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6章 次期団長と親交を深めよ
9 遠乗り
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負けて以来、レネはこの予定が消えてしまえばいいのにと心の中で願っていた。
(クソ……)
あの時は飲みに行くだけとしか聞いていなかったのに、いつの間にか泊りで遠乗りに行くという予定が組まれていた。
話が違うと抗議したのだが、ルカーシュからは『お前が負けたんだからどんな条件でも飲めよ』と、冷たい目で睨まれた。
剣の師でもあるルカーシュは、レネが手合わせで負けたことをずっと根に持っている。
本来なら、フォンスと飲みに行く細かな打ち合わせをするのは当事者であるはずのレネなのに、なぜかルカーシュが勝手に予定を決めていた。
もうこれは、レネへの嫌がらせとしか思えない。
レネはお気に入りの馬『カスタン』に乗って、メストの中心地から少し離れた街道までやってきた。
待ち合わせ場所にしていた乗合馬車の停車場には、既にフォンスの姿がある。
大きな葦毛の馬から降りて、荷物の点検をしていたようだ。
レネの姿を見つけると、フォンスが挨拶代わりにさっと右手を上げる。
「俺は晴れ男だからな。天気もばっちりだ」
「……嘘ばっかり言うなよ。初めて会った時は雪が降ってたじゃねえか」
この男はなんでも自分の手柄にしたいに違いない。
フォンスと初めて出会ったのは、時計職人を護衛してシニシュに滞在した時のことだ。
ヤンと一緒に領主の屋敷で出し抜かれ、いいように利用された時のことを、フォンスの余計な一言のせいで思い出す。
「あれは雪だ。雨じゃねえ」
「……同じじゃねえかよ……」
レネは手合わせで負けた悔しさを消化しきれていないせいか、ついついそっけない口調になってしまう。
そんな自分の態度を子供じみていると思いながらも、なかなか直すことができない。
「で、どこ行くんだよ?」
ルカーシュからは遠乗りと聞いていたが、目的地さえも知らない。
この日が憂鬱で、なにも考えないでいた。
「せっかくだから、ふだんはいかない所に行こうぜ」
「……?」
「まあついて来いって」
なにやら思わせぶりに話すフォンスに主導権を握られているようで、レネはあまり面白くない。
(オレなんかと一緒にいてどこが楽しいんだよ……)
自分だったら、勝ったってこんなこと望まない。
勝負で勝った褒美として負かした相手と遠乗りに出かける男の気持ちが理解できない。
(それともなにか企んでるのか?)
ホルニークとリーパはメストにある傭兵団同士として協力関係にあるが、一方でライバルでもある。
業種が分かれているので、顧客の取り合いにはならないが、常に比べられ互いの存在を意識せずにはいられない。
リーパの跡取りである自分を陥れて、マウントでもとろうとしているのかと考えたが、フォンスがレネに勝っている時点でもうその必要はないはずだ。
頭の中で色々考えてはみたものの、戦に負けたのは自分だ。
ここは勝者に大人しく従うしかない。
フォンスの馬は、街道を逸れてドゥーホ川沿いの小道へと入って行く。
川の周辺は農業用の用水路が張り巡らされており、耕作地が広がっていた。
ドゥーホ川を左手にして、畦道を境目に耕作地と河川敷を分ける防風林のポプラ並木がゆるゆると視界の奥まで続く。
ポプラの細長く空へと伸びる枝に吹いた若葉の優しい彩りに、目が癒される。
もしかしたら自分の瞳と同じ色をしているから、こんなにも親和性が高いのかもしれないと、レネはぼんやりと考えた。
水面が陽光を受け白く煌めき、農作物をこんもりと積んだ帆掛け船が緩やかな風を受け遡上していく。
そんな風景を眺めていると、レネの心は次第に穏やかになっていった。
「こんな道があるなんて知らなかっただろ? 普通は街道を通るからな」
美しい景色に見入っていたレネは、すっかり隣にフォンスがいたことを忘れていた。
たしかにこんな畦道、近くに農地を持った農民くらいしか利用しないだろう。
しかし、レネは以前この付近をうろついていたことがある。
「……いや、ガキの時に来た」
あの時は必死で、風景なんかに見入る暇はなかったが、今でも忘れはしない。
「こんなとこなにしに来たんだよ」
フォンスが疑問に思うのも尤もだ。
メストで暮らす人間は訪れない場所だ。
「……野営の練習……」
「は?」
