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4章 癒し手を救出せよ
8 どうか無事で
しおりを挟む◆◆◆◆◆
「じゃあ、レネとボリスはその男たちに連れ去られたのか?」
エミルは人の早歩きくらいのスピードで進む隊商を後ろから必死に追いかけて、やっと殿を務めるバルトロメイの所まで辿り着くことができた。
「相手は十人近くいたと思う。レネさんが咄嗟に叫んでくれたお陰で、俺だけ逃げ出せたけど、二人は幌馬車ごと反対方向に拉致された……」
突然幌馬車の中に運び込んだ怪我人とその連れがボリスとレネに刃物を向け、いつの間にか出て来た男たちが幌馬車を囲もうとしていた。
『エミルっ罠だっ、逃げろっ……ぐっ……!!』
あの時レネが声をかけてくれなかったなら、エミルはここに辿り着いて助けを呼びに来ることもできなかっただろう。
最後の方で聞こえた苦痛に呻くが耳に残って離れない。
(レネさん……無事でいるといいけど……)
初っ端からあんな扱いをしていたのだ、儚い願いだとはわかってはいるが願わずにはいられない。
「わかった。まだ任務中だ、すぐに自分の位置に戻れ。カレルには俺が伝えておく」
「えっ!? すぐにレネさんたちを助けに行かないのか?」
想定外の言葉が返ってきて、思わずエミルはバルトロメイに聞き返す。
エミルとしては、仲間を連れてすぐにでも引き返しレネたちを助けに行くつもりでいたのに……。
「今は任務中だろ」
(レネさんが大変な目に遭ってるってのになにを言っているんだコイツはっ!)
「——あんたは、レネさんの騎士じゃないのかよっ!」
(菩提樹の下で行われた、あの誓いは一体なんだったんだ)
エミルは非難するようにバルトロメイを睨み、怒りをぶつける。
まさかレネに剣を捧げた男が、こんな馬鹿みたいなことを言いだすと思ってもいなかった。
主の危機を知り我先にと救いに行くと思っていたのに……。
「俺とレネは主従関係にあるが、その前にリーパの団員だ。任務を蔑ろにはできない。それにもうしばらくしたらザトカに到着する。着いたらすぐに救助に向かう」
「レネさんのことを一番に考えているとばかり思ってたのに……」
エミルは意気地のない騎士に失望の目を向ける。
「…………」
バルトロメイは悔しいのだろうか、ギリギリと歯を噛み締めているが、だったらすぐにでもレネの所へ飛んでいけよと、エミルは心の中で吐き捨てる。
そうこうしている間に、最前列から一頭の馬がこちらに向かって来るのが見えた。
騎乗しているのは、赤い髪の男だ。
「——カレルさんっ!」
「なにがあった?」
後ろが騒がしいので、最前列にいたカレルが何事かと様子を見に来た。
彼がこの任務の責任者なのでなにかあればすぐに対応することになっている。
この赤毛の男は一見飄々として見えるが、中身は真面目で仕事にも厳しい。
腕の立つ槍使いでもあり、野外戦が想定される長距離移動の護衛には必ず選ばれる。
「レネとボリスが先ほどの男たちに幌馬車ごと拉致されましたっ! あの怪我は嘘だったんです」
エミルは、後で入って来たバルトロメイにはタメ口だが、先輩のカレル相手には敬語だ。
「クソ……俺らはまんまと騙されたのか。——エミルお前が幌馬車の御者だったはずだろ?」
「はい。でも早い時点でレネさんが逃がしてくれたので無事でした。相手は十人近くいたので、二人で逃げ出すのは難しいと思います」
「そうか……すぐに逃げ出したのは良い判断だ。団長が言っていた癒し手を嗅ぎまわっている連中かもしれねえな……ボリスを人質に取られたらレネも抵抗できねえだろうな……」
カレルが顔を曇らせて呟く。
エミルが一番心配している所はそこだ。
レネ一人だったら何とか逃げ出すことができるかもしれないが、戦力としてはそこまでではないボリスが一緒となると難しいだろう。
(……無事だといいけど……)
「……本当の怪我じゃなかったとしたら、癒しの力は発動しないはずだ。団員以外、癒し手の顔なんて知らない。……だったら連中はボリスとレネ、どちらが癒し手か区別がついてないな」
(そうなのか……)
カレルはエミルやバルトロメイよりも在籍が長いせいか、癒し手についてもよく知っている。
エミル一人だったらそんなことさえも、思いつかない。
「……じゃあ……奴らは今ごろ……どっちが癒し手か二人に訊いてるんだな」
バルトロメイが眉間に皺を寄せ呟く。
相手が護衛団とわかっていながら襲撃するような男たちが、手荒な真似をしないわけがない。
きっと拷問に近い尋問が行われるだろう。
想像しただけでも胸糞悪くなってくる。
「……ボリスだけだったらもっと状況は絶望的だったが、まだ最悪じゃない」
(なんだと……?)
