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6章 次期団長と親交を深めよ
10 親睦を深めるために
しおりを挟む◆◆◆◆◆
レネとの手合わせに勝って、その後の昼食会で聞いた爆弾発言の数々にフォンスは打ち砕かれていた。
(レネがあいつを犯したってどういうことだっ!?)
それもバルトロメイを決闘で負かしたという。
手合わせをする前に、バルトロメイがゾルターンと木刀で撃ち合っていたので、その実力は把握できている。
ゾルターンの攻撃を躱し何本か身体に木刀を打ち込んでいた。
リーパの団長そっくりのあの男の実力は、たぶん自分と同じかそれ以上だ。
その男をレネが決闘で倒した?
フォンスはレネに勝ったというのに、バルトロメイがレネに負けたとは信じ難かった。
初めてバルトロメイと顔を合わせた時、あの男は自分の背中にレネを隠した。
フォンスがリーパの本部になにをしに来たのか、まるでわかっているような態度だった。
間違いなく、バルトロメイはレネに特別な感情を抱いている。
だから……レネとの決闘でわざと負けたのか?
それとも好きな相手を傷付けることができなかったのか?
バルナバーシュとルカーシュの発言を継ぎ合わせると、そのあと勝負に敗れたバルトロメイは、レネから犯されることになるのだが、それもにわかに信じ難い。
フォンスとあまり体格の変わらない大きな男が、レネに犯されている姿など想像もしたくない。
(……なにかの間違いだ)
今回の遠乗りで、フォンスはその真実を確かめたかった。
通常ならメストから街道を南下して、最初の宿場町であるレカまでは昼過ぎに到着する。
今回は街道ではなく裏道を通って来たので少し時間がかかったが、日暮れまでにはまだ余裕のある時間に着くことができた。
「え!? ここレカの町じゃん……」
「吃驚したか?」
フォンスはレネの驚いた顔を見て、にんまりと笑う。
「マジか……この道と繋がってたのか……」
ドゥーホ川沿いの道を途中までは、レネも師匠と野営の練習で来たことがあると言っていたが、それから先は初めて通ったようだ。
気のせいかもしれないが……昼食でフォンスの焼いた魚を恨めしそうな目で見ていたので、一尾進呈してからレネのつっけんどんな態度が柔らかくなった。
あの食べ方を見ていると、魚が好物だというのはすぐにわかったのだが……そんな魚を一尾譲っただけで機嫌がよくなるなんて、あまりにも現金過ぎる。
きっとフォンスの気のせいに違いない。
魚一尾で懐柔されるなんて、まるで猫みたいじゃないか……。
いや、猫だって魚一尾では心を開いてはくれない。
きっと他に理由があるはずだ。
フォンスはレカの町に仕事でしょっちゅう来ていた。
ドゥーホ川沿いにある肥沃なこの地域は農業が盛んで、莫大な人口を抱える王都メストの食糧庫となっている。
近くの農村で獲れた野菜や家畜は、陸路はもちろんのこと、ドゥーホ川を船で遡りメストへと届けられた。
その中継地となっているのが、レカの町だ。
レカ一帯を治める領主を通してホルニーク傭兵団は、近隣の村々の害獣退治の依頼を頻繁に請けている。
言わばお得意様だ。
レカの住民たちとも顔見知りで融通が利く。
メストのように華やかで洗練された都市ではなく、この少し離れた田舎の町の方が、フォンスは女たちにモテた。
大都会の王都からやって来る腕っぷしの強いいい男が、モテないはずがない。
この周辺一帯は農作物をメストに売ることで潤っているので、歓楽街も小規模だが質が良くいつも賑わっていた。
馴染みの宿に着き、運よく二人部屋をとることができた。
「今日は仕事じゃないのかい?」
カウンターにいた宿の女将が部屋の鍵を渡しながら、フォンスの後ろにいるレネをチラリと見遣った。
