菩提樹の猫

無一物

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4章 癒し手を救出せよ

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◆◆◆◆◆

 
 夕食の時間になっても食堂に下りてこないので、バルナバーシュは心配になってレネの部屋へと様子を見に行った。

 どちらが癒し手か白状するように拷問まがいの行為を受けたことは聞いていた。
 その内容はボリスたちの様子からだいたい想像はつく。

 だからバルナバーシュは心配だった。

 周りから見たらそうダメージを受けていなさそうでも、性的に踏みにじられると後を引き摺る。
 十年以上それを引き摺っていた人物が身近にいるだけに、レネの様子を気に留めておかなければならない。

 あの時……ルカーシュの側にいてやれなかったことを今でも後悔している。



 部屋に鍵は掛かっておらずドアを開けると、レネは長椅子で横になって眠っていた。
 思いつめて自分を責めていたらと心配していたので、バルナバーシュはその姿を確認すると、自然と肩の力が抜けていく。

 近付いても起きる気配はない。

(熟睡してやがる……)
 
 ここに帰って来るまでの出来事を思えば、不用心だと注意する気も失せる。


 あどけない寝顔は、子供の頃から全く変わらない。
 こんな天使のような姿を見ていたら、神々から愛される存在だというのも頷ける。

 あの日記帳の内容や『復活の灯火』がレネを探しているという事実が浮かんできても、まだ心のどこかで、奴等の言っている『契約者』の存在なんて嘘っぱちだったらいいのにと思っていた。

 だがレネは、癒し手でもないのに癒しの力を使い、癒し手の中でも上位に位置するボリスよりも大きな力を使ったという。

 レネがレナトスの生まれ変わりなのなら、この地に残っている癒しのゾタヴェニの力が使えるのは当然だ。
 成長と共にレナトスとしての能力が目覚めてきているのかもしれない。
 
 もう現実逃避はできない。
 
 残酷な現実を突きつけられ、バルナバーシュは眉間に皺を寄せたまま俯いた。
 こんな細い両肩に、西国三国の運命を左右するような未来が掛かっているなんて……。


(レネ……)

 我が子をこの腕に抱きしめたいのだが、その欲求をグッと押しとどめる。
 自分の役割は一歩引いた場所から、状況を冷静に見極めることだ。
 
 バルナバーシュはそう自分に言い聞かせ、一度目を瞑る。
 

「——おい、いつまで寝てるんだ。飯の時間だぞ」


「……ふぇ? だ、団長っ!? すっすいませんっ!!」
 
 バルナバーシュが目の前にいたので、レネは慌てふためくと、すぐさま長椅子から立ち上がり身支度を整える。

「すぐに来いよ」
 
「はいっ!!」

 
 階段を下りながら、バルナバーシュは考える。
 今日の食事は、二人しかいない。
 いつも二人の時の食事は、会話が弾まない。
 こういう時に馬鹿な話題を振って来る、ルカーシュのありがたさが身に沁みる。

(これから生まれて来る孫への贈り物について、二人で考えるか……)
 
 暗い未来について考えるよりも、明るい未来の話をしたい。

 いつかレネの問題が解決して、明るい未来が開けるようにと……バルナバーシュは願わずにはいられない。




「…………」
 
 レネと二人っきりの夕食を終え私室に戻り、武器の手入れをしていたのだが、どうも気分が落ち着かない。

 本来なら自分の隣に座っている存在が、今夜はいない。
 それも一緒に行動している相手が相手なだけに、心配ばかりしてしまう。
 
 
 コンコン。
 書斎の方からノックの音が響く。

「誰だ?」
 
『……レネです。お願いがあって来ました』

「——入って来い」
 
(こんな時間に?)


 夕食の時の朗らかな雰囲気とは一変して、レネは神妙な面持ちで応接間の方へと入って来た。
 腰に差してあるものを見てバルナバーシュは眉を顰める。


「なんだ、急に……」

「——団長、オレはあの日……殺される両親を、納戸の中から指を咥えて見ていました。家族を守ることができなかった自分が悔しくて、強くなろうと思ったのに、今回……義兄になるボリスを守るどころか……逆に庇われて死なせてしまうところでした」

(……こいつ……)
 
 頭を殴られたような衝撃を受ける。

 バルナバーシュはレネが癒しの力を使ったことがショックで、そればかりにしか頭がいってなかったが、本来ならばそちらに焦点を当てなければいけなかったと、自分の至らなさを後悔する。

 
「お前は結局ボリスを救ったじゃねえか」
 
「あんなの、ボリスを死なせたくなかった癒しの神の気まぐれです!! オレは自分の無力さを痛感しています。バルトロメイとの決闘に勝っていい気になってましたが、まだまだルカの足元にも及ばない…………オレは、この手でボリスを守りたかった。——こんな時間に非常識だとは思いますが、手合わせをお願いしていいですか。宜しくお願いしますっ!!」

 そう言うとレネは姿勢を正し、深く頭を下げた。


「——いいだろう。俺もちょうどルカがいなくて身体が鈍ってたところだ」
 
 バルナバーシュは、ちょうど手入れのために横に置いていた自分の剣を手に取った。


(危ねえな……俺まで平和ボケしてたとは……)

 いつもの自分だったら、癒し手に庇われるとは何事だと言ってレネを徹底的に鍛え直していたはずだ。
 
 今回、色々な出来事が重なってバルナバーシュは己の役割を見失っていた。
 それをまさか、レネから正されるとは思ってもいなかった。


「——こっちに来い」

 バルナバーシュは自分の剣を手に取り応接間を出て、そのまま書斎を通り越して寝室へと進んだ。

「……え? こっちは……」

 外の鍛練所に行くとばかり思っていたレネは、まだ足を踏み入れたことのないバルナバーシュの寝室に入ることを戸惑っている。


「テメェが頼んどいて、なに尻込みしてんだよ。ほら、さっさと来い!」

 ルカーシュしか入れたことのない場所へと、レネを招き入れる。



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