カレルはレネが巻き込まれて良かったと言っているのか?
その言葉に怒りがこみ上げてくるのは、まだ自分が未熟なせいだ……そうエミルは思う。
もし巻き込まれたのがレネではなくバルトロメイだったら……まだボリス一人ではないので絶望的な状況ではないと……素直に思えているはずだ。
真剣を使った決闘でレネはバルトロメイに勝利している。
今回の任務に参加している団員の中ではゼラの次に強いかもしれない。
だがレネの場合は……どうしてもプラスに考えることができない。
どこかで……エミルは男にしては可憐なレネの外見に惑わされている。
レネが捕えられて、敵から理不尽な暴力を受けているかもしれないと考えるだけでも、頭の中では……口には出せないとんでもない事態を想像してパニックになっている。
だからカレルのように……レネを単純な戦力として頭で計算することができない。
だからバルトロメイのように……自分の主が拉致されたというのに、任務中だからという理由でそのまま任務を遂行することなんてできない。
冷静な判断ができる二人は自分よりも大人だし、凄いと思うが、自分はそんな人間になりたくないと……心のどこかで思っている。
「——ザトカに着くまでは助けに行けないんですか?」
自分だけ逃がされたのは、助けを呼んで来てくれということでもある。
だからエミルは必死に食らいついた。
バルトロメイとの決闘でレネの雄姿を見てからというもの、レネのことを心から尊敬して慕っている。
そんな彼を放ってはおけない。
「任務を優先させるのが決まりだ。——でも、今回は違う。癒し手が攫われた時だけは緊急事態だ。ウチの三人は別に神殿から派遣されているわけじゃないが、攫われたとなると話は別だ。大問題になっちまう」
意外な答えにエミルは驚く。
バルトロメイの様な反応だと思っていたら、想像とは全く違う理由だったが、どうやらすぐにこの事態に対処するようだ。
(そんなに癒し手は重要な存在なのか……)
レネを救い出すことしか頭になかったので、申し訳ないがボリスのことをすっかり忘れていた。
「だったら、自分も一緒に行かせてくださいっ!」
エミルは最初っからそのつもりだったのですぐに名乗り出る。
「いや、お前は足手纏いだ。逃げ帰って来るのが精一杯だったろ?」
「ッ……」
カレルから事実を突きつけられ、エミルは言葉を詰まらせる。
エミルは入団から一年以上経ち、こうやって本格的な護衛にも参加できるようになったが、まだまだ他のベテラン団員たちに比べるとひよっこだ。
改めて自分の無力さと向き合い、大好きなレネと離れてまでも強くなることを選んだヴィートは、同期の自分やアルビーンと比べ別格の存在だったと思う。
(俺も……強くならなきゃ……)
「バルトロメイ、ゼラを前から呼んで来るから、二人で救出に向かえ。俺たちは任務を終了させてから合流する。伝言があればポビート村に残しといてくれ」
「——わかった」
バルトロメイが頷く。
今いる戦力の中でも最強の人選に、この事態をどれだけカレルが深刻に考えているかが窺える。
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