菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

16 告白

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◆◆◆◆◆
 
 
 ホリスキーを出て、行きとは違い何事もなくチェスタに着くことができた。
 下りの馬橇はスピードが速いので、山賊に襲われることはまずない。

 行きと同じように『子栗鼠亭』の扉を開けると、受付の親仁にバルトロメイが尋ねた。
 
「個室を二部屋取りたいんだけど、空いてますか?」

「運がいいね。今日は二人部屋が空いとるよ」
 
 そう答えると、親父は部屋の鍵を二つバルトロメイに渡す。

「へ?」
 
 レネはまた自分が大部屋に行けばいいと思っていたので、吃驚してバルトロメイの方を見た。

「お前に話しておきたいことがある」
 
 その改まった表情に、思わず身構えてしまう。
 部屋をわざわざ別に取るなんて絶対大事な話に違いない。

 バーラは既にそのことを知っていたようで、驚いた風でもない。
 なにも知らないのはレネだけ……この旅ではいつもそうだ。

 嫌な予感しかしない。



 今日はレネも一緒に、バーラの部屋で夕食を摂ることになった。
 夕食はウサギ肉のパイとスープだ。

「バル」
 
 名前を呼ばれただけで、バルトロメイは自分の皿を差し出す。
 手を付ける前にバーラは自分のパイを三分の一ほど切ってその皿に乗せた。
 二人の中で当たり前のように行われたそのやり取りを見て、レネはいたたまれない気持ちになっていく。
 こんなことなら、自分は遠慮して食堂に行けばよかったと後悔した。

「マトヴェイたちも言ってたけど、本当に新婚さんみたいだね」
 
 これくらい言ってやるのが自然だろう。
 胸の中に生まれたモヤモヤとした気持ちがこれ以上大きくならないように、大きく切ったパイを口に詰め込み、食べることに専念した。
 
「レネさんったら揶揄わないでよ」
 
 案の定、嬉しそうにバーラは言い返すが、モゴモゴと口を動かしておけば、これ以上余計なことを言わなくてすむ。


 レネはマトヴェイの家で過ごした楽しかった日々を思い浮かべる。
 肉屋の仕事は大変だがやりがいがあった。
 午前中に肉の解体を終わらせると、午後は配達や刃物を研いだりして過ごした。
 本来なら父親が回復するまでは、マトヴェイ一人でこの仕事をこなさなければいけないので、少しでも役に立ててよかったと思う。
 毎回肉たっぷりのボリュームのある食事も美味しかった。
 家族がいたらこんな感じなのかと、心温まる数日間を過ごすことができた。

『近くに来たら、必ず寄りなさいよ』
『レネ……ありがとう。お前のお陰でどれだけうちの家族が救われたか……』
 
 母親とマトヴェイが見送りに来てくれて涙ながらに別れを告げると、お土産に自家製のベーコンやサラミを沢山持たせてくれた。
 レネも別れ際は不覚にも泣いてしまった。
 何度も抱き合って、姿が見えなくなるまで二人は手を振っていた。


 だから余計にこの落差が堪える。
 なんだか居心地の悪い雰囲気の中で食事を終え、レネとバルトロメイは自分たちの部屋へと戻った。
 

 たぶん、これからが本番だ。


 自分達の部屋へと帰ると、お互い備え付けの椅子に座って向かい合った。
 
「話ってなんだよ」
 
「お前には予め話しておこうと思って……——俺はこの仕事が終わったらリーパを辞める。騎士としての奉公先を探すつもりだ」

(……やっぱり……)

「祖父さんがそう望んでるからか? お前……好きな子がいたんじゃないのかよ? 気持ちも伝えないまま諦めるのかよ。それともバーラさんの方が好きになったのか? それなら別に構わないけど……」


「……いいや、気持ちは変わっていない」


「じゃあ、なんで伝えないんだよ?」
 
 なぜこんなにもじもじしているのか。

「前にも言ったけど、俺の気持ちを伝えたって相手が困るから……」
 
 いつもは自信に溢れている男が、唇を噛んで俯く。

「なんだよ勝手に決めつけて、なんかバートらしくないぞ?」
 
「…………」

「諦めるなよ。それにオレもお前がいなくなるのは嫌だ」


「——じゃあ……お前が俺を引き止めてくれるのか?」
 
 立ち上がりこちらへ近付いて来たかと思うと、 スッと顎を捉えられる。


(なんだ……?)


