菩提樹の猫

無一物

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4章 癒し手を救出せよ

23 突然の急降下

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 ルカーシュが出かけたので、今夜はバルナバーシュとの二人っきりの夕食だ。

 三人の時は、バルナバーシュとルカーシュの間で仕事の延長線のような話題や、団の中で気になることはないかと訊かれたりと、食事中の話題には事欠かない。

 だが、バルナバーシュと二人っきりの時は、毎回なにを話していいかわからず会話が続かないことが多かった。

 今回も微妙な空気の中で食事が行われるのかと思いきや、実際は違った。

「お前は男の子と女の子……どっちだと思う?」
 
「え……?」

「生まれて来る子供だよ」
 
「あーー姉ちゃんのですか?」 
 
 まさかそんな話題になると思ってもいなかったので、間抜けな返事をしてしまった。

「二人の子供ならどっちも可愛いかな~~って。でも男の子だったらボリスみたいに背が高くなって、女の子だったら……ボリスみたいに整った顔だったらきっと美人だよな……あれ……それじゃあ姉ちゃんの要素がないな……ダメだ……」

「アネタが聞いたらぷりぷり怒り出しそうだな」
 
 バルナバーシュは呆れた顔をして笑うが、どこかいつもより顔が緩んで見える。

(あれ……!? もしかして、団長も……孫が生まれるのが楽しみで仕方ないのかっ!?)

 レネは知っている。
 こう見えても、バルナバーシュは子供が大好きだ。

 子供は、相手が子供好きかをすぐに見抜く。
 人見知りの子どもだったレネだって、日常雑貨屋に来る常連のバルナバーシュに、親さえ吃驚するほど懐きまくっていた。


「ボリスは長めの休みをとらせ、俺もルカが帰って来たらジェゼロに向かう。身内で子供が生まれるなんて初めてだからな、アネタはなにが喜ぶと思うか?」

 どうやらバルナバーシュは、父親としてこれから母親になる娘へなにを贈ればいいのか悩んでいるようだ。

「そんなのゲルトにこっそり訊いてみたらいいんじゃないですか?」

「確かにな。あそこは子供が二人いるしな……」
 
 鹿肉のローストにナイフを入れながら、バルナバーシュは真剣に考え込んでいる。

「洋服は姉ちゃんが自分で作ると思うし……後は揺り籠とかかな……? 姉ちゃんもまだ仕事は普通に続けてるみたいだし、そこまで買い揃える時間もまだないんじゃないかと思います」

「……揺り籠だったら、男か女かも関係ないな。ハヴェルにいいものを揃えられる商人がいないか当たってみるか……」
 
 商売人のハヴェルならその辺は詳しそうだ。

「あの……オレもあっちに行く暇ないし、商人の人が来たら、贈り物について相談させて下さい」

「お前も叔父さんになるもんな」
 
「団長もお祖父ちゃんですね」
 
 二人で顔を見合わせニマニマと笑う。
 他の団員が団長のこんなに緩みまくった笑顔を見たら、きっと腰を抜かすだろう。



 だが……心の中でもう一人の自分が、「このままでいいのか?」と違和感を訴える。



 思いのほか会話の弾んだ食事を終え、レネは部屋に戻って来ると、後回しにしていた風呂の準備をはじめた。
 浴槽にお湯を落としながら、着替えを準備する。
 二日ぶりの風呂なのでゆっくり湯に浸かりたかった。
 ハーブソルトをお湯に溶かすと、いい香りが浴室中に広まった。


 しかしせっかくバルナバーシュとの食事で嬉しい気持ちになり、これから湯に浸かってリラックスしようと思っていたのに、自分の裸を見た途端気分が急降下していく。

 髪や身体を洗っているうちに、男たちに嬲られた悍ましい記憶が蘇り、ゴシゴシとスポンジで身体を擦った。

「クソっ……」
 
 だが何度も強く擦ってもその感覚は消えず、レネは自分の身体を抱きしめタイルの床に座り込んだ。
 膿んだ傷のような熱が身体の中で燻りはじめ、一切の感覚を殺すため冷水のシャワーを頭から被った。

