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5章 一枚の油絵
番外編 もう一つの後継者
しおりを挟む「失礼します」
ロランドが扉を開けると、ふだんからは想像がつかないほどやざくれた副団長が、ソファーに座って煙草をふかしていた。
表情や仕草の一つ一つがこんなにも男っぽいのに、ゾクゾクするほど妖艶だ。
「そこに座れ」
煙草を銜えたまま顎で示す。
顔は素顔に戻っているものの、服装は昼間からサーコートを脱いだだけで着替えてはいないようだ。
『今夜、話しておきたいことがある』と、ロランドはルカーシュの部屋に呼び出しを受けた。
初めて訪れたルカーシュの私室は、どこの国のものかもわからない楽器や武器、そして男物とも女物ともつかない煌びやかな衣装まで、まるで劇団の楽屋みたいな物に溢れた空間だった。
イメージ通りの部屋に、ロランドの心は弾む。
この部屋は副団長ルカーシュの部屋というよりも、吟遊詩人ルカの部屋だったからだ。
(やっぱり俺はこっちが好きだな)
「お前はここに腰を据えるつもりでいるか?」
灰皿に煙草の火を押し付けそのまま捻り潰すと、顔を上げて真っすぐとロランドを見据える。
角度によって色を変える鉱石のように美しい瞳の色に気を取られ、一瞬だけ質問が耳を通り過ぎていった。
「えっ……ああ、リーパの仕事を続けるのかって意味ですね。副団長からここに誘われた時は、なにも考えてませんでしたが、今はけっこう楽しくやれています。身体の動く限り辞めるつもりはないですよ」
ロランドは、妹を亡くしてまだ絶望の淵から立ち上がれない時に、吟遊詩人ルカと出逢った。
色々あって全てが燃え尽きた時、ルカから『リーパ護衛団で働かないか?』と声をかけられたのがはじまりだ。
「——だったらお前、俺の仕事を手伝え」
わざわざ私室にまで呼び出して、話す内容だ。
仕事といってもただの仕事ではないだろう。
「……副団長じゃなくてあっちの方ですか?」
ロランドは『山猫』として活動するルカーシュと暫く一緒に行動していた時期がある。
だから『山猫』がどういう仕事をするのかというのも他の人間よりも知っていた。
「お前は貴族の屋敷に出入りすることが多いからな。お誂え向きだ。それに面の皮も厚いし腹芸も得意ときた」
褒めているようでぜんぜん褒めていない。
その自覚があるのか、朱鷺色の唇が皮肉気に笑った。
「いやいや、副団長には敵いませんよ。でもどうして俺なんかを?」
ロランドもそこは皮肉で返すが、その言葉に嘘はない。
最初に副団長としてルカーシュと対面した時の衝撃はすさまじかった。
まるで別人のようにバルナバーシュの横に立っているルカーシュを見て、思わず驚きの声を上げたほどだ。
「レネの代になったら、新しく一人協力者が必要なんだよ。常に王国に誠意を見せないといけねーからな」
「人質みたいなもんですか……」
ポロリと口から本音が漏れる。
(——この人は、団長を支えるために、若くして副団長の座に就きながらも、慣れない異国の地でもう一つの仕事をこなしてきたのか……)
「……そんなこと言うなよ。お前に向いてると思って推してるんだけどな。金には困ってないと思うが、実入りもいいぞ」
以前ルカーシュの仕事を傍から見ていたが、『山猫』で潜入捜査する方が、護衛の仕事よりも危険が伴っているように思えた。
だから実入りがいいのも当然だろう。
「副団長が直々に推薦して下さるんでしたら、俺は断ったりしませんよ」
ルカーシュが言うように、自分でも『山猫』の仕事は向いていると思う。
ロランドは、全てを金で解決しようとする者たちを憎んでいる。
奴隷制度は廃止されたのに、家畜の様に売買され不幸な最期を迎えた妹のような存在を少しでも減らしたい。
『山猫』が扱っている事件はそればかりではないとわかっているが、不正を行っている貴族を取り締まることは、そんな不幸な人々を救うことに繋がると思っている。
「俺の見込んだ通りだったな。お前は断らないと思ってた。もし断ったら、レネに暫く手伝わせるつもりだったからな……」
「……あいつは無理でしょ……」
断らなくてよかったと、ロランドは胸を撫で下ろす。
レネに『山猫』の仕事なんかさせたら駄目だ。
あの猫はすぐに顔に出るので、嘘なんか吐けないのだから。
それにレネは以前、貴族の馬鹿息子に目を付けられ拉致監禁されていたことがある。
だからできるだけ権力にものをいわせるような貴族たちには近付いてほしくなかった。
「一度手伝わせたけど、へばってたしな……」
レネはああ見えてけっこう体力はある方だが、そんなレネがへばるとは、この男はなにをさせたのだろうか?
