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1章 君に剣を捧ぐ
13 お客さん
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「あの時はぜんぜん気付かなかったが、あんたみたいな人がワシを支えてホリスキーまで!? さぞかし大変だっただろう……助けてくれてありがとう」
レネは急いで着替えを持って来たマトヴェイに自宅へと招待され、怪我の治療を受けまだ寝込んでいる彼の父親を見舞う。
冬だったお陰で傷口が化膿することもなく容体は安定しているようで、意識もはっきりしており、レネの姿を見ると涙を流して喜んだ。
マトヴェイの家は肉屋で、店は母親と出戻りの叔母が切り盛りしており、猟師や農家からの肉の買い取りと解体はマトヴェイと父親の仕事だ。
今回はチェスタの鍛冶屋に肉切り包丁を買いに行った帰りに山賊に襲われたという。
せっかく買った包丁はあの場に置いて来てしまったが、命だけ助かっただけでも運がよかった。
「よかった、おじさんも足の怪我だけで済んで」
昨日助けた男の顔を見て、レネも一安心する。
こんなに喜んでくれているのなら、あんな大変な思いをして、ついでにバルトロメイからビンタまでされた苦労も報われる。
自分は間違ったことをしていない。
「それにしても、山賊をバッサバサと斬り倒して、あんた何者だい?」
昨日のことを思い出した、マトヴェイの父親がレネに尋ねる。
「えっと……」
「レネは、バーラの護衛でここまで来てるんだよ」
横からマトヴェイが話に入って来る。
「バーラ? トマーシュさんの娘さんかい? でも馬橇で娘さんの姿は見なかったが?」
「予め山賊が出るって噂を聞いてたので、バーラさんには男装をしてもらってたから」
アランの忠告があったから、バーラが危険に晒されるのを防ぐことができた。
「……ああ、そういやあんた、ネッカチーフを被って女の振りをしたのも、バーラさんを庇うためだったのか」
マトヴェイの父親は山賊に襲われながらも、レネの一連の行動を見ていたのだろう。
「一人で無茶しすぎだろ……その場にあのバルトロメイもいたんだろ? あいつに任せればよかったのに……」
マトヴェイが信じられない顔をする。
「あんたも言ってたじゃん。あの二人『新婚さん』みたいなんだろ? オレなんかよりバルトロメイと一緒の方がバーラさんもいいに決まってるだろ。今日の予定だって、オレは全く聞いてなかった……」
また嫌な気持ちが蘇ってレネは俯いた。
「……一人で貧乏くじ引いてたんだな。俺も知らなかったとはいえ心無いこと言ってごめんな……」
レネの境遇を察して、マトヴェイが同情の眼差しを向ける。
「遠慮なく食べてくれ! なんたって父ちゃんの命の恩人さんだ」
お昼になると、恰幅の良いマトヴェイの母親がテーブルにどんどんと料理を並べていく。
「昨日は義兄さんの帰りが遅いから心配してたんだよ。本当にありがとうね」
一緒に店を切り盛りしている叔母も大きな身体をしている。
先ほどマトヴェイの父親は婿養子で、叔母と母親が実の姉妹だと説明された。
本部の食堂のおばさんたちが「小姑がどうのこうの」とよく話しているのを聞くが、ここの家庭にそういう心配はなさそうだ。
そして、レネが今着ている服は、去年病気でなくなったマトヴェイの弟の物らしい。袖が少し短いが、バルトロメイの服を着るよりは全然マシだ。
靴下や下着などはわざわざ新しいものを準備してくれた。
宿屋ではパンツにシャツ一枚という情けない格好でいたので、有難い。
生乾きだった洗濯物も、ストーブの近くで乾かしてくれたので既に綺麗に乾いている。
「このコロッケ旨いから食ってみろよ。うちの店でも出してるけど一番の人気商品なんだぜ」
そう言って、マトヴェイがレネの皿へとコロッケを取り分けてくれる。
「うわっ……うまっ!」
外側の衣はサクサクで、粗挽きの肉と程よく原型の残るジャガイモとナツメグの香りが鼻を抜ける。
確かに人気商品なのも頷ける。
「今度仕事でホリスキーに寄ることあったら、絶対このコロッケ買いに来るよ。他の団員たちにもおすすめしとく」
仕事中はとにかく腹が減るので、買い食いすることも珍しくない。
「ちょくちょく仕事でこっちに来たりするのか?」
ローストされた肉の塊を人数分に切り分けながら、マトヴェイが訊いてくる。
「オレは春以来だけど、バルトロメイは秋にも来てたんじゃないかな? 珍しい色の夜光石はメストでは高値で取引されるだろ? だからたまに護衛の依頼が入るみたい。オレはやったことないけど」
