菩提樹の猫

無一物

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7章 人質を救出せよ

5 度胸があるのか、それとも……

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「気を付けてくだせえよ。あそこは盗賊だけじゃなく熊も出ますから」

 馬を預かってくれることになった農夫が心配そうにレネたちを見送った。
 ザクラトゥコ村は周りを耕作地で囲むように存在しているが、その奥に広がる鬱蒼とした森を犯罪の温床として、村人たちは恐れていた。

 森には人や家畜を襲う熊や狼が生息し、賊たちが身を隠す格好の棲み処にもなる。
 村人たちは小さな頃から、『森は恐ろしい所だ。けっして一人で入ってはいけない』と教えられてきた。
 森に生い茂るベリーやキノコを採る時は、必ず集団で行くという。
 

 馬を置いて森に向かいながら、レネは先ほど農夫が言っていた言葉を思い出す。

「森が恐ろしい所だなんてな……なんか意外だな」

 だんだんと近付いてきた木々の緑は目に美しく、そんな不吉な連想をさせる場所には思えない。
 レネにとっては森といえば恵豊かな所で、食料を現地調達する時は近くにあれば必ず足を踏み入れる場所だ。
 
「そんなことより盗賊は全部で何人くらいだ?」

 森とは縁のなさそうな男は、レネの言葉などどうでもいいようだ。
 冷たい翡翠色の瞳を新人の方へと向ける。
 
「二十人はいたかと……」

「けっこう数がいるな」

(そんな数がいたら……村人たちの恐れるのも仕方ない……)

 それだけの数を養うならば、旅人の身包みを剥ぐだけでなく、こうして人質に取って身代金を要求するくらいしないと無理だろう。
 騎士団に目を付けられないよう、盗賊たちは一か所には留まらずに点々と場所を移動しているに違いない。

 初夏から夏にかけ避暑地のジェゼロに向かう北の街道は、貴族や豪商たちで賑わうが、夏季の間だけ竜騎士団が街道沿いの警備にあたる。
 竜騎士団に目を付けられると殲滅の対象になるので、盗賊たちは警備のない周辺の町や村の近くへと移動する。
 きっとこの盗賊たちも、そんな連中に違いない。


「あの……大丈夫なんですか? 俺たち四人で身代金の交渉に行くんですよね?」

 新人が、不安な顔をしてレネをチラリと見る。

「なに言ってんだお前? 身代金の交渉って……」

 聞き捨てならない言葉に、眉間に皺を寄せたロランドが訊き返す。

「へ……? 身代金を持って行って人質を解放してもらうんじゃないんですか?」

「は? おまえ馬鹿か? 俺たちが金なんか持ってるわけないだろ。今から力ずくで人質を取り戻しに行くんだろうが」

 ロランドは冷たい目線を新人に向ける。
 そこには侮蔑の色しかない。

「じゃあ尚更、レネさんになにかあったら……」
 
「は?……オレ?」

 入団して日が浅いからなのか、この新人はレネのことをあまり知らないようだ。
 しかし新人から心配されるのはあまりいい気分ではない。

「……なんだお前……人のこと心配する余裕があるのか?」

 ロランドはなにも知らない新人団員を面白がって、口元に笑みを浮かべている。

「……いや、そう言うわけでは……でも」

 もの言いたげに、新人はチラリとレネを見る。

「なんだよさっきから……オレに言いたいことでもあるのか?」

 何度もそんな目で見られると流石にレネも気持ち悪い。
 まだ自分になにか言いたいことがあるようだ。

「いや……レネさんみたいに綺麗だと男でも盗賊たちに狙われませんか?」

(こいつ……)

 まさかまともに乗馬もできない新人に、そんなことを言われるとは思わず、レネは固まる。

「ぶっはははははっ! ……お前、よっぽど心許なく見えるんだな」

 ロランドは我慢しきれず爆笑しているではないか。
 普段は一人で貴族相手に仕事をすることが多いので、こうして揶揄う対象がいて楽しいのだろう。

「おい、お前……まさか自分よりもレネの方が足手纏いになると思ってるのか……?」

 まるで信じられないようなものを見る目で、今まで黙って見ていたフィリプが口を挟む。

「……でも、男でも綺麗だと高値で売れるって聞きますし、狙われる可能性もあるのでは?」

 遠慮しているようで全く遠慮していないストレートな物言いに、レネはもう怒りを通り越して呆れるしかなかった。
 昔は色々言われたが、舐めた態度ととってくる団員たちを片っ端から蹴散らしていったので、そんな声も上がらなくなった。
 最近はここまで容姿についてあからさまに言われることはなかったので、少し驚く。

「お前……名前なんだったっけ?」

 フィリプも呆れ気味で新人に名前を訊く。
 本部を出る前に自己紹介されたが、急いでいたので誰も新人の名前など憶えてはいなかった。
 
「ヘークです」

 自己紹介したのに自分の名前を誰も呼んでくれなかったのが不満だったのだろう、不機嫌な感情を隠さずヘークは答えた。

(まったく……度胸があるのか、ただの馬鹿なのか……)

 まだレネはその判断を測りかねていた。

「じゃあヘーク、少し先輩の俺がお前に忠告してやる。お前は、まず自分が足手纏いにならないことだけ考えろ。俺たちは誰の尻拭いのためにここまで来てると思ってんだ? 言葉には気を付けろよ」

「いてっ……」

 フィリプはそう言うとヘークの頭をバシンッと音がするほどの力で叩いた。

 レネは今まで何度かフィリプと任務を共にしたことがあるが、腕も立つし、気のいい男で周りからも好かれるタイプだ。
 そんな男が、まさかここまでハッキリとものを言うと思わなかった。
 特に自分が馬鹿にされていたので、レネも気分がスッキリする。

「返事は?」

 頭を擦っているヘークをフィリプがギロリと睨む。

「……はい」

 渋々返事をするがその顔はまだ不満そうだ。

(フィリプ良い奴……)

 レネの中で、フィリプの評価が鰻登りに上昇した。




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