380 / 487
4章 癒し手を救出せよ
26 訪問者
しおりを挟む
◆◆◆◆◆
夕食の時間になっても食堂に下りてこないので、バルナバーシュは心配になってレネの部屋へと様子を見に行った。
どちらが癒し手か白状するように拷問まがいの行為を受けたことは聞いていた。
その内容はボリスたちの様子からだいたい想像はつく。
だからバルナバーシュは心配だった。
周りから見たらそうダメージを受けていなさそうでも、性的に踏みにじられると後を引き摺る。
十年以上それを引き摺っていた人物が身近にいるだけに、レネの様子を気に留めておかなければならない。
あの時……ルカーシュの側にいてやれなかったことを今でも後悔している。
部屋に鍵は掛かっておらずドアを開けると、レネは長椅子で横になって眠っていた。
思いつめて自分を責めていたらと心配していたので、バルナバーシュはその姿を確認すると、自然と肩の力が抜けていく。
近付いても起きる気配はない。
(熟睡してやがる……)
ここに帰って来るまでの出来事を思えば、不用心だと注意する気も失せる。
あどけない寝顔は、子供の頃から全く変わらない。
こんな天使のような姿を見ていたら、神々から愛される存在だというのも頷ける。
あの日記帳の内容や『復活の灯火』がレネを探しているという事実が浮かんできても、まだ心のどこかで、奴等の言っている『契約者』の存在なんて嘘っぱちだったらいいのにと思っていた。
だがレネは、癒し手でもないのに癒しの力を使い、癒し手の中でも上位に位置するボリスよりも大きな力を使ったという。
レネがレナトスの生まれ変わりなのなら、この地に残っている癒しの神の力が使えるのは当然だ。
成長と共にレナトスとしての能力が目覚めてきているのかもしれない。
もう現実逃避はできない。
残酷な現実を突きつけられ、バルナバーシュは眉間に皺を寄せたまま俯いた。
こんな細い両肩に、西国三国の運命を左右するような未来が掛かっているなんて……。
(レネ……)
我が子をこの腕に抱きしめたいのだが、その欲求をグッと押しとどめる。
自分の役割は一歩引いた場所から、状況を冷静に見極めることだ。
バルナバーシュはそう自分に言い聞かせ、一度目を瞑る。
「——おい、いつまで寝てるんだ。飯の時間だぞ」
「……ふぇ? だ、団長っ!? すっすいませんっ!!」
バルナバーシュが目の前にいたので、レネは慌てふためくと、すぐさま長椅子から立ち上がり身支度を整える。
「すぐに来いよ」
「はいっ!!」
階段を下りながら、バルナバーシュは考える。
今日の食事は、二人しかいない。
いつも二人の時の食事は、会話が弾まない。
こういう時に馬鹿な話題を振って来る、ルカーシュのありがたさが身に沁みる。
(これから生まれて来る孫への贈り物について、二人で考えるか……)
暗い未来について考えるよりも、明るい未来の話をしたい。
いつかレネの問題が解決して、明るい未来が開けるようにと……バルナバーシュは願わずにはいられない。
「…………」
レネと二人っきりの夕食を終え私室に戻り、武器の手入れをしていたのだが、どうも気分が落ち着かない。
本来なら自分の隣に座っている存在が、今夜はいない。
それも一緒に行動している相手が相手なだけに、心配ばかりしてしまう。
コンコン。
書斎の方からノックの音が響く。
「誰だ?」
『……レネです。お願いがあって来ました』
「——入って来い」
(こんな時間に?)
