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4章 癒し手を救出せよ
18 ゾタヴェニ
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「ボリスっ……ボリスっ……」
ボリスから命の火が消えようとするのを目の前に、レネはその身体を支えるバルトロメイの横から寄り添う。
力いっぱい抱きしめたくとも、手錠のせいで抱きしめることもままならない。
(——神さまっ……どうか……ボリスを助けて……)
レネは今まで一度も祈ったこともない、神に呼びかけた。
□□□□□
たなびくように緩やかな……弦楽器を奏でる音が聴こえる。
今まで生きてきた中で、こんなに美しい音楽を耳にしたことがない。
キラキラと光る泉では、羽を生やした生き物たちが戯れている。
その身体は半分透けていて、シャボン玉のように虹色の光を反射させていた。
レネは本能的にここが地上ではないことを知る。
(ここは……?)
『——愛しい子……』
幾つもの声が重なったような……五感全てに訴えかけてくるそれは……音であり、味であり、触感であり、香りであり、視覚であった。
(……これが……神の声か……)
レネは直感的にそう思う。
声一つ受けとるだけでも、五感を総動員させなければならないほど、神の存在は偉大なのだ。
生きている次元が違うとは、正にこのことだ。
いつの間にか眩い光が目の前に現れ、それは虹色に光っているのだが、レネの目に届くまでに緑色に変化する。
その光の中に人の顔が見えた。
(あれ……? どこかで見たことがあるような……)
強い郷愁に駆られ、涙腺が壊れたかのように涙が止まらない。
『——やっと私を頼ってくれた……』
□□□□□
身体の奥から湧いて来る緑の強い光がレネの両手へと流れ、山吹色の光となり手の平から迸った。
「レネっ……この光は!?」
隣にいたバルトロメイが、レネの突然の変化に驚嘆の声を上げる。
「……癒しの光……」
敵を倒し終え、いつの間にか小屋へと入って来ていたゼラが呟いた。
レネ自身もその力に驚きながら、この感覚が初めてではないことに気付く。
自分の身体を通り道とし、ボリスへと光を注ぐと、あっという間に傷が塞がっていった。
「——よかった……」
ボリスの心臓に手を当て、正常に動いていることを確認すると、レネの顔には自然と安堵の笑みがこぼれる。
「おいっ!! 大丈夫かっ!?」
フッと目の前が暗くなり、バルトロメイが慌てて身体を支えるが、レネはそのまま意識を失った。
◆◆◆◆◆
「——いったい……なにが……!?」
遂に死が迎えに来たかと思っていたのに、いきなり明るい光に包まれる。
その光は、ボリスが慣れ親しんでいたゾタヴェニの癒しの力だった。
瞼を開くと、バルトロメイの腕の中で意識を失うレネの姿が飛び込んできた。
「ボリス、大丈夫か?」
自分の血まみれの身体を、後ろからゼラが支えてくれていた。
「……これは……どういう……」
剣に貫かれたはずの腹を擦ると、綺麗に傷が塞がっている。
「レネの手から、黄色い光があふれ出て、ボリスの傷を塞いでいったんだ」
後ろで様子を見ていたらしいゼラが答える。
「まさか……癒しの力が働いたのか……?」
支えてくれていたゼラから身体を離し、自分の足で立ち上がり身体の状態を改めて確かめる。
(でも、おかしい……)
床は血の海になっているのに、ボリスには貧血の症状は見られない。
普通、癒しの力では傷は塞げても失った血までは戻ることはない。
だから大抵の場合、傷を治しても起き上がることさえままならないはずだ。
しかし自分は自分の足で立ち上がることができる。
それも傷を塞いだのは、癒し手でもないレネだというのだ。
「うそだ……」
ますます信じられずに、思わず声がでる。
「今まで力を使えなかった人間が、急に力を使えるようになることはあるのか?」
それを聞いていたゼラが、ボリスに質問を投げかけてきた。
「——私は……そんなの聞いたことがない。それに、もし力を使えたとしても……こんな急に大怪我を治すことなんてできないはずだ……」
「詳しく説明してくれないか?」
バルトロメイが、自分の外套を上半身裸のままのレネに着せながら説明を求めた。
「……ああ」
まだ困惑がおさまらないまま、ボリスは癒しの力について大雑把に二人に話しはじめる。
神の力は人間の経路を通じて再現される。
経路は人間の肉体にある器官ではない。
目には見えない魂に宿る道のようなものだと思えばよい。
この地上に生を受けた時、人間は太く開かれていた神との経路を持っているが、現実世界との結びつきが大きくなるにつれ、段々と細くなって、ほとんどの人間から消失してしまう。
だから癒し手たちは神との経路を太く保つために毎日瞑想し、その力を享受できるように努める。
レネは当然そんな訓練をしていない。
癒しの力が使える人物であったとしても、訓練もなしに経路を無理矢理開いて神の力を使ったならば、脆弱な経路が焼き切れて、死に至ってしまう。
癒し手にも個人差があり、経路の太さにより治せる傷の大きさも変わって来る。
生死に関わる大きな怪我は、ほんの一握りの癒し手たちしか癒すことができない。
それも、貧血までも治し、元の健康な状態へとボリスの身体を復元しているのだ。
「修行もせずこんなことをしたら、普通の人間は癒しの神の力に耐えきれず死んでしまう。生きていたとしても、発狂して正気ではなくなる」
ボリスも何度か力を暴発させた未熟な癒し手たちを見てきたが、目は血の気走り、口からはダラダラと涎を垂らして、とても正常には見えなかった。
それなのに……バルトロメイの腕の中に居るレネは、意識こそ失っているが、呼吸と体温も変わりなく、ただ深い眠りについているようだ。
「レネは癒し手なのか?」
バルトロメイが、まだボリスさえも答えを出せない問いを口にする。
「……癒しの力を使ったのは確かだ。だが……私は本当に死の一歩手前まで来ていた。お前も以前同じような怪我をした時に私の治療を受けただろ?」
ボリスはレネを懸けて決闘した時の出来事をバルトロメイに思い出させる。
「……ああ。あの時は傷が塞がっても貧血で丸一日ぶっ倒れてたな」
「普通はそうだ。だが、私はこんなに失血したはずなのにピンピンしている」
「……!?」
「じゃあ……レネは……」
言葉を失うバルトロメイの代わりに、ゼラが言葉を引き継ぐ。
「……私よりももっと大きな力を使っている。修行もなしにこんな力を使う癒し手なんて聞いたこともない……団長報告するまでこのことは口外しない方がいいだろう」
「……そうだな」
「ああ、わかった」
この出来事は、とてもではないが自分たちで解決できる範疇を越えていた。
下手をするとシエトにまで報告しなければならないかもしれない。
夜も明けようとした頃、カレルとエミルが村へとやって来た。
他の団員たちは徒歩なのでポビート村に留まるように言ってあるそうだ。
まだ目を覚まさないレネと、血だらけの服を纏っているボリスについて、この任務の責任者であるカレルは説明を求めたが、打ち合わせ通り三人は団長に直接説明するとして黙秘を貫く。
死体から鍵を探したが見つからず、ボリスとレネの手首にはまだ鉄の頑丈な手枷が嵌ったままだ。
カレルとエミルは、それぞれになにがあったかを想像し顔を顰めると、それ以上訊いてくることはなかった。
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