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6章 次期団長と親交を深めよ
13 盗賊業
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メストのフォルテ子爵の住まいでは、男たちがひっきりなしに出入りしていた。
今もジェゼロにあるリンブルク伯爵の別荘へと向かわせていたジルドが戻って来て、レーリオに報告している最中だ。
「じゃあ、実際にその庭師はレネという従者を見ているんだな」
「そうそう。すんげぇ美青年だってよ。人形みたいに綺麗だったって言ってたぜ」
ジルドは実家である侯爵家に仕える騎士の息子で、レーリオよりも五歳ほど年は下だが、子供の頃から知っていることもあり気安い間柄だ。
明るい金髪を長く伸ばし、いつも口元には人懐こい笑みを浮かべている。
腕の立つ剣士なのに、その容貌は人に警戒心を抱かせないので、訊き込みにはもってこいだ。
「夏の時期に離婚した嫁の実家のヴルビツキー男爵家と、ゴタゴタしてたんだってさ。なんでもその嫁が長男を亡き者にして、自分の息子である次男を伯爵にするため画策してたってよ」
「……どういうことだ?」
「長男が湖にある無人島で、他の貴族の子弟たちと野営ごっこをしている時を狙って、何十人もの山賊たちに襲わせたんだと。他の坊ちゃまたちはうまいこと逃げ出して、長男と従者であるレネだけが取り残された。お付きの騎士が助けに入って長男は無事だったが、従者は主人を守って瀕死の重傷だったそうだ。幸い癒し手が近くに居て一命を取り留めたらしいが、大変な目に遭ってたみたいだぜ」
これついては、マロヴァーニ伯爵から大枠は聞いていたが、思ったより血生臭い事件が起こっていたようだ。
レネが本当に『契約者』だとしたら、あってはならないことだ。
癒し手からの治療を受けたなら、美しい容貌も損なわれていないだろうと、レーリオはもう既に済んだことなのに胸を撫で下ろす。
『復活の灯火』としてだけではなく、レネという絶世の美青年をこの目で見てみたいという好奇心があったので、余計な傷を負ってもらっては困る。
「でも何十人という山賊を騎士一人で倒したのか? いくらなんでも物理的に無理がないか?」
どんなに腕が立っても十人前後で手いっぱいだ。
「……それがな、ヴルビツキー男爵の件も『山猫』が絡んでたみたいだし、もしかしたら長男が危険に晒されているという情報を先に掴んでいて、手を貸したのかもしれないと思っている」
だったら『山猫』もレネの居場所を掴んでいるのか?
そうとしか思えない。
行く先々で『山猫』の名を耳にする。
ドロステア山猫は幻と言われているが、こんなに頻繁に耳にすると幻ではなくなってくるではないか。
「なるほど……あり得るな。でもレネはどこに行ったんだ?」
「さあな……庭師がいうには長男と一緒にファロへ帰ったと言ってたぜ?」
やはり皆、口を揃えて同じことを言う。
「そもそも、レネは本当にその長男の従者だったのか?」
なにか根本的な所で間違っているような気がする。
一息つこうと思っていたらジルドとすれ違いで今後はトーニがやって来た。
レーリオは、暗礁に乗り上げたままの聖杯について話し合う予定になってたことを思い出す。
(もうそんな時間か……)
今日はなにかと忙しい。
まだマスターへ出す手紙も広げたまま書き終えていない。
机の上には押そうと思っていた手の平をモチーフにした判が置かれたままになっている。
「『山猫』め、あんなに余裕をかませて罠を張り巡らせたくらいだ。聖杯はこの国で一番安全な場所にでも隠してるんじゃないか?」
『山猫』には煮え湯ばかりを飲まされて、忌々しい気持ちが湧き上がってくる。
「この国で一番安全な場所とは?」
トーニが興味深げな様子でレーリオに視線を寄越す。
「黄金宮の地下にある宝物庫だ」
黄金宮とは、王宮の中でも王の居住スペースで、一番警備が厳しい場所だ。
部外者はまず入れないし、使用人も身元のしっかり保証された人間しか働くことができない。
「許可証が必要ですね」
トーニも王宮へ入るために一通りのことを調べている。
「——偽造するか……」
「以前、裏で偽造専門にやっている職人を当たってみましたが、どうも『山猫』が目を光らせているみたいなんですよ」
「……また『山猫』だと」
内心うんざりする。
聖杯のありかについて、色々と考えを巡らせてきたが、この国で一番安全な場所に保管されているとしか思えない。
