菩提樹の猫

無一物

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6章 次期団長と親交を深めよ

8 似た者同士

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◆◆◆◆◆


「ホルニークの中であいつの話題を広めるなよ」

 人気のない厩舎の裏で、ゾルターンを捕まえて、ルカーシュは話さなければならないことを伝える。


「一緒に来てた連中は口の堅い男たちばかりだ。あんたの止め一言で、フォンスのプライドはズタズタだ。リーパでのことは誰も口にしないだろう」


 黒髪に金の瞳を持つ男は、次に思い出す時はその顔をすっかり忘れてしまうという、間諜には持ってこいの外見だ。
 地味な副団長に化けているルカーシュもそれは同じである。

「ホルニークの跡取り殿は、見かけと違って繊細にできてらっしゃるようだ」

 ボジェクが鍛えてやってくれと、バルナバーシュに頼んだのも頷ける。

「言ってくれるな。それが奴の可愛い所でもあるんだから」

 あまり表情を表に出さないゾルターンの口元が笑っているということは、実際にそう思っているのだろう。


「で、テプレ・ヤロでの収穫は?」

「計画は成功した。ついでに情報集めとして貴族たちの夜会に参加したが、餌を撒いたら興味を示した人間がちらほらいた。そいつらの動きをドプラヴセが追っている」

「ああ、だから今日はダニエラが居なかったのか」

 ゾルターンがルカーシュの言葉を聞いて、納得いった顔をする。
 いつもオレクと一緒にいる男装の麗人は、今はアンブロッシュの秘書として付き添っていた。

「そういうことだ」

 今日は、珍しく無口な男が饒舌だ。
 他にもまだ言いたいことがあるようだ。
 いつもはすぐに解散するのに、なかなかこの場を去ろうとしない。

「……あんたの弟子は、着実に二刀流に進化してるみたいだな。まるで剣が二本見えるような動きだった。フォンスはギリギリの所で勝っている上に、相手がそんな制限をかけられてたことさえ気付いてない」

 レネのことを褒めてはいるが、単純に自分の所の跡取りが不甲斐ないので悔しいのだろう。

「そうか? レネは、剣が二本見えるような動きをしてたから負けたんだ。その場に無いものは無い。だから二刀流のことなんて頭から忘れて、一本で戦いきれないといけなかった。単純にフォンスの方が強かったのさ」

 いつも剣を二本提げているとは限らない。
 使い分けは難しいかもしれないが、それがちゃんとできないと実戦で言い訳は通用しない。

「厳しい師匠だな」
 
「運命に逆らってもらわないと困るからな」

 これから荒波に揉まれるだろう未来を思うと、少しでもレネに抗う術を授けたいと思うのが、師匠としての素直な気持ちだ。


「フォンスはレネをホルニークに引き抜くつもりだった」

「でも恐ろしいパパを目の前にして、言い出せなかったのか」

 フォンスを牽制しまくっていたバルナバーシュの姿を思い出し、ルカーシュは笑いを漏らす。

(年頃の娘を持った親父みてえじゃねえか……)

「まさかレネが次期団長だとは思ってなかったようだ」

「わかり易いダミーが一人いるからな。まんまとひっかかったんだろうな」

 最初、バルトロメイが挨拶したので、フォンスは完全にそちらへにロックオンしていた。

「あいつは女好きだからそっちの趣味はないと思うが、レネに興味津々だ。なにか困ったことがあればあいつを利用しろ。少しは役に立つかもしれない」
 
「おいゾリ、そんなこと言っていいのか?」

 厄介ごとに巻き込まれるとわかっているのに、ゾルターンがそんなことを言い出すとは、今日はいったいどうしたのだ?
 
「このままホルニークの団長になっても張り合いがないいからな。あいつには刺激が必要なんだよ」

 結局全てはフォンスのためというわけか。

「お前、意外と団に忠誠を尽くすタイプなんだな」

 今日はこの男の知らない一面ばかり見ているような気がする。

「団長には世話になってるからな。団長にとってフォンスは一番の悩みの種だ……」

「どこの団長さんも後継者問題は頭の痛い問題だな……」

 馬鹿な子ほど可愛いというが、馬鹿が過ぎると保護者は苦労する。
 その意味では、リーパの跡取り様も負けてはいない。
 
「あの馬鹿は今日も飛ばしやがったからな」

 ルカーシュは思わずぼやく。

 さっきの昼食会だって、フォンスに負けて拗ねるわ、いきなり禿げの話題で爆笑するわで、見ているこちらは頭が痛くなってきた。

(それでも足りなかったのか、あの馬鹿猫め、最後には『こんな相手に勃つわけないだろっ!』と、誰も聞いてもいないし聞きたくもない台詞を叫びやがった。そんな台詞がでてくるのは、頭の中でシミュレーションしたからだろう? バルトロメイのケツに突っ込んだだけでもひくのに、なんてことを想像するんだ! お陰で食欲が失せた。まだ同業者だからいいが、これが得意先だったらと思うとこれから先が思いやられる……)

 ルカーシュは再びレネに対する怒りがこみ上げてきた。
 昼食会の光景をゾルターンも思い出したのだろう、その顔には苦笑いが浮かんでいた。

「うちよりお前のとこの方がマシだ」

 レネは只でさえ頭のネジが緩いのに、『復活の灯火』との問題も片付けなければいけない。
 純粋に団長になることだけを考えていたらいいフォンスの方がまだマシだ。

「いや、うちは団長がすぐにでも引退したいって言ってるし、あんたのとこみたいに時間の猶予はない」

「しかし……二十代で団長は早いよな」

 バルナバーシュが団長になった時も、三十代で早いと言われたくらいだ。

「でも七十代で団長もキツイだろ?」

「……確かに。世代交代が必要だな」
 
 そう考えると、ホルニークも大変そうだ。


「——お互い苦労が絶えないな……」


 ルカーシュとゾルターンは、団のために『山猫』に籍を置き、どちらも同じ悩みを抱える似た者同士だ。
 だが二人でこんな話をしたのは初めてかもしれない。




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