菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
351 / 571
3章 バルナバーシュの決断

12 敵の敵は……

しおりを挟む

◆◆◆◆◆


「——おい、ここに辿り着くまでになにをやらかした?」

 応接間の扉が開けられると同時に、バルナバーシュは厄介な来客に声をかける。
 ルカーシュが私邸の中で剣を抜くことなど、自分との手合わせ以外ではまずない。
 まだその刃を収める気配がないということは、この男……よっぽどのことをやらかしたに違いない。

(ここに呼ぶこと自体が失敗だったか?)

「ここに来るまでに、可愛い猫ちゃんを見かけたから撫でただけなのに、こいつが過剰反応して困ってんだよ」

 剣を首筋に当てられたまま、ほぼ連行される形で、ルカーシュからここに連れて来られたというのに、ドプラヴセは悪びれる様子もない。

 すっかり失念していたが、レネはまだ風邪が治り切っておらず、ようやく今日になって少し歩き回れるようになった。
 きっとこの男の前を無防備な格好でウロウロしていたのだろう。

「直接事情を訊こうとしていたくせに」

 ルカーシュは本気で怒っている。
 それもそうだ。
 レネにはまだなにも知らせていない。
 だから今はまだ、他人に余計なことを吹き込まれたくはない。
 
 だがきっと、ルカーシュの怒りに火を付けたのはそこだけではない。
 レネには、自分と同じ轍を踏ませたくないのだ。
 ドプラヴセは人が弱っている時に手を貸すどころか、例え仲間であろうとも手をだすクズ人間だ。
 以前ルカーシュは『山猫』の活動で手痛い仕打ちを受けたことがあるので、余計に神経質になっているのだろう。


 勧めてもいないのに、勝手にバルナバーシュの正面の椅子にドプラヴセが腰を下ろすと、ルカーシュがやっと剣を収め、ビシビシと張り詰めていた空気が少しだけ弛んだ。


「——ところで、わざわざこんな所に乗り込んできた要件はなんだ?」

 バルナバーシュは足を組み直して、眉間に皺を刻んだまま相手を睨んだ。

「わかってる癖に、しらばっくれんじゃねえよ。『復活の灯火』が探してるのはレネだろ?」

 やはり予想した通りの答えが返って来た。
 ゾルターンがルカーシュに前もって知らせてくれたので心構えができていた。

 
「聖杯が今どうなっているか教えろ。話はそれからだ」

 あれを渡したら、また一つ、ことが先へと進んでしまう。

「あいつ等に盗られないよう厳重に保管している」

 ドプラヴセの言い様だと、宮殿の宝物庫辺りに入れてあるのだろう。
 あそこは内部に協力者がいない限り忍び込むことはできない。


「——その聖杯よりもあいつらが重要視するモノがこの国にあったとすれば?」

「国で保護するに決まってるだろ」

 相手が当たり前のように即答すると、バルナバーシュはその答えに、満足げに微笑んだ。
 ドプラヴセにこの言葉を言わせたかった。

「……それがレネなのか」

 ドプラヴセもここまでは予想できていたらしい。

「——そうだ」

「レネ・セヴトラ・ヴルク。あんたのヴルクの姓をとったら、古代語とアッパド語が混じってるが、そのまんま『復活の灯火』だもんな」

 ドプラヴセの言う通り、レネはアッパド語で『復活・生まれ変わり』を意味し、ミドルネームのセヴトラは古代語で『灯火』を意味する。
 だがレネの本当のフルネームはこんな言葉遊びで終わるものではない。


 直前までバルナバーシュは、ドプラヴセに全部を話すか迷っていた。
 リーパも監視の対象なのに、レネの素性を知ったら、今の王家の存在を脅かすものとして捉えかねられないからだ。

 だが『復活の灯火』に最終目的を達成させてしまえば、一国の問題ではなくなってしまうほどの大事になってしまう。

 バルナバーシュが仕える主は、自らの剣を捧げたドロステア国王だ。
 騎士として生きる以上、国王に忠誠を尽くし仕えていかなければならない。

 そして、目の前に座る男ドプラヴセはというと、誰もが認める最低なクズ男だ。
 しかし、『山猫』の長としては有能だといわざるを得ないし、国王に対しては、たぶんバルナバーシュよりも忠誠心に篤く、絶対に裏切ることはない。

 性格は合わないが、仕える主は同じだ。
 
 やがて自分たちだけでは手に負えなくなってくるだろうし、敵が共通している以上、情報を共有していた方がいいとバルナバーシュは判断した。
 

「『復活の灯火』の最終目的を知ってるか?」
 
「神々の復活だろ?」

 神器と呼ばれるものを集めているのだから、その目的くらいは容易に想像がつく。

「確かにそうだが、本当は神の恩恵が再び人にもたらされること、則ち——魔法の復活だ」

「魔法って、癒しの神以外の力を手に入れるのか……」
 
「ああ。火・水・地・雷の力だ。癒しとは違いどれもが強大な破壊の魔法だ。

 それも帝国を滅ぼすほどの。

「——国家転覆の脅威になるな……」

 難しい顔をしながらドプラヴセが呟くが、この男はいったいどこまでバルナバーシュがこれから話す内容を信じるだろうか?