最初にファロの貴族の手を離れ、メストへと聖杯が運ばれて、いつの間にか『山猫』の管理下に渡ってしまう。
聖杯が元の持ち主であるファロの侯爵家に戻されるという情報を鵜呑みして、鷹騎士団の小隊を襲撃したのだが、それは偽物で、『山猫』が仕組んだ罠だった。
しかしファロの侯爵家には、『復活の灯火』が鷹騎士団を襲撃して聖杯を盗んだと伝えられ、血眼になって『復活の灯火』を捕まえようと躍起になっているようだ。
元々ファロで活動する仲間から『どうしてくれるんだ』と苦情が寄せられた。
「あいつら……手を煩わせやがって。許可証はどこからか盗みだして来るしかないか……」
盗まれたとあれば一大事だ、そんな醜聞を公表なんかしないだろうし、ワタワタしている間に許可証を使って宮殿に入り、さっさと聖杯を盗んでしまえばいい。
「王家御用達の商人を当たってみますか?」
その言葉にレーリオは、ある人物が頭に浮かんだ。
「……ヴィコレニット商会の代表はどうだ? 何度か一緒になったことがあるが、少し脇の甘そうな男だった。それに独り身なんであまり人も雇わずに気楽に暮らしていると言ってたぞ」
「じゃあ明日、家の方を偵察してきます」
トーニが下調べを重ね、これなら簡単に忍び込めるだろうと、新月の夜に二人はお屋敷通りから少し入った所にあるハヴェル邸へと足を向けた。
重要な書類は書斎に置いてあり、主の居ない時間は常に鍵が掛けられている。
今夜は来客があるようで、居間でハヴェルは客と一緒に過ごしていた。使用人たちも遅い夕食を摂っている最中だ。
居間と書斎は同じ二階にあるが、少し離れているので気付かれることもないはずだ。
トーニが書斎の扉の鍵を開けている間に、レーリオは廊下に飾られた大きな壺の影に隠れて、人の気配が近付いて来ないか神経を尖らせる。
ハヴェルの屋敷は、独身ということもあり、裕福な商人の住む家にしてはあまり大きい方ではない。
だから迷うことはないのだが、部屋数が少ないので、住人に遭遇する可能性が高い。
レーリオたち『復活の灯火』は、二人一組でペアを組むのが基本だ。
トーニは大きな男なのだがピッキング専門で、剣の腕はからっきしだ。
侯爵家の嫡男として子供の頃から剣を習っているレーリオは、剣の腕はそこらの騎士よりも強い。
そんな二人が盗みに行く時は、自ずと役割が決まって来る。
鍵を開けると、先にトーニが中の様子を探り、レーリオを招き入れる。
レーリオも部屋に入るとすぐに扉に内側から鍵を掛け、二人で手分けして書類のありそうな場所を探し出す。
レーリオが書斎の机の引き出しを開けて中を探っていると、一冊の本が出て来た。
(ドロステア美少年・美青年図鑑?)
品のないその表紙に思わず眉をひそめる
他は仕事関係のものばかりなのに、どうしてここにこんな本があるのだろうか?
探し物は他にあり、本を見ている暇はないのだが、レーリオはまるで引き寄せられるように、ページを捲った。
第一位の青年の箇所を読み、レーリオは更に眉間の皺を深くした。
(灰色と黄緑色の瞳の美青年? それもリーパ団長とハヴェルが愛人を共有している?)
リーパ団長の愛人は以前調べたあの青年ではないのか?
『トーニ、ちょっとこれを見てくれ』
『なんです』
金庫の開錠に取り掛かろうとしていたトーニは、中断され少し面倒臭そうな顔をしてレーリオの方を振り返った。
『一位にリーパ団長の愛人が入ってるけど、お前が見たのと同一人物だと思うか?』
光が照らした先以外に広がらないように、夜光石を筒状の覆いで被せた懐中石灯で照らした本を、トーニはじっと読み込む。
『……あれを灰色の髪かといわれると……あくまでもアッシュブロンドであって、私は金髪と表現するでしょうね。それに顔も十分整ってはいましたが、ドロステアで一番の美青年かといわれると…………』
『……じゃあお前が見た人物と別人の可能性があるのか……』
レーリオが思うに、リンブルク伯爵家で見た『契約者』と思われる肖像画の中の青年くらい美しくないと、ドロステアで一位を名乗るのは無理がある。
他に有力な情報はないかとページを捲ると、第六位にあの吟遊詩人がランクインしていた。
テプレ・ヤロでの記憶が蘇る。
そういえば、一位の青年もハヴェルとテプレ・ヤロで目撃されていると書いてあった。
ここまでテプレ・ヤロと重なるのは偶然なのだろうか?
(団長の愛人は本当にトーニが前に確かめた男だったのか?)
なにか自分たちは大きな間違いを犯している気がしてきた。
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