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閑話
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しおりを挟むまだ二十歳になったばかりのカムチヴォスは、島以外の世界がどうなっているのか全く知らなかった。
島民たちは神が去った後でも、自分たちの先祖は神に愛されていた存在だという自負からか、朝晩の神への祈りを欠かさなかった。
カムチヴォスもそれが当たり前だと思っていた。
しかし、大陸に渡って知ったのは、すっかり人々は神への信仰心を失っていたということだ。
唯一残るゾタヴェニの神殿では、まるで病院を利用するかのように人々は神の力を利用して、祈る代わりに金を払っていくだけだった。
神の威厳などそこにはない。
ゾタヴェニは五柱の中でも一番穏やかで優しい神だ。
人々は神が本来どういったものだったか忘れている。
もしこれが火神や雷神だったら、途端に怒りだし神を敬わない人々を罰していただろう。
現状に驚くカムチヴォスへ、当時の『復活の灯火』のメンバーが言った言葉を今でも覚えている。
『スタロヴェーキ王朝がなくなり、国が三つに分かれてからは、レナトス王と四柱についての記録は殆ど残っていない。あったとしても国がいいように書き換えたものだけだ。だから民は神を恐れなくなった。この世で一番強いのは国を支配している王だ。剣の力が一番なのさ』
本当なのかと、カムチヴォスは三国中の文献を漁ってみたが、ゾタヴェニ以外の神やレナトスについて記されている文献は見当たらなかった。あったとしても名前だけだ。
こんな神が蔑ろにされているにも関わらず、『復活の灯火』の前盟主はレネを探し出すことに協力はしても、神との再契約については乗り気ではなかった。
組織の中でも穏健派に属し、過激な行動を嫌った。
カムチヴォスはレネを取り戻さないと島に帰ることができない。
レネは一族の希望だ。
メストにそれらしき親子が暮らしているという情報が入ると、カムチヴォスはすぐに人を使ってレネを誘拐しようと試みるが、通りかかった男に阻止され失敗する。
また失敗すれば両親から警戒される。
確実に攫うなら、寝ている所を襲うしかない。
カムチヴォスは、実働部隊に子ども以外は殺せと命じた。
(これは罰だ……)
一族の掟に背いた人間は、例え直系男子であろうとも死あるのみ。
神との契約者であるレネさえ生きていればよかった。
しかしレネを見つける前に、地元の傭兵団に見つかりレネ奪還作戦は失敗に終わった。
『復活の灯火』は人に危害を加えないのを信条としている。
カムチヴォスはそれを破り、あろうことか二人の民間人を殺害してしまった。
穏健派の前盟主は、カムチヴォスを除名しようとするが、レナトスの末裔を蔑ろにはできないと周囲から声が上がった。
なんとか除名を免れるが、ドロステアとは程遠いセキアの南端の港街に活動の場を追いやられた。
だがカムチヴォスもただで転ぶような男ではない。
左遷された場所はポーストに最も近い港街。
宝石の産地であるポーストは豊かな国で、金を持て余している王族たちが沢山いる。
今後の活動を続けていく上で、カムチヴォスはポースト人との人脈を増やしていった。
『復活の灯火』も一枚岩ではない。
カムチヴォスの左遷に同情するメンバーたちも少なくはなかった。
その者たちは強硬派と呼ばれ、盟主が神の復活を望んでいないことに不満を持っていた。
『復活の灯火という名を掲げておきながら、なぜ神の復活を望まないのだ?』
強硬派の一人が不満を口にする。
カムチヴォスにとってもその言葉は、至極真っ当なものに聞こえた。
もう一度、神を復活させ、神殿の権威を復活させることが悲願だったはずだ。
強硬派のメンバーがカムチヴォスを受け入れる理由がもう一つ。
ただの神官の末裔である盟主の言葉よりもレナトスの末裔であるカムチヴォスの言葉の方が心に響く。
なによりもレナトスと同じカムチヴォスの黄緑色の瞳は、懐古主義者たちにとって羨望の的であった。
そこへ、前盟主の突然の死。
周囲からの熱烈な推薦で、カムチヴォスが空白の席へと座ることになる。
不自然な死に、みな裏でなにがあったか薄々気付いているだろう。
レナトスの血を引く者が『復活の灯火』の盟主に就任することで、強硬派たちはやっと悲願を達成することができると歓喜した。
だがしょせん……自分などまがい物に過ぎない。
レナトス生き写しの青年が目の前に現れたら、自分などすぐに用なしにされてしまうに違いない。
邪魔者である前盟主を亡き者にするように嗾けてきた連中だ。
次はレナトスの生まれ変わりを担ぎ上げて、あの時のように邪魔になった自分を殺すだろう。
奴らがどういうやり口で自分を陥れるのか簡単に想像がつく。
『両親を殺したのはあの男だ』などといって、レネに自分を殺させるのだ。
だからその前に『復活の灯火』の頂点に立つ自分が、『契約者』であるレネを従えなければいけない。
全てを操るのは『復活の灯火』の盟主である自分で、『契約者』などしょせん神の機嫌を取る傀儡でしかないのだ。
復活の時まで、そう時間は残されていない。
カムチヴォスはもう一度、目の前の壁画を見つめる。
この美しい青年を自分の支配下に置く。
反抗するようなら屈服させるまでだ。
だが決して自分の手を汚すつもりはなかった。
カムチヴォスとて、神に愛されし存在を自らの手で触れて、神の怒りを買うことなど真っ平だ。
だからレネを見つけた褒美として、あの男に暫くの間預けよう。
彼ならば喜んでその役を引き受けること間違いなしだ。
「——盟主、ラバトからお客様がお見えです」
「……来たか。ここに通せ」
もうそろそろ来る頃だろうと思っていた。
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