菩提樹の猫

無一物

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6章 次期団長と親交を深めよ

3 リーパの次期団長

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◆◆◆◆◆


(……こいつはっ!?)

 いきなりレネを背中に隠し、前へと出て来た男に、フォンスは刮目する。
 こげ茶の髪にハシバミ色の瞳……まるで狼を連想させるような野性味のある美貌は、ある人物を連想させずにはいられない。

 自分の祖父と談笑している男とバルトロメイとを、フォンスは交互に見比べる。
 無視できないほど、二人はそっくりだった。


(……こいつが、団長の息子で、リーパの次期団長か……)


 まるで自分の所有物のようにレネを背中に隠したのも、団員の中で一番権力を持っているからだろう。

『間違いなく親子だよな』
『そっくりだ』
『男前だなぁ』
『ありゃあ女にモテるだろうな』

 後ろでホルニークの団員たちが、バルトロメイを見て囁き合っているのが聴こえてくる。
 ホルニークの団員たちは自覚がないのか、身体が大きなせいで声も大きい。
 本人たちは囁いているつもりなのかもしれないが、こちらまで丸聞こえだ。

 フォンスは自分の容貌に自信があった。
 しかし、団員たちが言うように、目の前にいる男は、フォンスさえ見惚れてしまうほどの美男だった。
 
(いけ好かない野郎だ……)

 初めてシニシュでレネと会った時は、レネの場違いな美青年ぶりが一人浮いてしまっていた。浮きすぎて、フォンスも他のホルニークの団員たちも大いに戸惑った。

 だが今はどうだ?

 中性的な美青年のレネと、野性味のある美男のバルトロメイが一緒に居るだけで、妙に絵になる。 
 あんなに浮いていたレネが、浮かなくなるほど、バルトロメイと対のようにぴったり嵌っていた。

『ああ、そーゆーうこと……』

 後ろで、ヨーの呟きが聞こえた。

 今までレネをそんな目で見たこともなかったが、バルトロメイが隣にいるだけで、フォンスまでもがレネの属性を意識してしまう。

(こいつらはどういう関係だ?)

 そう疑問が湧いてくる時点で既に答えはでている気もするが、二人にばかり気をとられてはいけない。
 いちいち動揺するなんてホルニークの時期団長に相応しくない。
 
 フォンスは気を取り直して、改めて緑のサーコートを着た男たちを見回す。

 バルトロメイだけではない、南国人と思われる漆黒の肌をした長身の男だって、その隣にいる同じくらいの身長の男も……アッシュブロンドの優男も、槍を持った赤毛の男も……色々なタイプの男前が揃っているではないか。

 それに団長も苦み走った男前だし、副団長も地味だが整った顔をしている。

(リーパは入団する時に顔面審査でもあるのか?)

 素朴な疑問がフォンスの中に湧いてきたが、リーパの団長の声によってかき消される。
 
「——さあ、揃ったことだし、鍛練を始めるぞ。まずはこっちに集まれっ!」

 そんなに声を張り上げているわけではないが、腹の底から出したいかにも声量のありそうな声だ。

 今まで自由にしていたリーパの団員たちが、呼びかけに反応して団長の前へと急いで集合する。
 まるで飼い主の命令に従う猟犬の集団のようだ。

 あの男前の団長がリーパ護衛団の団員たちにとって絶対的な支配者であることがわかる。

 フォンスにとってリーパ護衛団はライバル的存在だが、自分もあのような絶対的な強者になりたいと、自然とバルナバーシュに羨望の眼差しを向けていた。

「フォンス、お前は俺が相手しよう」

 その視線が通じたのかわからないが、木刀を使った準備運動代わりの練習相手に、バルナバーシュ本人が出てきた。

(マジかよ……)

 唐突な申し出に身構えるが、もとはといえばもっと強い相手と手合わせしたいと言いだしたのは自分だ。
 目の前に立っているのは、これ以上にない理想の相手だった。
 

「——ほらっ、そこの突き込みが甘いぞっ! まだまだっ!!」

「……ぐっ」

 次から次へとフォンスの隙のある場所に、バルナバーシュが攻め込んでくる。

 ゾルターンはホルニークで一番の手練れだが、片手剣の使い手だ。
 同じ両手剣の使い手で、ここまで手も足もでない相手は初めてだ。
 
「お前はいま幾つだ?」

 攻撃の手は止めずに、バルナバーシュがフォンスに質問を投げかける。

「……二十六ですっ」

 ギリギリとところで避けたと思ったのだが、太ももを木刀が掠り顔を顰めながら、フォンスは問いに答える。

「ギードはお前くらいの頃、こんなんじゃなかったぞ?」

「えっ!? 親父を知ってるんですかっ!! おわっ!!」

 脇腹に一発食らい、フォンスは尻もちをつく。
 父親の名前を出されて、フォンスに動揺が走る。
 
 父ギードは、フォンスが子供のころ任務中に殉職した。
 小さな頃から、ずっと父親によって剣を仕込まれてきたフォンスは、父の死に動揺して目標を見失う。

 親を亡くした不幸な少年に同情して、年老いた祖父以外は誰も厳しく当たってくれるような大人はいない。
 そこまで努力せずとも剣の腕はあったので、チヤホヤされる心地良さに甘えていた。
 どうせこのまま順当にいけば、ホルニークの団長の座は自分にまわってくるのだから。


「ほらっ、気をとられるんじゃねえよ。持ってるものは親父譲りなんだからよ、ちゃんと腕を磨けよ」

 初めて剣を交えたのに、まるで自分の癖を知ってるかのように、バルナバーシュはフォンスを追い詰めていく。
 
(まるで親父に剣を習ってるみてえだ……)

 自然と胸の中に熱いものがこみ上げてくる。
 
 いつの間にか、バルナバーシュに亡き父親の像を重ねていた。

 バルトロメイは間違いなくバルナバーシュの息子だろう。
 だとしたら、バルトロメイもいつもこんな風に、バルナバーシュから直接剣の指導を受けているに違いない。

 バルトロメイに対する嫉妬心が湧いてくる。
 フォンスには、バルトロメイがなにもかも恵まれた男のように思えた。

 先ほど、バルトロメイがレネを自分の所有物のように背中に隠した時の様子を思い出し、フォンスはどす黒い感情に支配される。


 そして改めてリーパにやって来た理由を思い出す。


「——ヴルク団長、お願いがあります。リーパの次期団長と手合わせをさせてください」

「……跡取り同士でか?」

「はい。——もし俺が勝ったら、一つ願いを聞いてもらえますか?」


(このために、俺はここにやって来た)


 その言葉を聞いたバルナバーシュが片方の口の端を上げた。
 たったそれだけの仕草なのに、ドキリと心臓が高鳴るほど絵になっている。


「じゃあ、もしお前が負けたら、俺の言うことに従えよ?」

「はい。もちろんそのつもりです」

 リーパの跡取りの意向などそっちのけで、バルナバーシュとフォンスの間だけで約束が取り交わされる。

「面白いじゃねえか」

「わざわざ、来た甲斐があったな」

 ボジェクと……いつの間にかやって来ていたリーパの先代が、興味深げにバルナバーシュとの会話を聞いてニヤニヤと笑みを浮かべている。


「——おい、聞いてただろ? お前と手合わせ願いたいだと」

「……えっ!?」

 バルナバーシュの呼びかけに歩み出て来た人物を見て、フォンスは言葉を失くした。



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