体力面ではロランドもレネとあまり変わらないので、急に不安になってきた。
「でも……リーパの任務との兼ね合いはどうなるんです?」
現在の仕事量に『山猫』の仕事がプラスされるのなら、ロランドもへばってしまうだろう。
「もちろんリーパの仕事が優先だ。まず手はじめに、リーパの護衛中に得た有益な情報を逐一俺に報告してくれ」
「ああ、なるほど。俺はあなたの耳になることからはじめていけばいいんですね」
いきなりどこかに潜入しろというわけではなさそうだし、それなら大丈夫だ。
「まあな。それから先は追々教えていくつもりだ」
「安心しました。仕事量がいきなり二倍になったら、俺だってへばりますよ」
だからといって、人使いの荒いルカーシュの言葉はあてにできない。
ふだんから体力は温存しておいた方がいいだろう。
「それともう一つ、『山猫』の仕事とも関わってくるから、お前には話しておこうと思う」
そう言うと、クッションに凭れ掛かっていた身体を起こして、ルカーシュは姿勢を正す。
オレンジがかった少し肉厚の唇から出てきた言葉は、耳を疑うかのような内容だった。
「——この前、俺が襲われたのはレネを狙っていた連中だったと……——団員の中ではバルトロメイとボリスとゼラしかこの事実を知らないんですね」
レネの出生の秘密を聞かされびっくりはしたが、すとんと腑に落ちた部分もある。
上手く表現はできないが、レネは妙に肝の据わった所があるし、それにあの容姿だったら、神に愛されているといっても頷ける。
(このことを知っている団員は、レネの騎士と、義理の兄と、団員最強の男のみというわけか……)
「団長はカレルにも求められたら話すつもりだったみたいだけど、知ってしまったら他の奴にポロっと漏らすかもしれないとカレル本人が言って、最後まで訊かずじまいだったそうだ」
「ぶっ……あいつらしい」
いかにもカレルらしい反応に、ロランドは吹き出して笑う。
「……でもレネの件が『山猫』とどう関わっているんですか?」
「さっき話した『復活の灯火』を『山猫』で追っかけてるんだ。団長と『山猫』の長で話し合った結果、敵は同じだから共闘することになった」
「……なるほど」
『山猫』の追っかける相手が、レネを狙う連中だと聞いて、この仕事が意味のあるもののように感じてきた。
「ぜんぜんそんな風には見えないけど、お前もずっとレネのことを気にかけてるよな……妹と重なるのか?」
「いや、気にかけてなんていませんよ」
ロランドの素直ではない性格が、すぐに顔を出す。
口ではそんなことを言っているが、それは嘘だ。
「嘘つくんじゃねえよ。へそ曲がりめ」
ルカーシュもお見通しのようだ。
ロランドはレネのことをけっこう気にしている。
レネは強いのだが、その強さの中にもどこか危うさを孕んでいる。
強くなろうと足掻けば足掻くほど、レネは無理をして一人で抱え込んでしまうのだ。
バルトロメイが側にいるので、以前ほど一人で無茶をすることはないだろうが……。
やはりどこか妹の姿と重なって、レネのことを放ってはおけない。
ロランドは、誰も知らない隠れた所で、レネに降りかかる火の粉を払うのが自分の役目だと思っている。
だから『山猫』の仕事で、『復活の灯火』を追いかけるのは、自分にとっても都合がいい。
「まずはあなたの顔に泥を塗らないように頑張ります」
せっかく自分を推薦してくれたのだ、失望させないようにしなければならない。
「ああ、一から仕込んでいくから覚悟しとけよ」
ルカーシュが楽しそうに笑うと、ロランドも笑みを返す。
「どうかお手柔らかに」
『狐』と呼ばれるロランドは、この目の前にいる男と最も波長が合う。
副団長のルカーシュではなく、再び吟遊詩人のルカと接点を持てたことがはなによりも嬉しかった。
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