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1章 君に剣を捧ぐ
番外編 オラつく猫様 2
しおりを挟む「もう潰れやがった」
「ガキかよ……」
レネは皆に付き合いビールジョッキ一杯とシードルを一杯飲んだだけなのに、すっかり酔ってしまいバルトロメイに凭れ掛かっていた。
「寝てると可愛いよな。でも決闘でバートを倒すなんて正気の沙汰じゃねえぞ」
カレルが無防備に眠るレネの顔を見ながら呆れた笑いを零す。
「こう見えても次期団長様だ。実子のお前の方が次期団長に相応しいんじゃないかって言う団員たちがいたからな。そいつらを黙らせるには猫はバルトロメイに勝つ必要があった。お前だってレネを困らせないために身を引こうとしたんだろ?」
あまり深い話をしたこともないロランドから退団の理由を一発で当てられ、バルトロメイは驚いた。
「図星だな。それで自分の気持ちに気付きもしない猫に退団を止められて、イラついて襲ったんだろ?」
「…………」
(なぜわかるんだ?)
「どうやらこれも図星みたいだ」
アッシュブロンドの髪を搔き上げながら、ロランドが得意げに笑う。
「お前すげえな! 探偵かよ?」
隣のカレルがロランドの肩を抱くが、よくこんな男と仲良くえきるなとバルトロメイは感心する。
「だけどお前も色々悩んでたんだな……」
気の優しいヤンが、バルトロメイに同情の眼差しを向ける。
「剣を捧げた所を見てたアルビーンが言ってたぜ、宮殿の叙任式みたいだったってさ」
「……相手は猫だぞ? 剣を捧げられる意味とかちゃんとわかってたのか?」
ベドジフの言葉にロランドが眉を顰める。
「それが猫の奴、剣を空に掲げ左手で菩提樹を指して『オレの心は常に菩提樹と共にある』って言った後、『共にリーパを護ろう』って言ったらしいぜ。本当か?」
それもアルビーンから聞いたのだろう、ベドジフが半信半疑でバルトロメイに尋ねる。
「ああ。本当だ。今まで生きてきた中であんなに心揺さぶられたことはない」
自分はこのために生まれてきたのだと、心の底……いや、魂の底から実感した瞬間だ。
今思い出すだけでも、目元が潤んで来る。
「他の奴らも感動したって言ってたぜ、あそこにいた奴はすっかり猫信者になっちまったみたいだ」
ヤンも頷きながら語る。
「知ってたか? 団長が泣いてたって」
ベドジフの言葉に、一同目を瞠る。
「———マジか!?」
「団長は、ああ見えて涙もろいからな」
ロランドが、ワインをグラスに注ぎながら口元に笑みを浮かべる。
「あーー前にヴィートの妹が出て行く時も木の影に隠れて泣いてたもんな。厩舎の横の木だったからさ、逆に団長から気付かれないように通って行くのが大変だったぜ……」
カレルがその時の情景を思い出し苦笑いする。
(……そうなのか……)
きっと、養子のレネと実子の自分が力を合わせてリーパを支えていくことを誓い合ったのが嬉しかったのだろう。
結局は傭兵団に戻ってしまった孫に、祖父はさぞかし失望したと思うが、それでもバルトロメイはなにが最善であるか考え抜いた行動だ。
騎士団にいる頃よりも、これからは騎士らしく生きていくことを決めた。
「守れよ———命が燃え尽きるまで、レネのことを」
唯一あの場にいたボリスが、バルトロメイがレネに誓った言葉を口にする。
自分とは色味の違う緑がかったヘーゼルが、こちらを見つめた。
この男はこれからも、レネの姉の恋人という絶妙な位置を取りながら、自分たちに干渉してくるに違いない。
「ああ。俺はレネに全てを捧げたからな。心も、身体も」
「…………」
文字通りのことをしたバルトロメイに、ボリスは悔しそうな表情を浮かべる。
「あーあ、こいつ完全に腹出して寝てるぜ。よそに来て隙だらけで寝るなんて珍しいな」
カレルが言うように、いつの間にかバルトロメイの膝を枕にして長椅子に横たわり、顔は横向きなのだが腹を仰向けにして寝ていた。
こんな変な格好でよく長椅子から落ちないものだと感心する。
「騎士様がいるから安心しきってるんだろ」
ベドジフが冷やかしながら笑う。
それについてはバルトロメイも感じている所で、レネは今までと違い明らかに自分の前では警戒を緩めるようになった。
騎士として信用されているということなのだろうか?