 
『……レネっ、風呂か?』
 
 部屋の方から聞きなれた声が聞こえてくる。
 
 普段一緒に大浴場の風呂に入っているので、レネが自室で風呂に入っていようとも遠慮などなく、その人物がガシガシと浴室の中へと入って来た。

「おいっ! お前なにやってんだよ!!」
 
 浴室の床に座り込み冷水を頭から浴びているレネを見つけ、バルトロメイは声を怒らせ、シャワーを止めると、無理矢理その身体を引き摺って、浴槽の中へと投げ入れた。

 勢いよく入ったので、お湯が三分の一ほど外に零れてしまった。
 
「……なんだよ急に入って来て……」
 
 お湯に浸かり、ジンジンと手足に感覚が戻ってくる。
 
「風邪引くだろうが!」
 
 バルトロメイは蛇口を捻ってお湯を足しながら、冷たい水を被って冷え切っている頭にも手桶でバシャバシャとお湯を掛けて温める。

 髪の毛も温かなお湯を滴らせるようになるとバルトロメイは満足し、今度は脱衣所に置いてあったタオルを持って来て犬でも洗った後の様にガシガシとレネの髪の毛を拭くと、肩までつく髪をまとめてタオルで包み、ターバンのように頭に巻きつけた。

「…………」
 
 レネはいきなりやって来た訪問者に圧倒され、されるがままだ。

「温まったか?」
 
「……うん……」

「お前はいっつも一人で抱え込むよな……」

 どうやらバルトロメイは、レネが男たちに嬲られた時のことを思い出して、沈み込んでいる所までお見通しだったようだ。
 

 他の男たちに触れられて、一つ気付いたことがあった。

「お前にやられた時は、吃驚して悔しかったけど……気持ち悪くはなかった」
 
「……!?」
 
 バルトロメイが驚いた顔をしてレネを見ている。

 全く知らない男たちに嬲られて、初めてバルトロメイの時との比較することができた。

「触って来た奴の手が、気持ち悪くて仕方なかったのに……オレは…………どうせお前も外から見てたんだろ?」

 男たちにされた行為も最悪だったが、一番許せないのは、快感に流されてしまった自分の身体だ。
 男たちの無数の目が蠢く虫のように肌の上を這いまわっていた光景を思い出すだけで、吐き気がこみ上げて来るのに、それに伴う感覚は紛れもなく快感だった。
 
 その姿を、ボリスやバルトロメイにも見られてしまった。
 自分が卑しい生き物へと貶められ、嬌声を上げて吐精するところを晒すなんて、生き恥以外のなにものでもない。

「うーーーーっ……」
 
 嫌悪と羞恥と快感の入り混じったあの悍ましい感覚が蘇り、レネは自分の肌に思いっきり爪を立て掻き毟った。
 
「おい……やめろっ……」
 
 バルトロメイが後ろから手首を掴み自傷行為を止めるが、喉から胸元にかけて血を滲ませた赤い傷痕が幾つか走っていた。

「離せっ!! 離せよっ!!」
 
「ダメだ! 離さない!!」

 レネとバルトロメイの間には抗いようもない体格差が存在する。
 先ほどルカーシュから羽交い絞めにされた時も取り乱したが、この男はルカーシュと違い過去にレネを強姦しようとした過去がある。
 そのことについては、しっかりやり返して水に流していたが、やはり恐怖心は拭いきれない。

 それに今、レネは全裸だ。
 裸で自由を奪われることがどれだけ恐しいか、昨日の夜に知ったばかりだ。

 いくらバルトロメイがレネに剣を捧げたとは言え、今は明らかに、バルトロメイが強者で、レネは弱者でしかない。

 身体は正直にカタカタと震える。
 

「一人で抱え込むな。忘れられないなら……俺が書き換えてやる」
 

 

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