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5章 一枚の油絵
11 記憶
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◆◆◆◆◆
レネとバルトロメイはジェゼロの帰り道、シルニス村を越えた辺りで馬を休ませるついでに昼の休憩をとっていた。
「…………」
レネは、モニカがお弁当にと持たせてくれたサンドイッチを頬張りながらも、考えごとに没頭していた。
「なんだよ難しい顔して」
隣に腰掛けて昼食と摂っていたバルトロメイが、話しかけても返事をしないレネの脇腹を小突く。
「…………」
それでもレネは、思考の邪魔をされないように無視する。
「なんだよ、考えごとかよ?……お前そんな柄じゃないだろ? こうしてやるっ!!」
レネの横腹に手を回し、バルトロメイがこちょこちょとくすぐりはじめた。
「や~め~ろって言ってるだろっ! オレは今忙しいんだよ」
脇腹をくすぐられると、さすがにレネも無視できなくなる。
こんな子供っぽいことをされたら、あまりにも馬鹿らしくて怒れないではないか。
まるで暇だから飼い主にちょっかいをかけてくる犬のようだ。
「俺が隣にいるのに無視すんなよ。一緒にいる奴がずっと話しかけても上の空なんてやり辛いだろ」
自分のことに没頭していて、バルトロメイのことなんて考えている余裕もなかった。
「……ごめん」
レネが素直に謝ると、バルトロメイはレネの肩に手を置いてそのまま寄りかかる。
「分かればいいんだよ」
くっついていると、そこから温かさが伝わって来る。
レネの強張っていた身体が少しずつ弛緩してきた。
まだ外は寒さが残るが、以前よりも春の気配を感じるようになってきていた。
道はすっかり雪も融け、道以外の所でもモザイク状に融けた雪の下からは、緑の草が顔を出しはじめている。
「ここら辺もだいぶ雪が減ったな」
クローデン山脈が横断するこの地方は雪深く、他の地域に比べると春の訪れが遅い。
しかし着実に春は近付いてきている。
「でもまだここら辺は寒いって」
寒がりのレネは厚手の外套を着こんで、首にはマフラーをグルグル巻きにした完全防備だ。
足元も、アネタ特製の厚手の靴下で固めている。
「で、なにを考え込んでたんだよ?」
バルトロメイはレネにスルーされていた質問をもう一度繰り返す。
「なにって……オレが生まれた場所ってどんなとこだろって考えてたんだよ」
ずっとメストで生まれ、メストで育ったと思っていたので、レネはアネタから聞かされた話の内容に動揺を隠せないでいた。
アネタが言うには、長い旅だったのでドロステア国内ではないという。
確かに、国内で船旅はあり得ない。
幼い子供二人を連れての旅はさぞかし大変だったに違いない。
そんな危険を冒してまで、どうしてメストに移り住まなければいけなかったのだろうか?
親戚や知人がいるわけでもないのに。
昔住んでいた場所は、レネの部屋から左右対称の高い山が見えていたとアネタは言う。
単なる偶然か……レネが夢でたびたび見ていた部屋の外の風景と同じなのだ。
決まって夢の中では、まだ自分は赤子で、五人の人物が天井に浮いてこちらを見下ろしているのだ。
それぞれ現実にはあり得ないような派手な髪の毛の色をして、それぞれ個性的な表情を浮かべていた。
「……なんかさ……姉ちゃんが言ってた……昔住んでた場所の特徴がさ……オレが偶に見る夢とそっくりなんだよ……」
頭がいっぱいなせいか、ローストチキンとピクルスの入ったサンドイッチがなかなか減らない。
「……夢?」
バルトロメイが最後の一口を食べ終わり、包んであった油紙をクシャクシャと小さく丸める。
「そう。夢の中ではオレは赤子で、窓から円錐形の山が見えるんだ。そして派手な髪の毛をした人たちが天井に浮いてオレを見下ろしてるんだよ」
「……は? 浮いてる? それに派手な髪の毛ってなんだよ?」
ぐびぐびと水筒の水を飲みながら、バルトロメイが濃い眉を顰める。
「知らねぇよ。赤とか青とか緑だとかの髪の毛の人たちが……確か五人くらいいたかな……」
「…………!?」
五人と言ったところで、バルトロメイの耳がピクリと反応する。
まさかそんなにたくさんいるとは思わなかったのだろう。
「夢だし多少は非現実的でも不思議じゃねえよな。これが昔の記憶だとしても、天井に人が浮いてるってあり得ねえし……」
その中の一人が、ボリスが死にそうになったとき、現れた人物とそっくりだったことを、今ごろになって思い出したのだ。
(緑の光に包まれていた人物は……もしかして……ゾタヴェニだったのか……?)
そんなことをバルトロメイに言えるわけがない。
「まあいいや、それよりも早くチェスタに着いて熱い風呂に入りてぇ……」
チェスタの『子栗鼠亭』だったら、部屋に風呂が付いているのでゆっくり入ることができる。
「お前は寒がりだから暖かいところ出身なのかもな」
「そうかも!?……考えたことなかったけど、それなら納得」
ドロステアの冬は身に堪える。
他の人間よりも自分は寒さへの耐性がないような気がした。
実はアネタも寒がりで、編物をはじめたきっかけも暖かい物を身に着けたいという単純な理由からだ。
そればかりではない……。
「……うちはみんな家族全員寒がりだったかも……」
「じゃあ本当にそうなのかもな。色が白いから北の出身だとばかり思ってたんだけどな……」
バルトロメイは首を傾げている。
確かにレネのような色素の薄い人間は北部に多い。
北の方で暖かい場所なんてあるのだろうか?