夕食の時の朗らかな雰囲気とは一変して、レネは神妙な面持ちで応接間の方へと入って来た。
腰に差してあるものを見てバルナバーシュは眉を顰める。
「なんだ、急に……」
「——団長、オレはあの日……殺される両親を、納戸の中から指を咥えて見ていました。家族を守ることができなかった自分が悔しくて、強くなろうと思ったのに、今回……義兄になるボリスを守るどころか……逆に庇われて死なせてしまうところでした」
(……こいつ……)
頭を殴られたような衝撃を受ける。
バルナバーシュはレネが癒しの力を使ったことがショックで、そればかりにしか頭がいってなかったが、本来ならばそちらに焦点を当てなければいけなかったと、自分の至らなさを後悔する。
「お前は結局ボリスを救ったじゃねえか」
「あんなの、ボリスを死なせたくなかった癒しの神の気まぐれです!! オレは自分の無力さを痛感しています。バルトロメイとの決闘に勝っていい気になってましたが、まだまだルカの足元にも及ばない…………オレは、この手でボリスを守りたかった。——こんな時間に非常識だとは思いますが、手合わせをお願いしていいですか。宜しくお願いしますっ!!」
そう言うとレネは姿勢を正し、深く頭を下げた。
「——いいだろう。俺もちょうどルカがいなくて身体が鈍ってたところだ」
バルナバーシュは、ちょうど手入れのために横に置いていた自分の剣を手に取った。
(危ねえな……俺まで平和ボケしてたとは……)
いつもの自分だったら、癒し手に庇われるとは何事だと言ってレネを徹底的に鍛え直していたはずだ。
今回、色々な出来事が重なってバルナバーシュは己の役割を見失っていた。
それをまさか、レネから正されるとは思ってもいなかった。
「——こっちに来い」
バルナバーシュは自分の剣を手に取り応接間を出て、そのまま書斎を通り越して寝室へと進んだ。
「……え? こっちは……」
外の鍛練所に行くとばかり思っていたレネは、まだ足を踏み入れたことのないバルナバーシュの寝室に入ることを戸惑っている。
「テメェが頼んどいて、なに尻込みしてんだよ。ほら、さっさと来い!」
ルカーシュしか入れたことのない場所へと、レネを招き入れる。
夕食の時間になっても食堂に下りてこないので、バルナバーシュは心配になってレネの部屋へと様子を見に行った。
どちらが癒し手か白状するように拷問まがいの行為を受けたことは聞いていた。
その内容はボリスたちの様子からだいたい想像はつく。
だからバルナバーシュは心配だった。
周りから見たらそうダメージを受けていなさそうでも、性的に踏みにじられると後を引き摺る。
十年以上それを引き摺っていた人物が身近にいるだけに、レネの様子を気に留めておかなければならない。
あの時……ルカーシュの側にいてやれなかったことを今でも後悔している。
部屋に鍵は掛かっておらずドアを開けると、レネは長椅子で横になって眠っていた。
思いつめて自分を責めていたらと心配していたので、バルナバーシュはその姿を確認すると、自然と肩の力が抜けていく。
近付いても起きる気配はない。
(熟睡してやがる……)
ここに帰って来るまでの出来事を思えば、不用心だと注意する気も失せる。
あどけない寝顔は、子供の頃から全く変わらない。
こんな天使のような姿を見ていたら、神々から愛される存在だというのも頷ける。
あの日記帳の内容や『復活の灯火』がレネを探しているという事実が浮かんできても、まだ心のどこかで、奴等の言っている『契約者』の存在なんて嘘っぱちだったらいいのにと思っていた。
だがレネは、癒し手でもないのに癒しの力を使い、癒し手の中でも上位に位置するボリスよりも大きな力を使ったという。
レネがレナトスの生まれ変わりなのなら、この地に残っている癒しの神の力が使えるのは当然だ。
成長と共にレナトスとしての能力が目覚めてきているのかもしれない。
もう現実逃避はできない。
残酷な現実を突きつけられ、バルナバーシュは眉間に皺を寄せたまま俯いた。
こんな細い両肩に、西国三国の運命を左右するような未来が掛かっているなんて……。
(レネ……)
我が子をこの腕に抱きしめたいのだが、その欲求をグッと押しとどめる。
自分の役割は一歩引いた場所から、状況を冷静に見極めることだ。
バルナバーシュはそう自分に言い聞かせ、一度目を瞑る。
「——おい、いつまで寝てるんだ。飯の時間だぞ」
「……ふぇ? だ、団長っ!? すっすいませんっ!!」
バルナバーシュが目の前にいたので、レネは慌てふためくと、すぐさま長椅子から立ち上がり身支度を整える。
「すぐに来いよ」
「はいっ!!」
階段を下りながら、バルナバーシュは考える。
今日の食事は、二人しかいない。
いつも二人の時の食事は、会話が弾まない。
こういう時に馬鹿な話題を振って来る、ルカーシュのありがたさが身に沁みる。
(これから生まれて来る孫への贈り物について、二人で考えるか……)
暗い未来について考えるよりも、明るい未来の話をしたい。
いつかレネの問題が解決して、明るい未来が開けるようにと……バルナバーシュは願わずにはいられない。
「…………」
レネと二人っきりの夕食を終え私室に戻り、武器の手入れをしていたのだが、どうも気分が落ち着かない。
本来なら自分の隣に座っている存在が、今夜はいない。
それも一緒に行動している相手が相手なだけに、心配ばかりしてしまう。
コンコン。
書斎の方からノックの音が響く。
「誰だ?」
『……レネです。お願いがあって来ました』
「——入って来い」
(こんな時間に?)
