菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
424 / 506
7章 人質を救出せよ

1 可愛い双子

しおりを挟む

「ああああああ~~~~」

 ベッドの中ですやすやと眠る双子の姉弟を覗き込み、レネはプルプルと身を震わせる。

(可愛い……可愛すぎる……)

 マシュマロみたいなほっぺに、くるんとカールした睫毛、父親そっくりの巻き毛が幼子の可愛さを最大限まで高めている。
 この天使のような姿を見るだけで、荒んだ心が癒されていく。
 

「せっかく寝てるんだから静かにしなさいよ」

 やっとのことで寝付いた子どもたちが起きないようにと、レネの後ろから見張りに来ていたアネタが、小言を漏らす。

 姉の目の下には隈ができており、レネがいる殺伐とした世界とは違う戦いがあることを物語っている。
 前回来た時に双子の母親であるアネタは、この子たちを『天使の皮を被った悪魔だ』と豪語していたが、二児の母の先輩でもある編み物工房の女将モニカは『なに言ってんの、まだまだこんなの序の口よ』と鼻で笑っていた。

 今年の冬には二歳になる双子の姉弟は、いつの間にか自分の足で歩き回れるようになり少しずつ言葉を発するようになってきた。
 レネは今回のように仕事が終わった帰りか、まとまった休みがとれた時にしか来ることができないので、会う度に大きな成長を見せる姪っ子と甥っ子に毎回驚かされている。


 姪っ子たちを見ていると、バルナバーシュが子ども好きなのもわかる気がする。
 穢れのない無垢な存在に触れているだけで、自分の心から消えていたなにかが補充されるのだ。

 この子たちの未来を守るために、汚れ役は全て自分引き受けようという気持ちが湧いてくる。
 
 ここは……自分のような血で汚れた人間が長居する所ではない。

 殺戮しかできないレネにとって、そんなほろ苦い想いに駆られる場所でもある。
 心が感じるこの苦さこそ、少し自虐的であるが、自分の存在意義を確かめる大切な要素だと思っている。


「なんかあったの? 今日は凄く疲れて見える」

 レネは姪っ子たちの寝顔を見た後に、一緒に来ていたバルトロメイとアネタの三人でお茶を飲みながら雑談をしていた。

「まあ……色々ね……」

 レネはできるだけ表へと出さずにしていたが、あっさりと姉に見抜かれてしまった。
 今回の任務は嫌な護衛対象に当たったが、レネの疲れはそこから来るものだけではなかった。



◆◆◆◆◆


 こうしてバルトロメイがレネと二人でジェゼロの編み物工房を訪ねるのは何度目だろうか?
 今回はポリスタブまでの任務を終え、帰り道に一目でもいいから甥っ子と姪っ子の顔を見たいというレネに付いてきた。

 ジェゼロでの定宿は『虹鱒亭』と決まっている。
 他の団員たちと夕飯を済ませて、それぞれ思い思いに過ごす時間になり、バルトロメイはレネとそっと宿を抜け出してきた。
 ジェゼロにレネの姉がいて、癒し手のボリスと結婚し子どもまでいることを知っているのは、ほんの一握りの団員たちしかいない。
 だからレネは今回も、こっそりと宿を抜け出しているのだ。


「あああ~~~癒される。子どもって可愛いよなぁ~~~」

「そうだな」

 毎回ジェゼロに来ると、二人の間でこういった会話が繰り広げられる。

 レネの姪っ子と甥っ子であるネラとテオは、美しく整った顔立ちをしており、どこか叔父であるレネの面影もある。
 だが本音を言うと、バルトロメイは子どもたちなんてどうでもよかった。
 ただレネに話を合わせているだけだ。
 薄情な男だと思われるかもしれないが、それが本音である。

 昔だったら違ったかもしれないが、今は「可愛いのはお前の方だろ」としか思わない。

 レネに剣を捧げてからは尚更だ。
 他人に惜しみなく愛情を振りまく博愛主義は卒業した。
 自分の庇護欲は全て、主であるレネに向けている。
 後は全て惰性で、レネが守ろうとする者を護るだけだ。


「あれ……この子、寝ちゃったわ……」

 アネタが机に突っ伏して寝てしまった弟の姿を見て微笑む。
 その顔はすっかり母親の表情だ。

「疲れてるんでしょうね」

 釣られてバルトロメイも微笑んだ。

 それにしても、こんな無防備に眠るレネを見たのは久しぶりな気がする。
 次期団長としての自覚がでてきたのか、初めて逢った頃と比べると随分落ち着き、大人びてきた。
 最近は執務室で、団長たちの仕事を手伝うこともあるようだ。
 

「バートってわかり易くっていいわ~」

 いきなりアネタがケラケラと笑う。

「えっ!? なにが?」

 突然なにを言われているのかわからず、バルトロメイは戸惑う。

「レネに付き合って、ここに来てるんでしょうけど、本当は子どもなんて興味ないでしょ?」

「…………」

 アネタに心の中を見透かされているようで、バルトロメイは思わず目が泳ぐ。

「無理しなくていいの。子どもの寝顔見るよりも、レネの寝顔見てる時の方が顔も緩んでるし」

「はっ!?」

 無意識のうちにバルトロメイは両手で頬を挟んだ。

(そんなに顔にでていただろうか?)

 確かにレネの寝顔を見るだけで、なんとも言えぬ多幸感に包まれるのだ。
 戸惑うバルトロメイをアネタは笑いながら見つめる。

「一人に絞り切れない誰かさんなんかと比べたら、いっそ潔くて清々しいーわ」

 その誰かさんの顔がすぐに頭に浮かび、バルトロメイは余計にいたたまれなくなる。
 アネタは自分の夫であるボリスが、妻である自分だけを愛しているわけではないことを知っているようだ。
 それどころか、アネタもいつも危険と隣り合わせの弟が心配で、ボリスの一人に絞り切れない愛情を許容しているように感じた。

「……アネタさん」

「やだ……もしかして、あたしとボリスの夫婦仲を心配してんの? 大丈夫、夫のことはあたしが一番理解しているつもりだし」
 
「……俺と同じ年なのに、大人ですね」

「なんたって、二児の母ですから」

 アネタは胸の前で腕を組んで、えっへんと笑ってみせる。
 確かに全身から、母親の貫禄が滲みでてきている。
 バルトロメイは、一人の人間しか愛情を降り注げなくなっている自分が、なんだか青臭く感じた。

 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

御伽の空は今日も蒼い

霧嶋めぐる
BL
朝日奈想来(あさひなそら)は、腐男子の友人、磯貝に押し付けられたBLゲームの主人公に成り代わってしまった。目が覚めた途端に大勢の美男子から求婚され困惑する冬馬。ゲームの不具合により何故か攻略キャラクター全員の好感度が90%を超えてしまっているらしい。このままでは元の世界に戻れないので、10人の中から1人を選びゲームをクリアしなければならないのだが…… オメガバースってなんですか。男同士で子供が産める世界!?俺、子供を産まないと元の世界に戻れないの!? ・オメガバースもの ・序盤は主人公総受け ・ギャグとシリアスは恐らく半々くらい

処理中です...