「へえ……大変なんだな」
「でも、色んな所に行くのは楽しいよ」
ローストした豚肉の乗った皿をマトヴェイから受け取ると、叔母さんがリンゴで作ったソースをかけてくれる。
プートゥほどではないが、ホリスキーもリンゴが名産なので料理によく使われるようだ。
もちろん飲み物もワインやビールではなくシードルだ。
レネはあまり強くないのでグラスに少しだけ貰い、別にお茶を貰った。
「顔はあんたみたいに美青年じゃないけど、背格好が似てるからなんだかあの子がいるみたいだね」
「あたしも、今同じこと思ってたところだよ」
嬉しそうに笑うと、マトヴェイの母親は目尻を拭った。
叔母も釣られて目を潤ませている。
きっと『あの子』とはマトヴェイの弟のことだろう。同じ服を着ているから、余計そう見えるのかもしれない。
「——お前……凄えな……」
レネの刃物の扱いを見て、マトヴェイが感嘆の声を上げる。
「それじゃあお礼にならないから」という家の者たちを押し切って、働けないマトヴェイの父親の代わりに、レネは猟師たちが運んできた獲物の解体作業を手伝った。
「ナイフと剣の扱いは任せとけよ。それに野宿の時は狩り担当なんだ。獲物だって捌きなれてるから」
釣り下げた鹿を捌くマトヴェイの隣で、レネはどんどんカモを捌いていく。
「人は見かけによらねえな……」
「オレ、こっちに来てよかった。おばさんたちも良くしてくれるし、こういうの元々好きだし。誘ってくれてありがとう。あっちに行ってたら、たぶんずっと二人に気を遣ってたと思う」
レネは元来、人と一緒にワイワイと仕事するのが大好きだ。
「なに言ってんだよ、結局仕事まで手伝わせてるし、礼なんていらない。お袋たちもさっき言ってたけど、俺もなんだか弟が戻って来たみたいで楽しいんだ。だから遠慮せずここにいろよ」
少し照れたように、マトヴェイが鼻を鳴らす。
「——うん」
「お~~~い、マトヴェイっ! 今夜ひまかっ?」
作業場の裏口からマトヴェイと同じ年頃の男が訪ねてくる。
「……なんだイリネイか」
イリネイと呼ばれた男は、大柄なマトヴェイとは対照的に小柄で、もじゃもじゃと髭を生やしていた。
「ちょっとまて……!? おい、隣の綺麗な兄ちゃんは誰だよっ!? 肉捌いてるし……新しく雇ったのか?」
イリネイはマトヴェイの隣で黙々と作業を続けるレネを見て、動きを止める。
「聞いて驚くなよ。名前はレネ。親父の恩人だ。レネ、こいつは俺の幼馴染のイリネイだ。町で大工をしている」
「……どうも。レネです」
レネは次のリアクションが想像できたので、おずおずと挨拶する。
「はっ!? おやっさんを助けたのがその兄ちゃんだって!?」
もう慣れたのだが、なぜ毎回毎回こんな反応をするのだろうか。
「どういうことだっ! 説明しろっ!!」
マトヴェイは昨日からの出来事を時系列で幼馴染に説明した。
「なるほど……見えて来たぞ。さっきバーラちゃんがすげえ男前と仲良さげに歩いてたのを見たけど、あれがバーラちゃんのはとこでもう一人の護衛なのか」
頷きながらイリネイが偶然見かけた二人の様子を伝える。
「やっぱりそうか。バーラはバルトロメイに惚れてるよな」
マトヴェイの言う通りだ。
笑顔を向けられるだけで頬を染めて、恋する乙女の表情になっているのをレネは何度も見た。
「町中で噂になってるよ。あの二人は結婚するのかって。酒屋のマラートなんてバーラちゃんを取られたって悔しがってたぜ」
イリネイは面白そうにニヤニヤと笑う。
「オレ、行かなくてよかった……」
二人に混じっていたら場違い感が半端なかったに違いない。
「ああ。賢明な判断だったな」
レネに同意してマトヴェイが頷く。
「なあ、だったらレネも一緒にミロンの店で飲まないか?」
イリネイはもともと幼馴染を誘いに来たのだろう。
「でもオレ、酒弱いし……」
飲みに行ったって楽しめない。
「じゃあ、温泉行こうぜ」
「それいいな! 俺も暫く行ってないし。レネはどうだ」
二人がレネに注目する。
「行く行く! ここ温泉あるなんて知らなかった」
レネもこの誘いには今度は乗り気になった。
ホリスキーに温泉があったとは初耳だ。
「地元の人間しか知らない穴場なんだよ。絶対お前も気に入ると思うぜ」
「よし、じゃあ決まりだ! 飯を食ったら温泉に集合な」
そう言い残し、仕事の邪魔をしないように、イリネイはさっさと帰って行った。
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