女将の顔には滅多にいないであろう美青年のことが気になって仕方ないと書いてある。
「それにしても、お連れさん綺麗な人だね」
「まあな」
なぜか自分のことが褒められたかのようにフォンスまで嬉しくなる。
「夕飯は?」
「今回は仕事じゃないから外で飲んで来るよ」
「久しぶりだから、飲み屋街の子たちも喜ぶだろうね」
料金は夕食分が抜けた分だけ安くなるが、女将は残念な感情を一切顔に出さない。
それどころか、他の店のことまで思う余裕さえ見せる。
そんな女将の人柄もあってこの宿はいつも繁盛している。
「明日、出る時に昼の弁当を二つ頼む。朝飯はここで食っていくから」
だからといってはなんだが、フォンスは夕食を外で済ます時は、代わりにいつも昼の弁当を頼んでいた。
単純にここの弁当が豪勢で美味いというのもあるのだが。
「あい、ありがとうね」
そんなフォンスに女将は笑顔で答える。
「お前、よくここに泊ってんの?」
白い漆喰の壁が続く宿の廊下を歩きながら、後ろからついて来ていたレネが尋ねる。
「まあな。ここの領主がホルニークのお得意様なんだ。周辺の農村で害獣駆除を依頼されたり、厄介者を追い払ったりと、しょっちゅう来ている」
「へえ……こんな所に来てんだ。馬だと通り過ぎるから、歩きで来た時に一回泊ったくらいかな。この宿じゃないけど」
後ろにいるのでレネがどういう表情をしているかはわからないが、徐々に会話が成り立つようになってきた。
フォンスは自然と頬が緩む。
「——なんだよ……ここ……」
「ここのめし美味いんだぜ?」
夕食時になり、飲み屋街にある一軒の店へと入ってから、明らかにレネが警戒を見せている。
それもそのはず、席に着くと共に、着飾った女たちが両脇に座って来たからだ。
「ご注文は?」
「そうだな、今日はなにがお勧めだ?」
「仔牛のローストとエンドウ豆のスープよ」
「おっ、いいじゃねえか、それと後は適当に料理を見繕ってくれ。あとはビールな」
「ちょっと待て、ビールは苦手だから、シードルがいい。甘いやつ」
勝手に注文をしていたフォンスをレネが止める。
「あら可愛い」
注文をとりに来た女はクスリと笑う。
シードルを、それも甘い方を頼むなんて……あれは女子供の飲み物だ。
「おいおい、そこは飲めなくても格好つけてビールを一緒に頼むんじゃねえのか?」
「酒に付き合ってやってるだけでも有難く思えよ」
少しムッとした顔をしてレネがフォンスを睨む。
だからといって昼食会の時の敵意丸出しの顔とは違う。
(そういえば……)
その後の言葉にすっかりかき消されていたが、先代がレネは酒が弱く、以前お持ち帰りされ好き放題されたと言っていなかったか?
お持ち帰りだなんて言葉を使うくらいだ、きっと相手は男だろう。
「まあいい。好きなものを飲めばいい」
あいにくフォンスはそんな趣味を持ち合わせていないので、いくらレネが隣に座っている女たちよりも美しいからといって、無理に酔わせてどうこうしようとは思わない。
戦って意識を失ったレネを見て勃ったのは誤作用だ。
あの合同鍛練から戻った後、フォンスはある使命感に燃えていた。
真実かどうかはまだわからないが、レネが男を犯すなんて間違ってる。
それも相手はどうやらバルトロメイのようなのだ。
バルトロメイよりも少しフォンスの方が身体は大きいのだが、自分ももしレネに負けて同じ目に遭っていたらと考えると、尻がもぞもぞと落ち着かなくなる。
(レネに……女の良さを教えてやらなければ!)
レネの相手は、嫋やかな女であるべきだ。
男と同じベッドに入るなんて、上であろうと下であろうとあってはならない。
フォンスはそう……強く思った。
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