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1章 君に剣を捧ぐ
11 お邪魔虫
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目が覚めるとヘーゼルの瞳がこちらを覗き込んでいた。
「……ここは?」
知らない部屋だ。
「覚えてないのか……」
「レネさん起きた? なんて言ったらいいかわからないけど、昨日はありがとう……」
バルトロメイの後ろのテーブルで、バーラがバスケットから朝食を取り出していた手を止めて礼を述べる。
半身を起こして、ふと自分の身体を見下ろすと、自分の服ではないぶかぶかのシャツを着ている。
山賊たちと戦って、怪我人と一緒にホリスキーへ着いたところまではなんとか覚えているが、後は曖昧だ。
「そう言えば……おじさんは無事だったっ!?」
肝心なことを忘れていた。
パンッ!!
頬に衝撃が走り、口の中に鉄の味が広がる。
「——お前はなにしにここに来てるんだ? バーラの護衛だろうがっ、 目的を見失って皆に迷惑かけるな!」
「バルっ!?」
バーラは口元に両手をあてて、いきなりレネの頬を叩いたバルトロメイを驚きの表情で見ている。
「……でも、怪我人を見捨てるなんてオレにはできなかった」
バルトロメイの言うことは全くもって正論だ。
だが、レネにも譲れないことがあった。
「レネさん、昨日のこと覚えてないの? バルトロメイがここまで——」
「——バーラ、どうせこいつも覚えてないんだから言わなくていい」
「……でも……」
バーラは途中で話をバルトロメイに止められ、納得いっていない様子だ。
いったいなにがあったのかは記憶が曖昧なので想像するしかないが、なにかきっとバルトロメイに迷惑をかけていたに違いない。
「それより、早く朝食を済ませよう。お前は低体温症を起こしてたからな、沢山食え」
それぞれの席に着くと、バルトロメイがドンと、大量のオートミールの粥がったボウルをレネの前に置いた。
なんとかそれを腹に収め食事を終えると、レネはある疑問を口にする。
「……この服、お前のか?」
自分の荷物は怪我人に肩を貸して歩いてきたので、あの場に置いてきた。
たぶんもう誰かが持って行っているだろう。
だが、昨日着ていた服はどこに行った?
「昨日の服は汗で濡れてたから、洗濯して干してる最中だ。他の荷物は知らん」
少しムッとした顔でバルトロメイが告げる。
「……ごめん」
やはり色々迷惑をかけていたようだ。
「俺たちはもう少ししたら、バーラの家に行って荷物を纏めて、買い手が部屋の中を見に来る準備をして来るから、お前はここにいろ」
「え……オレも手伝うよ」
「その格好でどうやって手伝うんだよ。まだ服が乾くまで暫くかかるぞ」
言われて、レネは自分の身体を見下ろす。
バルトロメイのシャツ一枚を羽織っているだけで、下は下着のままで靴下さえ履いてない。
バーラは全く動じてないみたいだが、女の子の前でなんだか少し恥ずかしい。
『お~~~いバルトロメイはいるか? 昨日世話になったマトヴェイだ』
廊下で男の声がすると同時に、ノックの音が部屋に響く。
「マトヴェイ?」
バーラが名前に反応する。
「ああ、昨日の」
バルトロメイは急いで扉を開けに行った。
「おかげさんで、親父は助かった。処置が遅かったなら死んでたかもしれないって医者が言ってた。命の恩人に礼をさせてくれ」
バルトロメイの後に体格のいい男が入って来る。
「あれ!? バーラじゃないか!!」
「マトヴェイって聞いたからもしかしてって思ったら……」
お互い顔を見合わせて驚いている。
どうやら二人は知り合いのようだ。
「じゃあバルトロメイが護衛してた相手はバーラか……」
「そうよ。彼は私のはとこにあたるの。もしかして、怪我人ってあなたのお父さん?」
バーラはまさかという顔をしてマトヴェイを見つめる。
「そうだ。盗賊に足を刃物で刺されてた。そのままだったら、間違いなく死んでた」
「じゃあ、一緒の馬橇に乗ってたのかしら、私は男装していたし、皆外套のフードを深く被ってたからお互い気付かなかったわ」
「ところで、親父の命の恩人はどこだ? もう一人の護衛さんなんだろ?」
マトヴェイは部屋を見回すが、レネがいるのにも関わらず全く眼中に入ってない。
「彼よ」
バーラがレネの方を指し示す。
「え……!?」
レネの頭から足元まで、何度もマトヴェイの視線が往復する。
(どうせオレが護衛に見えないんだろ……)
毎度のこととはいえ、いい気分ではない。
「こんな人形みたいな兄ちゃんがか……? 山賊たちを全部殺して、親父の手当てをして町まで連れて来てくれたのか?」
「え……あの山賊たちを全部殺したって……!?」
バーラもマトヴェイの言葉を聞いて信じられない顔をする。
「親父がそう言ってた」
「……悪かったね、人形みたいなのが護衛で」
大変な思いをして町まで辿り着いたのに、その言いようはあんまりだ。
レネはすっかり機嫌を損ね不貞腐れた。
「おいおい、違うんだっ!! あんたがあんまり綺麗だからついつい。悪気はないんだ」