「オレの師匠がリーパの副団長なのは知ってるだろ?」
ルカーシュが今回の打ち合わせでホルニークに顔を出しているようなので、フォンスもそのくらいは聞いているだろう。
陽の光を浴びてキラキラと無駄に髪を光らせる金髪男が、その人物を思い出したのか困った顔をする。
「ああ。あの地味だけどおっかない人な」
半分当たって半分外れているフォンスの認識を、レネは鼻で笑う。
「……こんなとこがあったなんて知らなかった」
河川敷の小道から少し街道寄りに入って、畑の中をずっと進んで行くと、突如大きな池が出現し、レネは目を見開く。
以前ルカーシュに連れられて来た時は、河川敷をウロウロしていただけだった。
フォンスによると、近くの泉から湧き出た水をこの池に溜めて農業用水として利用しているのだという。
湧水を利用しているだけあって、水は澄んでおり、少し深くなっている底まで綺麗に見えた。
水辺には綺麗な花が咲いており、甘い香りを漂わせていた。
家畜に水を飲ませたり、釣りをしたりと、近隣の農民たちの憩いの場所になっている。
「ここで昼休憩しようぜ」
フォンスは馬から降りて水辺の方へと馬を引いて行ったので、レネもそれに倣う。
「飯はどうするんだよ」
カスタンに池の水を飲ませながら、同行者に問いかける。
一応保存食は持って来てはいるが、街道沿いを進み途中の村で食べるものとばかり考えていた。
こんな綺麗な景色の中、干し肉を齧るのも味気ない気がする。
昼食の心配をしていると、フォンスが自分の荷物から細長い棒を二本取り出しレネの方へと投げた。
「昼飯は、現地調達だ」
「わっ!?……なんだコレ……釣り竿か?」
よく見ると棒の先が繋ぎ合わせられるようになっており、もう一本と繋ぎ合わせると釣り竿が出来上がる。
「ここはな、釣り人も知らない穴場なんだぜ。前来た時も入れ食いだったからな。間違いなく昼飯は保証できる」
フォンスは手際よく棒の先に糸と針をつけて、近くの草むらに転がっている石をひっくり返してなにかを探している。
(あーーー……)
レネは心の中で盛大に溜息を吐いた。
新鮮な魚を食べられることは嬉しいのだが、その前に乗り越えなければいけない試練がある。
意外なことに、へっぴり腰になってミミズを採取するレネの姿を見ても、フォンスは馬鹿にすることはなかった。
だがなにかを堪えるように頬を引き攣らせている。
(絶対あいつ、笑うのを我慢してるだろ……)
憎まれ口の一つも言ってやりたかったが、好物の魚にありつくため、にょろにょろと不規則な動きをするミミズと格闘しながら、なんとか大きな葉の上に集める。
「うめ~~~~~~」
棒に刺しこんがりと丸焼きした魚を、背中側から食いつく。
向かい側にフォンスがいることも忘れて、レネは上機嫌で好物の魚に噛り付いていた。
綺麗な水の中にしか棲まないこの魚は、生臭さなど皆無で、程よく脂も乗っており食べだしたら止まらない。
レネは三尾釣り上げていたが、あっという間に平らげてしまう。
「あ~~~もう少し釣っとけばよかった……」
途中で餌が無くなり、三尾で釣りを中断したことが悔やまれる。
向かい側に座るフォンスの前には、まだ二尾手を付けていない魚が残っていた。
たくさんミミズをとっていたフォンスは五尾の魚を釣り上げていたのだ。
いい具合に焼けた魚を見て、レネはゴクリと唾液を飲み込む。
「そんなに好きなら、一匹やるよ」
レネに一尾焼き上がった魚を渡してきた。
「えっ!?……いいのか?」
他の食べ物だったら、こんな奴に分けて貰うことはしないが、好物の魚だけは別だ。
嫌な奴からのお裾分けだが、食欲に負け、途端に目を輝かせてしまう。
現金な奴だと思われたくないが、「こいつ良いとこもあるじゃねえか」と少しフォンスを見直した。
「……俺だけ食い辛いだろ」
フォンスが困った顔をして笑う。
(はっ!?)
まだ二尾も魚を残しているフォンスをそんなに羨ましそうな目て見ていただろうか。
急に恥ずかしくなってレネは頬を熱くするも、貰った魚を食べずにはいられない。
「……いただきます……」
今度は頭からバリバリと食いつく。
「お前ほんとに猫みたいだな」
「む……」
本来ならムカつく言葉なのだが、目を細めて笑う顔に悪意を感じなかったので、魚に噛り付きながら、自分よりも大きな男を軽く睨むだけにとどめた。
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