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4章 癒し手を救出せよ
4 計画
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エゴールは農家の納屋の窓から、明々と光る隊商の野営地を観察する。
小雨が降ってきたので、屋根のある丁度いい見張り場所が見つかってよかった。
リーパの護衛たちは夜でも寝ずの番をするのだろう、二人一組で荷馬車の周りを囲むように立って見張りを行っている。
エゴールはここまで辿り着くのにも、干し草の中から針を探すような苦労をした。
思い出すだけでも、苦い笑いが口元に浮かぶ。
◇◇◇◇◇
メストの街中で、リーパ護衛団の元関係者たちを探し出して、癒し手について話を訊いたのだが芳しい答えは得られなかった。
一つだけわかったのは、大人数の護衛に当たる時は必ず癒し手も同行するということだけだった。
(大人数で行う護衛とは……)
エゴールは頭を捻って考えた。
王族たちの護衛は王国騎士団が担当する。
メストには連れ込めないが、貴族たちも自領では自前の騎士団か私兵を持っている。
では、大規模な護衛が必要なのはどんな人々だ?
簡単に思いつくのは、商人たちだ。
金という武器しか持っていない彼らは、金で護衛を雇うしかない。
祖国のヒルスキーでも、街道を護衛を付けて移動する隊商を何度か目撃したことがある。
遠くまで物を売り歩きに行く商人へ訊いてみたらなにか情報を得られるかもしれない。
だが、メストのどこにそんな商人が集まっているのか見当もつかない——だったらその商品を乗せる荷馬車の御者たちだったら、なにか知っているかもしれない。
メストを流れるドゥーホ川の河川敷には船着き場があり、その周辺には倉庫が立ち並び、倉庫の前には船に積載する荷物を運んで来た荷馬車が多く集まって来る。
荷物を下ろして河川敷の空き地で御者たちが腰を下ろし煙草を吸いながら休憩していた。
エゴールは倉庫で働く人夫の振りをして、煙草を懐から出して輪の中へと入って行く。
「旦那たちはいつもここに荷物を運びにくるんですかい?」
エゴールはわざと喋り方を変えて男たちに話しかける。
「——お前さん東国訛りがあるが……」
「へい。隣国のオゼロから出稼ぎに来たばかりでして、まだドロステアの事情がよくわからんのです」
本当はヒルスキーなのだがドロステアとは大戦で敵国同士だったので、オゼロ出身だと偽った。
「そうか、俺もそうだし、他にも何人かいるぜ」
同胞を見つけたとばかりに、男の目が輝く。
肉体労働者の中には東国出身の者が多いと聞いていたので、エゴールは敢えて東国訛りをだして喋っていた。
同郷だとわかると、打ち解けるのも早い。
「荷物を運ぶのは時期によるね。冬以外はポリスタブの港に運ぶことが多い。あそこまでは距離があるからいい稼ぎになるんだが、冬は海が荒れて船が出ねえんだよ」
ポリスタブは北にある大きな港町だ。
「でも長距離を運ぶとなりゃ危険もあるでしょ……山賊たちに襲われたりはしないんですかい?」
「よっぽど貴重な積み荷がある時は護衛を付けたりするな」
「護衛と言えば……この近くにあるリーパ護衛団ってのがあるって聞いたんですが」
エゴールは話を核心へと近付ける。
「ああ、あそこの護衛は頼りになるよ」
「強者ぞろいだからな」
男たちは口を揃えてリーパの護衛たちを褒める。
「冬の時期は護衛を付けるような大きな仕事はねえんです?」
「北の港は閉ざされるし、なかなかねえ……」
御者たちは渋い顔をする。
「あっ……そういや……アキムの奴が明後日からザトカまで護衛付の仕事が入るって言ってたな」
「ザトカ……」
確か、メストから一番近い港町だ。
「こっから南西にある港町さ。ブロタリー海は冬でも荒れることがねえからな。ラバトまで物を運ぶ時は大抵そこの港から船で運ぶんだよ」
「そんなに距離はねえけど、結構大掛かりな隊商だって言ってたよな」
「護衛はやっぱり………そのリーパ護衛団ってとこの護衛たちなんですかね?」
ここが一番知りたいところだが、あまりがっつきすぎると怪しまれるので、自然に話を誘導する。
「そこは間違いないだろうな。大掛かりな隊商になれば、護衛も人数が必要になるからな、リーパみたいな所じゃないとまず数が集まんねえんだよ。それに山賊たちもあの緑のサーコートを見るだけで逃げて行くから効果抜群だ」
◇◇◇◇◇
こうして半信半疑のまま、祖国から率いて来ていた腕自慢の男たちと一緒にメストの街道沿いでザトカへ向かう隊商が来るのを待ち伏せした。
松葉色のサーコートを着た男たちが護衛する荷馬車の列が目の前を通った時は、喜びのあまり小躍りしたくなった。
その後もゆっくりと進む隊商を気付かれないよう尾行して、小さな村で野営をする隊商を監視している。
集めた情報が確かならば、サーコートを着た男たちの中に癒し手がいるはずだ。
小雨が降りだしたせいで、見張り以外の団員たちは自前の幌馬車の中に入ってしまった。
『あの中に本当に癒し手がいるのか?』
隣にいた男がツィホニー語で話しかけてくる。
ここに居る男たちはすべてホリスキー人なので、会話は母国語だ。
男たちをまとめるソゾンだけが、エゴールと同じようにアパッド語を話すことができる。
『隊商の護衛には必ず癒し手がついて行く』
だがこれは推測でしかない。
『いたとして、どうやって見分けるんだ?』
『癒し手って言えば、戦わない奴だろ? 護衛の中に混じってたらわかるんじゃないのか?』
『……一人毛色の違う奴が混じってなかったか?』
『遠くからじゃよく見えねえけど、細っこいのがいたな』
男たちの言うように、確かに戦闘要員には見えない人物が一人混じっていた。
『でも顔もまともに見えんからな、目星をつけるのは難しいだろ』
小雨がぱらつくなか外套のフードを被っているので、顔を判別することができないでいた。
『他の奴らが寝ている隙に、見張りをしている奴らを確かめればいいんじゃないか?』
『そうだな、やるなら今だろ』
男たちがそれぞれに意見を出し合う。
『そんなことをしたらすぐに気付かれるに決まってるだろう。ちゃんと癒し手を見分ける方法は考えてるから心配するな』
そう言ってエゴールは、自分の中で立てていた計画を男たちにも話して聞かせる。
『なるほど……良心に訴えかける作戦か』
『それなら癒し手も出てこざるを得ないな……』
エゴールの計画に男たちも頷いている。
後はこの村にいる鶏を盗めば準備万端だ。
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