菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
347 / 445
3章 バルナバーシュの決断

8 本当の狙いは

しおりを挟む

◆◆◆◆◆


「余計に警戒させてしまったな」
 
 トーニはレーリオから聖杯探しとは別に、二十代前半の灰色の髪に黄緑色の瞳の青年を探し出すようにいわれていた。
 それっぽい青年を見かけては攫ってきて、レーリオが直接会って見極めるという段取りになっていたが、まだレーリオに会わせるほど条件が揃った人物は見つかっていない。

 現在は、ヘブルコ伯爵の愛人であるミロシュという青年を追っているが、最初に無理に攫おうとして失敗したため、警戒した伯爵が護衛を付けて面倒なことになってしまった。
 それも相手はリーパ護衛団というドロステアでは有名な護衛専門の傭兵団で、あれ以来トーニは、ミロシュに接近することも難しい状態になっている。

 年齢も二十代前半と一致するし、髪の毛は間違いなく灰色だ。
 ミロシュは伯爵が妻に内緒で囲っている愛人とあってか、使用人たちもミロシュについては口を閉ざすので、瞳の色を訊いて確認しようがなかった。
 
 多くの人々が暮らす王都であっても、灰色に黄緑色の瞳の組み合わせはそう簡単には見つからない。

(どうにかして、あの愛人の瞳の色を確かめないと……)

 屋敷の中は警備が固められているので、チャンスは外出した時しかない。
 トーニは斜め向かいの建物の一室で、屋敷の入り口に立つ松葉色のサーコートを着た護衛を睨みながら、その機会を窺っていた。


◆◆◆◆◆


 外に出て気分転換をしたいというミロシュに、カレルが供として同行することになった。
 
「美味しい。カレルさんも遠慮しないで飲んでよ」

 ミロシュが満面の笑みを浮かべ甘いミルクティーを飲んでいる。
 
「こんなことしてたらホントは団長に叱られるんだけどな……」

 困った様に眉尻を下げ仕方ないとばかりに、カレルは紅茶の入ったカップに口を付ける。

「別に大丈夫だって。私が付きあわせてるんだから」

 緑がかったヘーゼルの瞳が上目遣いでカレルを見つめて来るが、その動作の一つ一つが巧みに計算され媚びを含んでいる。
 きのう食堂で、バルトロメイが言いたかったことがなんとなくわかった。

(こうやって男を誘ってんのか……)

 もしかしたら耐性のない男は、同性に興味がなくとも可愛いと感じてチヤホヤしてしまうのかもしれない。

「ん? なに考えてんの?」

 そんなに小首を傾げて思わせぶりに覗き込まれても、「上手だなぁ」くらいにしか感じない。

「いや、別に」

 目と髪の色が似ているせいかどうしても同僚の猫と比べてしまうが、レネはもっとがさつで、いまミロシュが上品に食べているケーキなんて一口で食べてしまうし、言葉遣いも汚い。
 
 しかし、天然物の破壊力は凄まじい。

 誰もレネに『可愛い』なんて面と向かって言わないので、本人は全く意識していない。
 ミロシュは『可愛い』と言われたら、もっと言ってもらえるようにと努力するかもしれないが、レネは言ってしまったら最後、二度とその仕草をしないだろう。
 だって彼にとっては『可愛い』という言葉は屈辱でしかないのだから……。

 団員たちもその性格を理解しているので、誰もレネにそんなことを言ったりはしない。
 だからなんのてらいもなく、猫みたいに身体を摺り寄せたり、ソファーの上でゴロゴロしたりと、『可愛い』大技を連発する。
 その度に、団員たちは顔がニヤけそうになるのをグッと我慢してながらも、癒されているのだ。
 
 確かにミロシュは綺麗な男かもしれないが、カレルは美青年には十分な耐性を持っている。

 レネは先ほど述べた通りだが、師匠であるゲルトの編物工房に時々顔を見せていた吟遊詩人も美しい容姿だった。
 カレルがまだ工房にいる頃は、湖に面した裏庭でバンドゥーラを爪弾きながら唄っている姿をこっそり眺めたものだ。
 
(あの人、今も元気にしてるのかな? 性格はちょっと変わり者だったけどな……)