「お前がこの気持ちを受け止めてくれるのなら、俺はリーパを辞めない」

「わっ……!?」

 最初から斜めに噛みつく様に口を合わせられ、その動きが予想できていなかったレネは、一気に舌の侵入までを許してしまう。

 まさかバルトロメイがこんな行動を起こすとは思ってもいなかったので、レネは全くの無防備だった。


 想定外の出来事に思考停止した脳は、『抗う』という指令を身体に出すことができない。
 右手で顎を左手で後頭部を掴まれ、熱い男の舌がレネを犯す。
 そして逃げ惑うレネの舌も、吸引されるように相手の口内へと攫われ、飲み込み切れなかった唾液が、唇から零れ顎を伝って行く。

 どんな言葉よりも、その行為は雄弁だった。


(——こいつは……オレのことを……)


「はぁっ…はぁっ…——お前は……なにをしてるんだっ!!」

 口が離れた瞬間に、レネはありったけの力で相手の胸を押しやった。
 敵ならば、既にこの時点で剣を抜いているが、仲間相手にそれはできない。
 

「今のでわかったろ? 俺はお前のことが好きなんだよ」


 そんな言葉聞きたくなかった。
 

「オレは男だっ!!」

 今まで、バルトロメイと築いてきた全てが、足元から崩れていく。
 それは養父と師匠の関係が明らかになった時よりも、レネを混乱させ、心の中をぐちゃぐちゃに掻きまわす。

 心が通じ合えると思っていた存在が、まるで言葉の通じない異国人同士になったようだ。


「ほら困ってる。言っただろ、最初っから無理なんだよ……なら……せめて——」
 
「!?……」
 
 足払いをかけられ、バランスを崩した所を、一気に後ろにあったベッドの上に押し倒される。
 心が混乱していると、とうぜん身体も思うような反応ができない。

 それに相手はバルトロメイだ。
 手合わせで勝ったのは最初の一回だけで、後は悉く負けていた。
 
「クソっ……」
 
 腰のナイフを、鞘ごと手の届かない所へと投げ捨てられる。
 ただでさえウエイトの軽いレネが、刃物を持たずに敵うわけがない。マウントを取られると、あっという間に両腕の自由を奪われた。

「初めて逢った時から一目惚れだったよ」
 
 まるでその時を思い出しているかのようにうっとりとした表情をして、バルトロメイはレネの頬にキスをすると、そのまま首筋の方へと場所をずらしていく。

「やめろ……」
 
 ゾクゾクとした悪寒が走り、必死に身体を捻って抵抗する。
 まるで悪夢のようだ。
 
 そう……これは何度も見ている追いかけられる悪夢と同じだ。

 がむしゃらに暴れると、嫌そうにバルトロメイは顔を顰めて、レネの身体をうつ伏せにひっくり返す。

「流石に素面しらふだと抵抗が凄いな。あの時は酔ってたから好き放題できたけど」
 
(……?)

 その言葉に引っ掛かりを感じるが、手首を縄で後ろ手に拘束され、余計なことを考える余裕もなくなる。
 自由を奪われ背中を晒すなど、剣士としてあるまじき事態だ

「よし、これで動けない」
 
 レネは背後にいる敵の動きを察知するために、まるで全ての神経が背中に向けられたように敏感になっていた。

「……ッ……」
 
 背中を一撫でされるだけで、身体がビクンと震える。
 歯を食いしばり、叫び出しそうになる感覚を必死に堪えた。

 そして再び、身体を仰向けにひっくり返される。

 狼のような獣の瞳が、レネを見下ろしている。
 初めて手合わせをしてマウントを取られた時のあの目と同じだ。


 このまま、食われてしまいそうだ。


「お前は……こんな奴じゃなかっただろ……?」
 


 
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