高齢ということもあり、フォンスが一年前に跡を継いで団長になったのだが、それまでに色々と面倒なことがあった。
 ホルニークやリーパの規模になれば、私設の傭兵団の団長が交代するにも一々王国から承認される必要があった。
 設立された経緯からして仕方のないことだが、王国は常にメストを本拠地とするこの二つの傭兵団の動向を注視している。

 ボジェクの息子であるギートが不慮の事故で亡くなってしまったため、まだ二十七という若さで孫のフォンスがホルニーク傭兵団の次期団長を継ぐことになったのだが、王国騎士団や他のお偉方からも『まだ若すぎる』という異論の声が上がった。

 バルナバーシュがリーパ護衛団の団長に就任した時は状況が特殊だった。
 東国の大戦で敵の総大将の首を討ち取り、大戦の功労者として英雄扱いされていたバルナバーシュを、リーパ護衛団の団長就任に反対する者など誰もいなかった。

 国王に直接剣を捧げる騎士は、王国に数名しか存在しない。
 傭兵団の団長でありながらもバルナバーシュはその数少ない一名だ。
 
 なんの功績も納めていないフォンスをいきなりホルニーク傭兵の団長にするにはまだ早いという声が上がった時も、バルナバーシュが周囲を説得し、フォンスの団長就任が承認された。

 これはフォンスだけの問題ではない。
 レネもいつかは通らなければいけない道だった。
 だから余計に、バルナバーシュはフォンスに力添えしたのだ。


「急に二人が抜けたとあらば、今はゼラが一人で頑張っているんですか?」

 フォンスは当たり前のように、団の中で一番腕の立つ男の名を上げる。
 それもそうだろう。
 本来ならバルナバーシュが一番頼りにしていた存在だ。
 

「——それが、ゼラも居ないんだ」

 さすがのバルナバーシュもこれには苦笑いするしかなかった。

 均衡が崩れる時はある日とつぜんやってくる。
 こちらも色々仕込んでいたが、あちらもいろいろ仕込んでいたということだ。


 それに、レネが敵の本拠地にこのまま乗り込んで行ったらどうなるだろうか?
 大人しく相手の言うことを聞き入れるどころか、親の仇をとろうと殴り込みをかけるに違いない。
 
 相手も、レネの行動くらい簡単に予想できるはずだ。

 奴らはレネの弱味を握り、『契約者』を意のままに扱おうとするに違いない。
 自分のことはなんとかなったとしても弱味を握られたら、レネは身動きが取れなくなる。
 それを回避するために、バルナバーシュはやらなければならないことがあった。

 
「それは大変だ……。レネの力になれるのなら、俺個人としてもなんでもやります」

「あいつの問題は厄介だぞ」
 
 下手に動けばフォンスまで国の監視対象になりかねない。

「ええ……だからホルニークではなく、個人としてレネに協力したいと思っています」

 フォンスはずっとレネに執着している節がある。
 その気持ちを利用して、個人的に協力してもらうことがあるかもしれない。

 いや……もう既に、協力者としてバルナバーシュの頭の中の名簿にフォンスの名が書き込まれていた。


 レネの愛する者たちを守るために、バルナバーシュは腕の立つ協力者を必要としていた。
 






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