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2章 時計職人を護衛せよ
4 未知の生物
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フォンスはヤンがホルニークを退団して、メストにもう一つ存在する傭兵団のリーパ護衛団に入団していたことは知っていたが、まさかこんな所で鉢合わせするとは思ってもいなかった。
そしてそのヤンに同僚だとして紹介されたレネという青年に、自分だけでなくホルニークの他の団員たちも戸惑っている。
リーパにはあんな生き物が普通にウロウロしているのか?
部屋の入口付近のベッドで、ヤンと身を寄せ合うように座りなにやら話し込んでいるレネを見た。
屈強な熊男の隣にいると余計にその違いが強調され、なんだかとてもほわほわとしたものを見ているような気持ちになる。
風呂上がりで薄着になったせいで、毛深いヤンと相まってゆで卵みたいにつるんとした肌が目に眩しい。
男は成人過ぎたら、髭と胸毛と腹毛が普通に生えているものだと思っていたフォンスは、風呂場でレネの裸を見た時の衝撃を思い出す。
(胸毛が無いだと!?)
少なくとも乳輪の周りを囲むように生えるもんじゃないのか?
本来ならば胸毛に隠れて見えないはず(当社比)の乳首に目がいく。
『!?』
花びらのような色彩に衝撃を受け、フォンスは咄嗟にこれ以上見てはいけないと下に目を逸らしたが、薄く割れた腹筋にも精神を安定させてくれるモジャモジャは存在しなかった。
どんなに体毛の薄い男でも、普通は臍の周辺に毛が生えている(当社比)はずだ。
(嘘だろ……)
相次ぐ不毛地帯に『ここは砂漠なのかっ!!』と叫び出したくなる衝動に駆られたが、それでもオアシスを求め、更へ下へと視線を走らせる。
(あった……)
やっと出現した灰色の小さな小さな草むらに辿り着き、なんともいえぬ安堵感に包まれたのもほんの一瞬だった。
『はっ!?』
朝には綺麗に開くと思わせる、先端だけ綻びが解けたユリの蕾のようなそれが、鮮やかな色彩と共にフォンスの網膜に焼き付く。
薄い灰色とベビーピンクの親和性がこんなにも高いとは……。
ホルニーク傭兵団には存在しない可愛らしい色の組み合わせに、フォンスの心は大きく揺さぶられた。
『お前は幾つなんだ? 成人してるのか?』
好奇心が抑えられずに、風呂場で身体を洗うレネの腕を掴んで詰問してしまった。
『え……? 二十一だけど?』
『そ……そうか……』
レネに思いっきり怪訝な顔をされてしまい、フォンスは不覚にもまごついてしまった。
(あれは、体毛を剃っているのだろうか……?)
流石に、そこまで本人に訊くわけにもいかないので、風呂から上がっても悶々と考え込んでいたが、耳だけは動揺の震源地であるレネの声を無意識のうちに拾っていた。
「なあ……ここ暖房ないから床で寝るのは流石に寒いだろ? ちょっと窮屈だけど一緒に寝るか?」
(なんだと!? 今なんと言った?)
とんでもない言葉を聞いた気がして、フォンスは視線を入口近くのベッドに走らせると、レネが隣に座るヤンを見上げて喋りかけていた。
ここの部屋には暖炉はあるが一日に使える薪の数が限られており、就寝前には使い切ってしまうので、夜は冷え込む。
風呂に入ったらさっさと自分のベッドに籠り布団を温めないと寒さで安眠できない。
あのベッドは一番入口に近いので廊下からの隙間風が入って来て寒い。
だからあそこのベッドが一つ空いていたのだ。
「お前、自分が寒いからだろ?」
眉間に皺を寄せヤンはレネを見下ろすが、機嫌が悪いのではなく必死になにかを我慢している顔に見える。
「……だってさ、お前温かそうじゃん?」
レネは部屋着代わりのウールのシャツの裾をめくり、薄茶の体毛に覆われたヤンの腹を擦る。
やはり、毛が少ないと寒いのだろうか?
「おいおい……夏は暑苦しいって近付もしないくせに……」
ヤンはそういったことに慣れているのか、呆れた顔で笑いながらもされるがままだ。
(一緒に寝るのか……?)
二人で一つのベッドを使えと、貧乏くじを引かせたつもりなのに、ヤンのことをクソ羨ましく感じている。
今まで団の中で、なに不自由なく育って来たフォンスは、欲しいものがあったらすぐに自分のものにしてきた。
身分違いの貴族相手にはちゃんと弁えているが、同じ傭兵に遠慮する必要などない。
「——おい、そんなに寒いんだったら、俺が一緒に寝てやってもいいぞ?」
フォンスは無意識のうちに自分のシャツを捲り上げ、金髪の胸毛と腹毛をアピールしていた。
「え?」
ポカンとした顔でレネがこっちを見ている。
まさかフォンスがそんな申し出をするとは思ってもいなかったのだろう。
「熊男と一緒に寝るよりも俺との方がゆっくり眠れるだろ?」
フォンスがこんなことを言うなんて滅多にない。
現に隣でその様子を眺めているヨーも吃驚した顔をしている。
「え?……なんであんたと? ヤンと一緒に寝るからいいよ。それにあんたも十分デカいじゃん」
レネはそう言って、ヤンの腕に自分の腕を絡めた。
「——なんだと?」
親切心で言ってやったのに、まさか断られるとは思ってもいなかった。
「おいおい、せっかくの申し出を断るのかよ? お前は知らないだろうから教えてやるけど、フォンスはホルニーク傭兵団の次期団長なんだぜ」
このまま黙って見てられぬとヨーも参戦してきた。
(そうだ、ヨーの言う通り、俺はホルニーク傭兵団の次期団長だぞ!)
これでレネも素直にいうことを聞くだろう。
大抵の男たちはフォンスの一言で黙り込む。
「そんなこと言われても……オレには関係ないし。あんたたちがベッドを二人で使えっていったじゃん」
しかしレネは全く気にする様子を見せない。
それどころか尤もなことを言い返してきて、フォンスもこれ以上強くはでられない。
「そ、そこまで遠慮するなら別にいいだろう……」
フォンスは混乱していた。
生まれた時からホルニーク傭兵団の屈強な男たちの中で育ち、ゾルターンには敵わないが剣の腕にも自信があった。
当然、次期団長ということもあり団員たちからも一目置かれている。
見事な金髪に自分でいうのもなんだが、顔も悪くないので、女からもモテていた。
そんな自分が、全く相手にされないなんて初めてだ。
ショックを受けている間にも、レネはヤンをベッドに招き入れ、横になったヤンの胸倉へ潜り込むように丸まる。
(本当に、猫みたいだ……)
小さい頃に猫を飼っていたが、どんなに布団の中に連れ込んでもすぐに出て行き、一度も一緒に寝てくれなかった切ない記憶が思い出される。
その猫も、灰色に黄緑色の目をしていた。
(そう言えば……肉球もあんなピンク色だった……)
物思いに耽った後、ふと視線をずらすと、申し訳なさそうな顔をしたヤンと目が合った。
熊男に気を遣われるとは、なんだか無性に腹が立って来たので、フォンスは「ふん」と視線を逸らした。
だがその後も、ヤンの胸元からチラリラ見える灰色の頭を盗み見ながら、胸の奥から湧いてい来る不思議な感覚と戦った。
(キュンキュンと締め付けられるような……この胸の疼きは一体なんだんだ……?)
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