耳を真っ赤にしてマトヴェイがレネの両手を掴んで謝った。
「オレそんなこと言われてもぜんぜん嬉しくないから」
子供みたいに唇を尖らし顔を逸らした。
その顔を見て、余計にマトヴェイはオロオロする。
「マトヴェイ、レネは外見のことを言われるのが好きじゃないんだ。お前もガキじゃないんだからそんなんで拗ねるなよ」
バルトロメイが窘めるが、レネはその言葉にさえも気分を損ねる。
「このと通りだ! 親父の礼をさせてくれっ!」
「…………」
そこまでマトヴェイに頭を下げられても機嫌を損ね続けるのはまるで自分が子供みたいではないか。
「すまないが俺たちはこれから出かける。バーラの家に買い手が付いたから、片付けに行かないといけない。そいつは留守番だから適当にやっといてくれ」
バルトロメイたちは既に荷物を纏めて外に出かける準備を終わらせていた。
「あんたたちはこの宿にしばらくいるのか?」
「いや……時間がかかるかもしれないから、バーラの家に移るつもりだ」
もちろん、レネはそんなこと初耳だ。
「二人でか?」
マトヴェイはレネと二人を見比べる。
「そいつはあんたの親父さんを連れて来た時に自分の荷物を捨てて来た。昨日の服は洗濯中でまだ乾いてない。そんな格好でウロチョロさせるわけにもいかんだろ?」
「ああ~~~本当に申し訳ないことをした……片付けは二人で大丈夫なのか?」
レネの格好が自分の父親のせいなのだと知らされて、マトヴェイはより一層情けない顔をした。
「ええ。元々荷物は少ないし、先方もすぐ暮らせる状態のまま売ってほしいみたいだから、バルトロメイがいたら大丈夫だわ」
バーラの言葉を受けて、マトヴェイの目がなにかいいことでも思いついたかのように爛々と光る。
「なあ、あんた、ホリスキーにいるあいだ俺の家に来ねえか? 宿屋に泊っても金が嵩むだけだし、こいつら見ろよ、新婚さんみたいにいい雰囲気じゃねえか? 二人に任せとけばいいんじゃねえのか?」
『新婚さん』という言葉に反応してバーラが顔を真っ赤にしている所を見ると、まんざらでもないようだ。
(——オレって……やっぱりお邪魔虫なのか……)
最初にこの仕事の話を聞いた時から、シモンが二人を良い仲にさせたがっていたのはわかっていたつもりだ。
しかし改めて他人から聞かされると、今は自分が余計なお荷物だとわかる。
「あんたは親父の命の恩人だ。家に招待して礼をさせてくれ」
そんなレネの心境など知らないマトヴェイはグイグイと話を進めようとする。
「でも着替えが……」
自分が邪魔者だということは理解しているが、現実を突きつけられると認めがたく、悪あがきをしたくなる。
それに、バルトロメイは好きな子がいると言っていた。
(あいつにとっても、不本意なんじゃないか?)
「服なら心配しなくていい。ちょうどいいサイズが沢山ある」
「弟さんの?」
バーラが尋ねると、少し悲しい顔をしてマトヴェイは頷いた。
「ああ。まだ処分しきれねえんだよ……」
「……わかるわ……うちもまだ父の荷物はそのままだし」
会話から推測すると、マトヴェイの弟も亡くなっているのだろう。
二人とも表情に同じような翳りがさしている。
「よし、じゃあ決まりだ! あんた名前は?」
(なにが決まりだよ……勝手に決めやがって)
「……レネ」
だが訊かれたことには素直に答える。
「レネ、着替えは俺がすぐに準備するから、宿屋《ここ》を出よう。バーラたちも行くんだろ」
「ええ。……でも本当に良いの?」
「なに言ってんだよ、恩人になにもしないまま帰ったら、それこそ親父に怒鳴られるって」
先ほどからバーラとマトヴェイの二人で勝手に会話が弾んでいるが、そこにレネの意向など全く含まれていない。
しかしバルトロメイと一緒にレネが付いて行ったとしても、きっとバーラにとっては邪魔なのだ。
態度を見ていてもそれはわかる。
マトヴェイが是非とも家に来いと言っているので、お世話になるのが丸く収まるのだろう。
「わかったよ……あんたの家にお世話になるよ……」
「よし、決まりだ。すぐに着替えを持ってくるぜ」
そう言い残し、マトヴェイはさっさと部屋を出て行った。
「よかった。マトヴェイのお父さんもきっと喜ぶわ」
そんなバーラの顔も嬉しそうだ。
(やっぱりオレは邪魔者かよ……)
「なんだよ、さっきから浮かない顔して」
レネの二の腕を掴んで、バルトロメイは自分の方へと振り向かせる。
「……人の顔殴っといてよくそんなこと言えるよな。さっさと行けよ。どうせオレはお邪魔虫だよ……」
(それに、他に好きな子がいるのに、お前はそれでいいのかよ?)
勝手に自分たちに都合がいいように話を進めて行ったバーラとマトヴェイより、この男の煮え切らない態度の方が苛立たしい。
「レネさんっ、私はそう言うつもりで言ったわけじゃ……」
レネの言葉にバーラが反応する。
「いいよ。オレなんか気にしなくて。あの人んちでお世話になってるから」
顔では笑顔を浮かべながらも、レネの心は荒んでいた。
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