菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

10 予期せぬ危機

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◆◆◆◆◆


「フィリプ、俺は射手を始末してくるからアルノーさんを任せたぞ」

 レネたちの窮状を察したゼラが、フィリプに声をかけてきた。
 山小屋の壁を背後にして護衛対象を護っているので、射手を仕留めに行くにはゼラが一番近い場所にいる。

「わかったっ!」

 なんとかレネが矢の攻撃を防いでいるが、危険な状況なのでそれが一番いいだろうとフィリプは返事をする。
 ゼラが行かなかったら、自分が動こうと思っていたので丁度いい。

 射手を除いては、盗賊たちもほぼ制圧し終わったので移動して、今度はゼラの代わりにフィリプがアルノーを護る。
 その間も窮地に立たされたレネから目が離せなかった。

(なんとか持ちこたえろ……)

 あの新人二人が、他の団員たちの足を引きずっている。
 四人だけだったら、もう既に仕事を終わらせていたというのに。

 

「くっ……」

 はじかれるようにレネの手から剣が零れる。

 このままでは埒が明かないと射手が戦法を変えて、剣を持つ手を集中的に狙い、レネから剣を手放させることに成功した。
 
 先程から射手は執拗にレネばかりを狙っており、仲間を殺した憎き相手を仕留める執念さえ感じる。

 邪魔な剣がなくなったら次は本命だとばかりに、射手はレネの心臓に照準を合わせる。
 しかし肝心のレネは、さっさとどこかに逃げればいいのに、他の二人を庇ってその場を離れようとしない。

「レネっ、早く逃げろっ!!」

 フィリプは思わず叫ぶ。 
 射手がぎりぎりと弓を引いて矢を放とうとした時、後ろからゼラがナイフでその首を掻ききる。

(間に合った……)

 そう思ったのも束の間、想定外に事態が起こってしまう。

「危ないっ!!」

「……うわっ!? なにす……」

 ゼラが射手を仕留めたのに気付いていないヨニーが、レネを照準から外すためタックルをかけ、レネはそのまま川へと落ちてしまった。

 
「なんてことすんだ、馬鹿野郎!!」

 気付いたら身体が勝手に動いていた。

 ロランドの容赦のない罵声が響くのを尻目に、フィリプはゼラから頼まれていた護衛対象を放置して、シャツを脱ぎ捨てながら川辺へと走る。

「レネっ!! 大丈夫かっ!!」

 フィリプは叫び声を上げながら、月明りに照らされた川面へ目を凝らす。
 濁流に飲まれ、水面からはレネの頭が辛うじて出ているが、段々と沈んでいっている。
 これは一刻の猶予もない。
 ブーツを脱いで、ベルトを外しズボンを脱ぐと、フィリプは勢いよく水の中へと飛び込んだ。
 
 思っていた以上に川の水は冷たい。
 助走をつけて飛び込んだお陰で、随分と距離を稼ぐことができたが、まだレネからは少し離れている。
 何度も水を頭から被りながら、なんとかレネへと近付いて行く。
 
 昨日の大雨で溜まった流木が堰を作っており、運良くレネはそこに引っ掛かっていた。

「レネっ、大丈夫かっ?」

 ようやくたどり着き、後ろから羽交い絞めするように身体を支え、名前を呼ぶが反応がない。
 服を着たままではまともに泳ぐこともできないし、いきなり川へ突き落された衝撃で気を失ったのだろう。
 
 意識がないいとなれば事態は深刻だ。

「おいっ! これに掴まれッ!!」

 対岸からロランドが叫んでフィリプに向かってロープを投げる。
 先が輪になっており、夢中になって自分とレネの身体に通す。

「準備はできたか、引っ張るぞ!」

「頼むっ!」

 ロランドたちが対岸から二人の身体をロープを引っ張って手繰り寄せる。
 少しずつ身体が岸へと引っ張られていくが、レネの頭が浸からないよう細心の注意を払いながら身を任せるのは難しい。
 
 ようやく岸に引き上げられると、フィリプは重くなった自分の身体を叱咤し、レネの状態を確認する。
 まだ意識が戻らないままで、頬を叩いても反応がない。
 レネを仰向きに寝かせ気道を確保し、すぐに人工呼吸に取り掛かる。


(こんな所で死なせるかっ!!)

 どうか息を吹き返してくれと、自分の生気を分け与える様な気持ちで、フィリプは青くなった唇に空気を送り込む。

「おい、代われ」

 憑りつかれたように人工呼吸を繰り返すフィリプから、ロランドが強制的に選手交代する。

 お役御免になりフィリプは地面に転がり息を吸うが、ヒューヒューと肺が鳴って酸欠のためかまともに目が見えない。
 さっきまでレネを助けるため川に飛び込んでいたのに、そのまま人工呼吸をするという無謀な真似をしていた。
 胸を喘がせ、視界が徐々に戻って来るのを感じながら、ぼんやりと思う。

 我ながら無茶をしたものだ……。
 

 少し落ち着き首だけをレネの方に向けると、まだロランドが懸命に人工呼吸をしている最中だった。

(——レネは助かるだろうか……?)

 あとはただ祈る様な気持ちで、フィリプは二人の姿を見つめた。


「ゲホッ……ゲホッ……」

「よし水を吐いた……」

 息を上がらせながも、翡翠色の瞳に安堵の色が浮かぶ。
 日ごろ冷静な男も、レネの命が懸かっているとなれば、そうはいかないようだ。

 ロランドがレネの顔を横に向け、口から水を吐かせている間に、ゼラがレネの濡れた服を脱がしていく。

「レネッ……」

 ロランドの呼びかけに瞼が開き一瞬だけ黄緑色の瞳が覗いたが、それは虚ろで……またすぐに瞼の奥にその姿を隠してしまう。

「呼吸はあるが、身体が冷え切ってるから温めないと。フィリプお前もだ。あいつ等に山小屋の中を片付けさせているからそっちへ移ろう」

 自分の名前がロランドの口から飛び出し、フィリプはハッと飛び起きる。
 ゼラは、持って来た鞄の中からブランケットでレネの身体を包んで抱き上げると、脱がせたレネの服とブーツをロランドが拾って、二人は山小屋の方へと歩いて行った。
 

 スウッっと冷たい風が素肌を通り抜け、フィリプは思わず身震いする。
 初夏といえども、陽が落ちた森の中は冷え込む。
 急いで脱ぎ捨てた自分の服をかき集めると、山小屋へと向かった。



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