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2章 時計職人を護衛せよ
10 黒幕
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「まさかあいつらがしくじったのか!?」
ホディニー子爵は想定外の出来事に、動揺を隠せないでいた。
ここに来るはずのない時計職人が、注文していた商品を持ってやって来た。
一緒に事の次第を見ていた家令も、驚きに呆然と来客が出て行った扉を眺めている。
なに食わぬ顔をしてとりあえず商品を受け取り、小切手を切ったのだが。
「あのまま小切手を現金化されたら困りますので、何とか手を打たないと」
そうなのだ、本来はそんな贅沢品に金を出す余裕などない。
ホディニー子爵は詐欺師の投資話に乗せられ、金を騙し取られて台所は火の車になり、どうしてもまとまった金が必要だったのだ。
「そうだ、モイミール、あいつらを始末して小切手を回収させろ」
控えていたお付きの騎士に命令する。
「はっ」
返事をするとモイミールは急いで部屋から出て行った。
大戦が終わり、自前の騎士団を有するほどの戦力を持ち合わせている貴族は数えるほどしかいないが、ホディニー子爵のように私兵を雇っている貴族は多い。
騎士であるモイミールに普段から私兵を鍛えさせ、トラブルがあった時に彼らを使って揉めごとを解決していた。
まだ屋敷の中にいる時計職人よりも先回りさせて、町中へ繋がる人気のない道で始末してしまえば問題ない。
万が一逃げられたとしても屋敷の外なので、まさか領主が寄越した刺客たちだとは思わないだろう。
「——残念だったな。あんたの悪事もこれまでだ。本来だったら、私兵が扮した盗賊に時計を盗ませて納品できなくさせ、代金を払わないまま済ませるつもりだったんだろ?」
いきなり背後で声がしたかと思うと、カーテンの影から一人の男が現れた。
「誰だっ!?」
(今までモイミールが一緒に居たのに、気配に気付かなかったとは……何者だ!?)
それになぜ盗賊のことを知っているのだろうか?
ホディニー子爵はメストで宝石や時計などの高価な注文をして、商人に自分の領地であるウチェルまで持ってくるように頼み、シニシュ付近で盗賊に扮した私兵にその商品を盗ませていた。
こうして料金を払わず商品を手に入れ、足の付きづらい東国へとその商品を売り払っていたのだ。
「今ごろ、あんたの私兵たちがシニシュの領主の館で、誰の命令で盗みを行ったか白状してるだろうよ」
とんでもない発言に、ホディニー子爵は驚きに目を瞠った。
「なんだとっ!?」
盗賊に化けさせた私兵たちが捕まったから、時計職人がここまで無事に商品を持って来ることができたのだ。
(しかし……なぜこの男はそんなことを知っているのだ?)
「おっ……お前は誰だ!!」
ホディニー子爵は気が動転して、思わず声が裏返る。
護衛役のモイミールは部屋から出て行ってしまったし、この部屋には全く剣など持ったこともない家令と二人っきりだ。
突然の侵入者、それも自分たちの行った悪事を知っている男に、ホディニー子爵はどう反応をしてよいのかわからなかった。
「これを見たらわかるか?」
男の右手に握られた記章を見て、ホディニー子爵は「あっ」と息を飲み動きを止めた。
「——山猫……」
白い獅子に幻のドロステア山猫の紋章は、不正を行っている貴族が最も恐れなければいけないものだった。
「ホディニー子爵、詐欺と窃盗の罪であんたを逮捕する」
(なんてことだ……)
「——曲者だっ、直ちに捕えよっ!!」
家令が大声で侵入者が現れたことを部屋の外に知らせると、頭の中が真っ白になり茫然としていたホディニー子爵を引き摺りながら、部屋の外へと走り出した。
だが困ったことに、時計職人たちを始末するために護衛役のモイミールも、私兵たちも出払っている。荒事には慣れていない使用人たちは、遠巻きにして様子見するだけだ。
「外に出て、モイミールたちの所へ行きましょうっ!」
廊下に出て外に逃げるためには、吹き抜けになった玄関ホールの階段を下りて外に出る必要がある。
後ろから『山猫』の男が迫って来るなか、なんとか階段までたどり着き下りようとしていると、玄関から人が入って来る。
やって来たのは、なんと……モイミールが始末しに行ったはずのあの時計職人ともう一人の青年だ。
(なんで生きているっ!?)
時計職人は玄関ホールの階段の上にいるホディニー子爵を見つけて、叫んだ。
「子爵様っ、助けて下さいっ! 連れがもう一人、賊に襲われていますっ!!」
時計職人から縋りつく様に迫って来られ、ホディニー子爵は階段を下りる足を止める。
後ろからは『山猫』の男に追い詰められていたが、目の前の道を塞ぐ時計職人のせいで進むことができない。
「邪魔だっ、今はそれどころじゃない、どけっ!!」
家令が縋りつく時計職人をどかし前に進もうとした時、一緒に居た灰色の髪の青年が、子爵たちを捕まえようと後ろから迫る男を見て——呟いた。
「——ゾルターン……どうしてここに……?」
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