 メストで暮らすようになって、五年以上も経つ。
 ふと、懐かしい顔を思い出して郷愁に浸ってしまった。

(そう言えば……あいつも美青年の部類だよな……)

 一緒につるんでいるロランドの顔を思い出す。
 あの優男も綺麗に顔が整っていて、貴族出身なこともあってか……雄の孔雀みたいにツンとしたところがある。
 
 三人とも個性が強すぎて、見た目よりも性格のインパクトの方が強い。
 結局、人の魅力とは内面が滲みだし表面に現れたものなのだと、カレルは結論付けた。

 ミロシュもできるだけ自分を魅力的に見せている努力家なのかもしれないが、カレルにとっては特別に心が動く存在ではなかった。
 これはきっと好みの問題なのだろう。
 
 
「それにしてもさ、リーパの団員さんたちってなんでこんなにいい男揃いなの? 入団時に顔面審査でもあるの?」

 興味津々の様子でミロシュが質問する。

「へ? そんなことないけどな……まあ、ゼラやバルトロメイはそうだよな。それに団長が男前だしな」

 バルナバーシュは、先の大戦の英雄ともいわれ、普段は鬼のように恐ろしいのだが、実は子供には滅法弱くて涙もろいという、もう一つの顔がある。
 そんなギャップにコロッとやられる女は多いだろう。
 
(渋もの好きにはウチの団長はたまらん存在なのかもな……)

 
「団長さんは有名だよね。私も前に見たことあるけど、かっこよすぎて鳥肌立ったもん。いいなぁ……リーパ……」
 
「は? 野郎ばっかりのどこがいいんだよ? むさいし、汗臭いし、」

 冬はまだいいけど、夏なんか変な熱気でムンムンして、窓を開けても暑苦しいのに。

「それなんて楽園!!」

 目をキラキラさせて、ミロシュが叫ぶ。

「『男の花園』なんて言って自分たちで自虐してるけど、どこが楽園なんだよ? そこまでいうなら、今の生活に飽きた時は、ウチの食堂で働く?」

「はっ!? そんな仕事があるんだ。天国だろ!! まあ……料理なんてやったこともないから私には無理だけどね……」
 
 カレルは冗談で言ったつもりだが、ミロシュは真剣に羨ましがっているようだ。
 食堂のおばさんたちが『天国みたいな職場』と言ってるのはあながち嘘ではないのかもしれない。
 
 カフェを出て、隣にあった本屋へ寄りたいというミロシュの要望で店の中に入ると、後から背の高い男もやって来た。
 カレルは自然とミロシュを背に隠すが、男はすぐに目当ての本を見つけたのか、手にとって中身をパラパラとめくって立ち読みを始める。

「あったあった、新刊がでてるっ!!」

 今人気の、女流作家が書いた小説を手にとるとミロシュは支払いを済ませ、店の外へと向かう。
 先ほどの背の高い男が、振り返ってミロシュの顔を見つめたが、すぐに興味をなくしたように、また本へと視線を落とした。

(——なんだ?)

 カレルは気にはなったが、一瞬だけのできごとでその後はなにも起きなかったので、そのままミロシュと店を出た。
 
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

爺ちゃん陛下の23番目の側室になった俺の話

Q.➽
BL
やんちゃが過ぎて爺ちゃん陛下の後宮に入る事になった、とある貴族の息子(Ω)の話。 爺ちゃんはあくまで爺ちゃんです。御安心下さい。 思いつきで息抜きにざっくり書いただけの話ですが、反応が良ければちゃんと構成を考えて書くかもしれません。 万が一その時はR18になると思われますので、よろしくお願いします。

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

平凡顔のΩですが、何かご用でしょうか。

無糸
BL
Ωなのに顔は平凡、しかも表情の変化が乏しい俺。 そんな俺に番などできるわけ無いとそうそう諦めていたのだが、なんと超絶美系でお優しい旦那様と結婚できる事になった。 でも愛しては貰えて無いようなので、俺はこの気持ちを心に閉じ込めて置こうと思います。 ___________________ 異世界オメガバース、受け視点では異世界感ほとんど出ません(多分) わりかし感想お待ちしてます。誰が好きとか 現在体調不良により休止中 2021/9月20日 最新話更新 2022/12月27日

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

処理中です...