今度はレネまでも首を傾げた。
レネとバルトロメイはジェゼロの帰り道、シルニス村を越えた辺りで馬を休ませるついでに昼の休憩をとっていた。
「…………」
レネは、モニカがお弁当にと持たせてくれたサンドイッチを頬張りながらも、考えごとに没頭していた。
「なんだよ難しい顔して」
隣に腰掛けて昼食と摂っていたバルトロメイが、話しかけても返事をしないレネの脇腹を小突く。
「…………」
それでもレネは、思考の邪魔をされないように無視する。
「なんだよ、考えごとかよ?……お前そんな柄じゃないだろ? こうしてやるっ!!」
レネの横腹に手を回し、バルトロメイがこちょこちょとくすぐりはじめた。
「や~め~ろって言ってるだろっ! オレは今忙しいんだよ」
脇腹をくすぐられると、さすがにレネも無視できなくなる。
こんな子供っぽいことをされたら、あまりにも馬鹿らしくて怒れないではないか。
まるで暇だから飼い主にちょっかいをかけてくる犬のようだ。
「俺が隣にいるのに無視すんなよ。一緒にいる奴がずっと話しかけても上の空なんてやり辛いだろ」
自分のことに没頭していて、バルトロメイのことなんて考えている余裕もなかった。
「……ごめん」
レネが素直に謝ると、バルトロメイはレネの肩に手を置いてそのまま寄りかかる。
「分かればいいんだよ」
くっついていると、そこから温かさが伝わって来る。
レネの強張っていた身体が少しずつ弛緩してきた。
まだ外は寒さが残るが、以前よりも春の気配を感じるようになってきていた。
道はすっかり雪も融け、道以外の所でもモザイク状に融けた雪の下からは、緑の草が顔を出しはじめている。
「ここら辺もだいぶ雪が減ったな」
クローデン山脈が横断するこの地方は雪深く、他の地域に比べると春の訪れが遅い。
しかし着実に春は近付いてきている。
「でもまだここら辺は寒いって」
寒がりのレネは厚手の外套を着こんで、首にはマフラーをグルグル巻きにした完全防備だ。
足元も、アネタ特製の厚手の靴下で固めている。
「で、なにを考え込んでたんだよ?」
バルトロメイはレネにスルーされていた質問をもう一度繰り返す。
「なにって……オレが生まれた場所ってどんなとこだろって考えてたんだよ」
ずっとメストで生まれ、メストで育ったと思っていたので、レネはアネタから聞かされた話の内容に動揺を隠せないでいた。
アネタが言うには、長い旅だったのでドロステア国内ではないという。
確かに、国内で船旅はあり得ない。
幼い子供二人を連れての旅はさぞかし大変だったに違いない。
そんな危険を冒してまで、どうしてメストに移り住まなければいけなかったのだろうか?
親戚や知人がいるわけでもないのに。
昔住んでいた場所は、レネの部屋から左右対称の高い山が見えていたとアネタは言う。
単なる偶然か……レネが夢でたびたび見ていた部屋の外の風景と同じなのだ。
決まって夢の中では、まだ自分は赤子で、五人の人物が天井に浮いてこちらを見下ろしているのだ。
それぞれ現実にはあり得ないような派手な髪の毛の色をして、それぞれ個性的な表情を浮かべていた。
「……なんかさ……姉ちゃんが言ってた……昔住んでた場所の特徴がさ……オレが偶に見る夢とそっくりなんだよ……」
頭がいっぱいなせいか、ローストチキンとピクルスの入ったサンドイッチがなかなか減らない。
「……夢?」
バルトロメイが最後の一口を食べ終わり、包んであった油紙をクシャクシャと小さく丸める。
「そう。夢の中ではオレは赤子で、窓から円錐形の山が見えるんだ。そして派手な髪の毛をした人たちが天井に浮いてオレを見下ろしてるんだよ」
「……は? 浮いてる? それに派手な髪の毛ってなんだよ?」
ぐびぐびと水筒の水を飲みながら、バルトロメイが濃い眉を顰める。
「知らねぇよ。赤とか青とか緑だとかの髪の毛の人たちが……確か五人くらいいたかな……」
「…………!?」
五人と言ったところで、バルトロメイの耳がピクリと反応する。
まさかそんなにたくさんいるとは思わなかったのだろう。
「夢だし多少は非現実的でも不思議じゃねえよな。これが昔の記憶だとしても、天井に人が浮いてるってあり得ねえし……」
その中の一人が、ボリスが死にそうになったとき、現れた人物とそっくりだったことを、今ごろになって思い出したのだ。
(緑の光に包まれていた人物は……もしかして……ゾタヴェニだったのか……?)
そんなことをバルトロメイに言えるわけがない。
「まあいいや、それよりも早くチェスタに着いて熱い風呂に入りてぇ……」
チェスタの『子栗鼠亭』だったら、部屋に風呂が付いているのでゆっくり入ることができる。
「お前は寒がりだから暖かいところ出身なのかもな」
「そうかも!?……考えたことなかったけど、それなら納得」
ドロステアの冬は身に堪える。
他の人間よりも自分は寒さへの耐性がないような気がした。
実はアネタも寒がりで、編物をはじめたきっかけも暖かい物を身に着けたいという単純な理由からだ。
そればかりではない……。
「……うちはみんな家族全員寒がりだったかも……」
「じゃあ本当にそうなのかもな。色が白いから北の出身だとばかり思ってたんだけどな……」
バルトロメイは首を傾げている。
確かにレネのような色素の薄い人間は北部に多い。
北の方で暖かい場所なんてあるのだろうか?
今度はレネまでも首を傾げた。
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