「ルカ、あれを持って来てくれないか?」

 バルナバーシュの言葉に応じ、ルカは書斎の隠し金庫に大切に保管されている革張りの古びた日記帳を、二人が向かい合って座るテーブルの上へと置いた。

「——なんだ……これは?」

「レネの父親が書いていた日記だ。お前も調べたかもしれないが、レネの両親は下町で日用雑貨店を開いていた。俺はその店の常連で、レネとも面識があった。十一年前のある夜、店の前を通りかかったら既に両親は殺されて、レネとその姉だけが生き残った。表向きは強盗となっているが、襲撃してきた男たちは子供たちを探していた。そして俺はその子供たちとこの日記帳を引き取った。その時はまさかそこんな信じられないような内容が書いてあるなんて思いもしなかった。」

 ドプラヴセはその日記帳を手にとる、勝手にカチャカチャと鍵を開けると、パラパラとページをめくった。

「古代語じゃねえか……」

 そう言いだすと思ったので、バルナバーシュは幾つもの攻撃を防いで穴だらけになった表紙の辞書を差し出すが、ドプラヴセはニヤリと笑ってそれを手で押しやった。

「古代語の辞書なんていらねえよ」
 
 人が親切にしてやったというのに、その言い草はないだろう。
 まるでアッパド語の文章でも読んでいくようにパラパラとページを捲っていくので余計に腹が立つ。

(——こんな時に、育ちの違いがでるんだな……)

 日記を読んでいるドプラヴセの表情は至極真剣で、いや真剣というより深刻と表現した方がしっくりくるかもしれない。

 最初自分が読んでいた時もこんな顔をしていたのだろうな……などと思いながら、ドプラヴセが日記を読み終わるまでの間、暇を持て余したルカーシュが爪弾くコブサの音色に耳を傾けていた。


「マジかよ……」

 ドプラヴセが、読み終わった日記をテーブルの上に置くと、大きなため息を吐いて頭を掻きむしっている。
 それを待っていたかのように、ルカーシュが歌を唄いはじめた。

 コブサの寂れた音色、一切の感情を消し去ったルカーシュの歌声が、古い神殿に絡まる枯れた蔦を連想させる。


 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈ 
  
 契約の島の太陽が消え、闇が全てを飲み込むとき
 銀髪に若草色の瞳を持つ、神々に愛されし血を引き継ぐ者が
 再び王冠を被り、聖杯を満たせば
 五枝の灯火が復活し、神々との契約が再び結ばれん

 ┈┈┈┈┈┈┈ ❁ ❁ ❁┈┈┈┈┈┈┈┈ 


 歌はまるで魔法の装置のように、聴いている者をその予言が書かれた古の神殿に連れて行ってくれる。

「おい……なんだよその不気味な歌は?『復活の灯火』の目的そのままじゃねえかよ。……それにあいつらが狙ってるあの聖杯が……」

「これはレナトス叙事詩という長い歌の最後です」

 コブサを置いた、ルカーシュが歌についての説明をする。

「レナトス……スタロヴェーキ王朝最後の王か……お前の他に唄える奴はいるのか?」

 当たり前だがドプラヴセは、歴史についてもバルナバーシュより知識が豊富だ。
 
「私の知る限りでは、この歌の師匠である盲目の吟遊詩人以外はいません」

「——よし」

 その答えを受けて、ドプラヴセが安堵の吐息を漏らす。

 この歌の内容が、今のドロステア王家にとってもあまりよろしくないことだけは、バルナバーシュも理解できた。
 なんといっても、今の西の三国の前身であるスタロヴェーキ王朝の復活を暗示する内容なのだから。

「たぶん奴等は『王冠』『聖杯』『五枝の燭台』……そしてスタロヴェーキ王国直系男子で……尚且つレナトス王に酷似した容姿を持つ者を探している」

「——それが……レネなのか……」

「そうだ。神々との契約を再び結ぶ『契約者』を『復活の灯火』は探している」


 ここまで話して鼻から息を吐くと、バルナバーシュは心を一度落ち着ける。

 これからが本当の勝負の時だ。
 今までの反応を見ていても、次にドプラヴセがどんな反応を見せるのかだいたい予想が付いている。


「その『契約者』とやらがもし本当ならば、王国に反旗を翻す危険分子とみなすのに、どうして俺にこんな話をする? ——魔法の復活を阻止したいなら、レネの息の根を止めるのが一番手っ取り早い。そうすれば血も途絶え、二度と魔法の復活なんて起きないだろ」
 
(——やはりそう来たか……)

 こうなると予想できたから、バルナバーシュはこの男に話すかどうか、ずっと悩んでいたのだ。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】相談する相手を、間違えました

ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。 自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・ *** 執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。 ただ、それだけです。 *** 他サイトにも、掲載しています。 てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。 *** エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。 ありがとうございました。 *** 閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。 ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*) *** 2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

攻略対象に転生した俺が何故か溺愛されています

東院さち
BL
サイラスが前世を思い出したのは義姉となったプリメリアと出会った時だった。この世界は妹が前世遊んでいた乙女ゲームの世界で、自分が攻略対象だと気付いたサイラスは、プリメリアが悪役令嬢として悲惨な結末を迎えることを思い出す。プリメリアを助けるために、サイラスは行動を起こす。 一人目の攻略対象者は王太子アルフォンス。彼と婚約するとプリメリアは断罪されてしまう。プリメリアの代わりにアルフォンスを守り、傷を負ったサイラスは何とか回避できたと思っていた。 ところが、サイラスと乙女ゲームのヒロインが入学する直前になってプリメリアを婚約者にとアルフォンスの父である国王から話が持ち上がる。 サイラスはゲームの強制力からプリメリアを救い出すために、アルフォンスの婚約者となる。 そして、学園が始まる。ゲームの結末は、断罪か、追放か、それとも解放か。サイラスの戦いが始まる。と、思いきやアルフォンスの様子がおかしい。ヒロインはどこにいるかわからないし、アルフォンスは何かとサイラスの側によってくる。他の攻略対象者も巻き込んだ学園生活が始まった。

処理中です...