「違うだろ、『オレの女』にしたから、雄として警戒してないんだろ」
レネの寝顔を一瞥すると、ニヤッと笑ってロランドがとんでもないことを言う。
「ぶはっ!? そっちかよ」
「でも、今までの言動から言ってそっちの方がしっくりくるな」
「なるほど……猫は自分の女に甘えるタイプなのか」
「おい、俺はレネの騎士であって女じゃねえっ!」
太ももにレネの重さを感じながら、バルトロメイはロランドの説を必死に否定する。
「猫ちゃんが、お前を犯したのもわかる気がするわ。この見てくれだからな。周りからそういう目で見られることも少なくないもんなぁ……だからお前にもわからせたかったんだろうな。自分の気持ちを。それにお前だって、まんざらでもないだろ? 本気で嫌なら大人しく抱かれたりなんかしないよな?」
確かにそれはカレルの言う通りかもしれない。
周りから冷やかされて、受け身に回る悔しさを噛み締めていたが、レネはこの手の揶揄いをしょっちゅう受けて悔しい思いをしているのだと思ったら耐えられた。
そして、受けた仕打ちも、自分だけに向けられるレネの特別な独占欲の表れだと思っている。
「……レネが望んだことだからな……」
「ふっ、首の後ろにマーキングされやがって、ボリスから消してもらえばいいのに、嬉しかったんだろ?」
瘡蓋になった噛み痕をロランドに指さされる。
(うっ……)
急いで首に手をあて、噛み痕を隠すがもう手遅れだ。
「猫の交尾まんまで笑う」
「おい、顔赤いぞっ」
「なに照れてんだよ気色悪っ」
その後も団員たちは面白半分にバルトロメイを揶揄ったが、レネの行為を受け入れ気持ちの整理もついていたので、心を乱されるようなこともなかった。
「おい、こいつ自分で歩いて帰るの無理だろ? うちの方が近いし、置いてくか?」
「そうだな、お前んち広いしな、運ぶの手伝うから俺もついでに泊めてもらおうかな」
先に会計を終わらせ、起きそうにもないレネを眺めながら、ロランドとカレルが帰りの算段をしはじめた。
以前ロランドが顧客の令嬢からストーカー被害に遭った時、レネが恋人役として同棲するという、バルトロメイとしては許せないできごとがあった。
本人は年上の女が好きだと豪語しているが、男の家にみすみす無防備なレネを置いて帰るわけにはいかない。
「いや、俺が連れて帰るから大丈夫だ」
レネをがっしりと抱き締めると、ロランドたちに宣言する。
「……おい? お前まさか俺のこと信用してないのか?」
「へ? 俺も一緒に泊まるのに? それに背負って帰るにしても本部まではきつくないか?」
ロランドとカレルは「なにを言っているんだこいつは」という顔でバルトロメイを見るが、そこは譲れない。
なんといっても、自分はレネの騎士なのだ。
「まあいいだろ。騎士殿が猫様を責任もって連れて帰るって言ってんだから」
「それに重くなったら、俺とゼラとボリスもいるし。交代しながら背負って帰ればいい」
ベドジフが茶化しながらも助け舟を出すと、ヤンもそれに続く。
「そうか。なら俺たちも気兼ねなく楽しめるな。今晩は寝かせないぞ」
「……はい? ロランドさん? ちょっと……!?」
思わせぶりにロランドがカレルの肩を抱いて歓楽街を本部とは反対方向に歩いて行った。
「あいつらデキてるのか?」
レネを背負いながらも呆気に取られ、バルトロメイは行ってしまった二人の背中を眺める。
「いや、ロランドはチェス狂だ。カレルは朝までチェスの相手をさせられるんだろうな。俺も付き合わされたことがあるけど地獄を見るぞ」
ベドジフが顔を引きつらせながら語る。
「……はあ……」
ますますロランドという男がわからなくなる。
そんな男と仲良くできるカレルは尊敬に値する。
「疲れたらいつでも代わるからな」
ボリスが今すぐにでも代わりたげな様子で、バルトロメイの背中に背負われているレネの頭に帽子を被せたり、手袋を付けたりと世話を焼いている。
諦めの悪い男だ。
乾杯のあとすぐに無口になったので、存在自体を忘れていたが隣でゼラが「いい加減にしとけよ」と言わんばかりにボリスの肩を叩いていた。
空を見上げると、いつの間にか雪が降っていた。
オレンジ色の街頭の光に照らされ、薄っすらと積もった雪の上に、レネを背負った自分の影が水色に映る。
「さあ、帰るか」
宿屋通りを北に向かって、六人で歩き出す。
真冬の夜は凍えるような寒さだが、レネの熱で背中は暖かいのであまり寒さを感じない。
「お前ちゃんと摑まっとけよ、ずり落ちるからな」
「……う~~~ん……」
ぎゅっと後ろから首に手を回し抱きつく体勢は、うなじに噛みつかれた時と同じだが、今はすっかり無防備で……全てを自分に委ねている。
そんなレネが愛おしくて仕方ない。
あの時……レネが決闘を申し込んで来なかったら、ここには自分はいなかった。
レネが全てを切り開いてくれたお陰で、今がある。
全てをレネに捧げる。
首の横に当たる吐息を感じながら、改めて誓いを込めた。
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