夕食の時の朗らかな雰囲気とは一変して、レネは神妙な面持ちで応接間の方へと入って来た。
腰に差してあるものを見てバルナバーシュは眉を顰める。
「なんだ、急に……」
「——団長、オレはあの日……殺される両親を、納戸の中から指を咥えて見ていました。家族を守ることができなかった自分が悔しくて、強くなろうと思ったのに、今回……義兄になるボリスを守るどころか……逆に庇われて死なせてしまうところでした」
(……こいつ……)
頭を殴られたような衝撃を受ける。
バルナバーシュはレネが癒しの力を使ったことがショックで、そればかりにしか頭がいってなかったが、本来ならばそちらに焦点を当てなければいけなかったと、自分の至らなさを後悔する。
「お前は結局ボリスを救ったじゃねえか」
「あんなの、ボリスを死なせたくなかった癒しの神の気まぐれです!! オレは自分の無力さを痛感しています。バルトロメイとの決闘に勝っていい気になってましたが、まだまだルカの足元にも及ばない…………オレは、この手でボリスを守りたかった。——こんな時間に非常識だとは思いますが、手合わせをお願いしていいですか。宜しくお願いしますっ!!」
そう言うとレネは姿勢を正し、深く頭を下げた。
「——いいだろう。俺もちょうどルカがいなくて身体が鈍ってたところだ」
バルナバーシュは、ちょうど手入れのために横に置いていた自分の剣を手に取った。
(危ねえな……俺まで平和ボケしてたとは……)
いつもの自分だったら、癒し手に庇われるとは何事だと言ってレネを徹底的に鍛え直していたはずだ。
今回、色々な出来事が重なってバルナバーシュは己の役割を見失っていた。
それをまさか、レネから正されるとは思ってもいなかった。
「——こっちに来い」
バルナバーシュは自分の剣を手に取り応接間を出て、そのまま書斎を通り越して寝室へと進んだ。
「……え? こっちは……」
外の鍛練所に行くとばかり思っていたレネは、まだ足を踏み入れたことのないバルナバーシュの寝室に入ることを戸惑っている。
「テメェが頼んどいて、なに尻込みしてんだよ。ほら、さっさと来い!」
ルカーシュしか入れたことのない場所へと、レネを招き入れる。
48
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
釣った魚、逃した魚
円玉
BL
瘴気や魔獣の発生に対応するため定期的に行われる召喚の儀で、浄化と治癒の力を持つ神子として召喚された三倉貴史。
王の寵愛を受け後宮に迎え入れられたかに見えたが、後宮入りした後は「釣った魚」状態。
王には放置され、妃達には嫌がらせを受け、使用人達にも蔑ろにされる中、何とか穏便に後宮を去ろうとするが放置していながら縛り付けようとする王。
護衛騎士マクミランと共に逃亡計画を練る。
騎士×神子 攻目線
一見、神子が腹黒そうにみえるかもだけど、実際には全く悪くないです。
どうしても文字数が多くなってしまう癖が有るので『一話2500文字以下!』を目標にした練習作として書いてきたもの。
ムーンライト様でもアップしています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
はじまりの朝
さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。
ある出来事をきっかけに離れてしまう。
中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。
これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。
✳『番外編〜はじまりの裏側で』
『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。
俺にとってはあなたが運命でした
ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会
βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂
彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。
その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。
それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
貴族軍人と聖夜の再会~ただ君の幸せだけを~
倉くらの
BL
「こんな姿であの人に会えるわけがない…」
大陸を2つに分けた戦争は終結した。
終戦間際に重症を負った軍人のルーカスは心から慕う上官のスノービル少佐と離れ離れになり、帝都の片隅で路上生活を送ることになる。
一方、少佐は屋敷の者の策略によってルーカスが死んだと知らされて…。
互いを思う2人が戦勝パレードが開催された聖夜祭の日に再会を果たす。
純愛のお話です。
主人公は顔の右半分に火傷を負っていて、右手が無いという状態です。
全3話完結。
囚われ王子の幸福な再婚
高菜あやめ
BL
【理知的美形宰相x不遇な異能持ち王子】ヒースダイン国の王子カシュアは、触れた人の痛みを感じられるが、自分の痛みは感じられない不思議な体質のせいで、幼いころから周囲に忌み嫌われてきた。それは側室として嫁いだウェストリン国でも変わらず虐げられる日々。しかしある日クーデターが起こり、結婚相手の国王が排除され、新国王の弟殿下・第二王子バージルと再婚すると状況が一変する……不幸な生い立ちの王子が、再婚によって少しずつ己を取り戻し、幸せになる話です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる