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2章 時計職人を護衛せよ
エピローグ
しおりを挟む「なんだ、お前こっちに来てたのか?」
ボジェクは団長室で久しぶりに顔を見せた旧友を迎える。
「ああ。冬は牧場も暇なもんでな」
先の大戦で戦友だったこの男との付き合いは長い。
叙勲を受け、国王の要請で互いに傭兵団を設立することになったが、オレクはさっさ引退して倅に代を譲ると、軍馬の調教をする専門の牧場経営に乗り出した。
騎士団の将校から王侯貴族までもを顧客に抱え、経営の方は順調のようだ。
「今日はお供が違うな」
いつもは牧場経営の秘書も務める男装の麗人を連れているのだが、今日は現副団長のコジャーツカ人だ。
「お久しぶりです」
「お前も元気そうじゃねえか」
この一見地味な男が、オレクの牧場経営にとって重要な人物であることをボジェクは知っている。
それどころかこの男の父親のドナートとは、若い頃にオレクと三人でつるんでいた仲だ。
まさか一番最初にあの世へ旅立つとは思ってもいなかったが。
大戦が終わり、バルナバーシュがドナートの息子をドロステアに連れ帰って来たのを知った時には、なにか運命的なものを感じた。
「そう言えば、フォンスがシニシュでリーパの団員たちと一緒だったみたいでな……突然『リーパから団員を引き抜くことはできるか?』なんて妙なことを訊いてきたんでな『そんなことできるか馬鹿野郎ッ!!』って怒鳴っといたんだが、もしかしたら元ウチにいたヤンと一緒だったみてぇだから、あいつことをまた狙ってるのかもしれん」
ボジェクは、団長室の壁に飾ってある熊の毛皮を見上げた。
ヤンは父親の代からホルニーク団員だったが、フォンスがあんまり熊狩りばっかりさせるもんだから、嫌気が差して辞めてしまった経緯がある。
フォンスは自分が追い込んだのに、ずっとヤンの退団を惜しんでいたので、再会してまたその思いが再燃したのかもしれない。
「それと……お前んとこの跡取りはどうなっとるんだ?」
オレクの息子、現団長のバルナバーシュは、未婚のまま養子を迎え育てていた。
まだ子供の頃に一度だけその養子を目にしたことがあるが、それはそれは愛らしい少年で胸がキュンキュンしたのを憶えている。
だがもう成人して、きっと男らしく育っていることだろう。
「ヤンと一緒にシニシュへ行ってましたよ」
ルカーシュがお茶を飲みながらニッコリと笑って答える。
「じゃあフォンスも会ってたのか。はて……ぜんぜんそんなことは言ってなかったけどなぁ?」
長く伸びた顎髭を弄りながら、ホジェクは首を傾げる。
「黙ってたんでしょう。周囲には団長に養子がいること自体あまり知られてませんからね」
「そうなのか」
自分とは違いバルナバーシュはまだ若いので、代替わりも差し迫った問題ではない。
「いま幾つなんだ?」
ルカーシュの弟子だということは、以前オレクから知らされている。
「二十一になったばかりです」
「そうか……だったらまだ焦る必要なねえな。ウチなんてよ……俺も年だってのに、あいつと来たら馬鹿すぎてな……団長の器じゃないのかもしれん……」
どこで育て方を間違ったのか見栄ばかり張って、中身がぜんぜん追いついていない。
そんなボジェクの愚痴を聞いて、客の二人が顔を見合わせて笑う。
「いや……うちの跡取り様を、お前に見せてやりてえ……なあルカ」
「ふっ、きっとお孫さんが頼もしく見えると思いますよ」
二人はなにやら含みを持たせて自分の所の跡取りについて語るが、その様子は秘密を共有している悪友みたいだ。
ダニエラと一緒に居る時も思うのだが、実子のバルナバーシュといるよりも、よっぽど他所の子を連れ歩いている時の方が楽しそうである。
「なんだよ、テメェら楽しそうだな。俺もリーパの跡取りが気になってきたじゃねえか」
あの愛らしい子供がどうなったのか、気になる所ではある。
「まあそのうち会う機会があるだろう」
オレクは隻眼を細めてニヤリと嗤った。
「——ちょっとお手洗いお借りします」
ルカーシュが席を立ち、話題は他へと移った。
背中に薄茶の髪を揺らし団長室を出て行く姿を見送りながら、ボジェクは二人の訪問の目的についてぼんやりと考える。
(オレクはこいつらにとっていい隠れ蓑だな……)
◆◆◆◆◆
人気のない会議室の扉を開けるとルカーシュはわざわざ自分を呼び出した男——ゾルターンの方へと視線を移す。
「で?」
この男は元から口数が少ないので、こちらも最小限しか会話しない。
無駄話ばかりしたがる誰かとは大違いだ。
「奴等は杯とは別にある人物を探している」
「…………」
ドプラヴセは偽の杯を運ぶ鷹騎士団を襲撃した連中を追っていた。
その護衛としてゾルターンが同行していたのだ。
「灰色の髪と黄緑色の目をした二十代前半の青年だそうだ。当然ドプラヴセもこのことを知っている」
「…………」
(……やっぱり奴等も動き出したか)
「この前、該当する奴を見かけたもんでな、忠告しとこうと思って。近々ドプラヴセはあんたに説明を求めるだろう」
逆光でゾルターンの表情はあまり見えないが、金色の瞳だけがまるで夜光石の様に光って見えた。
「……忠告、痛み入る」
それだけを言い残すと、ルカーシュは資料室を後にした。
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