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1章 君に剣を捧ぐ
8 自分の役割
しおりを挟むシモンとバルナバーシュが依頼の話を詰めている間、バーラは手持ち無沙汰になり、窓の外に視線を向けた。
(あれ……?)
遠くからでもバーラにはすぐわかる。
応接室から見える裏門へ、バルトロメイが入って来た。
団長たちと同じ松葉色のサーコートを着ている。
隣にはもう一人同じ服装の人物がいた。
ほっそりとした青年で、サーコートを着ていなかったら誰も護衛とは思わないろう。
顔までは確認できないが、時より顔を近付けてバルトロメイと仲が良さげだ。
暫くして副団長が応接室から出て行ったかと思うと、すぐに誰かを呼んで戻って来る。
バルトロメイと、先ほどその隣にいた青年だ。
相変わらずバルトロメイはうっとりするほどの美男なのだが、一緒に入って来た青年は彼とは全くベクトルの違う中性的な美青年だった。
それもバーナが裸足で逃げ出したくなるほどの。
(なに……あれ……)
中性的な美青年など女にとっては敵でしかない。
観賞用なら目の保養になるのだが、決して近くで並ぶものではない。
自分の粗が浮き出てくるだけだ。
そして相手は男だというアドバンテージがあるものだから、一割増しに美しく見える。
まあ、この青年はそんなもの抜きにしても、バーラが太刀打ちできる代物ではないが。
そしてどうやら、この美青年も自分の護衛としてホリスキーまで一緒に行くようだ。
旅の間じゅう、美青年に負けぬよう化粧で自分の顔を誤魔化さなければいけないのかと思うと、明日からの旅が憂鬱になる。
別に男相手に勝負する必要もないのだが、なぜだろうか……バーラの中でむくむくとライバル意識が芽生えて来てきた。
「バーラ寒くない?」
「うん。敷物お陰で温かいわ」
馬橇での旅が始まり、バルトロメイはバーラが快適に過ごすことを最優先にしてくれる。
橇の乗り降りには必ず手を貸し、席にはバーラのためにわざわざ毛皮の敷物まで用意してくれている。
気分はまるで騎士に護られる姫君だ。
それにバーラの隣に座るレネは、向こう隣のおじさんの身の上話に捕まっているので、バルトロメイと二人っきりで旅しているようだった。
共有するブランケットを通して、バルトロメイの温もりが伝わって来る。
橇が揺れるたびに大きな手が身体を支えてくれ、夢のような時間が続いた。
まだ秋に父親を亡くしたばかりだというのに、女心とは現金なものだ。
宿泊予定のチェスタに到着すると、何度も訪れて慣れた様子のレネが、団員たちの利用する宿屋へと案内する。
バルトロメイとの旅にバーラの心は弾んでいたが、一日中冬の寒さに晒され、バーラの身体はクタクタに疲れていた。
「聞いてたと思うけど、バーラさんとバルトロメイは二人部屋を使って。オレは用事を頼まれてるし、大部屋を使うから」
(え……?)
宿の受付で、今夜泊まる部屋は二人部屋で、それもバルトロメイと二人と知らされ、バーラは大いに動揺する。
(二人っきりって……いいの? いいのかしら? 私たち若い男女よ?)
冷静になって考えると、シモンはベドジェシュカのことがありながら、未婚の若い女に若い男と旅をさせるとはなかなか大胆なことをする。
「いいのか?」
一人大部屋に行くというレネに、バルトロメイは聞き返す。
「だって、オレとバーラさんが同室なんてありえないだろ?」
レネは当たり前のように返す。
「おい、そこは美青年、間に入って仕事しろ」と思う反面、バルトロメイと二人っきりで一晩過ごすというとんでもない設定に、胸がバクバクと高鳴っていた。
用事があるからと、レネはさっさと宿を出て行った。
バーラはクタクタになって椅子に座り込んでしまったのに、あんな細い身体をしている割には、あの美青年……なかなかタフだ。
「疲れただろ? 俺みたいなむさい男と一緒の部屋で申し訳ないけど、君を護るためだ我慢してくれ」
外套を脱ぎながら、バルトロメイが苦笑いする。
「私だって騎士の娘よ。そんなのぜんぜん気にしないわ。それにあなたはむさくなんてないから」
父が生きていた頃は、よく部下を家に連れて来て食事をさせていたので、今までむさい男なんてたくさん見てきた。
むしろバルトロメイのような美男と二人っきりの方が慣れずに動揺する。
でもその父も、父が家に連れて来ていた部下も、皆いなくなってしまった。
突然心の中に空いている大きな穴に、風が吹き抜ける。
(ああ……)
心が闇に引きずり込まれるのを振り払うように、バーナはバルトロメイが脱いだ外套を受け取り壁へと掛ける。
バーラにしてみれば当たり前のことをしたまでだが、「やっぱり女の子って凄いね」と感激した様子でバルトロメイがこっちを見つめる。
「俺さ、十四の頃から騎士団に入れられて男しかいない世界で育ってきたから、女の子のいる場所はまるでキラキラ輝いている世界に見えるよ」
そんなことを言われても、バーラにとってはバルトロメイがいる場所こそがキラキラ輝いて見えるのに。
(女の世界を夢見すぎよ……)
正月早々、厨房で行われた惨劇をバルトロメイに見せてやりたい。
でもそう見えるのならば、それを十分に利用して、彼ともっと親密な仲になりたい。
一緒にいることができるのも、旅の間だけだ。
だからなんとかその間に、バーラは彼の心を掴みたかった。
暫くして、部屋に食事が運ばれる。
夕食はワンプレートに乗せられた羊の煮込み料理と付け合わせの野菜だ。
どれも結構な量がある。
「凄い量ね……」
バーラは最初から食べきれないとわかっているので、食欲旺盛なバルトロメイに三分の一ほど自分の分を譲る。
「君はヨハナ伯母さんから話を聞いているかもしれないけれど、リーパ護衛団の団長が俺の実の父親なんだ」
料理を食べながら、バルトロメイが身の上話を始める。
「ええ、知ってるわ。あんまりそっくりだったから吃驚した……」
「俺も最初に会った時に吃驚したよ。この人が父親に間違いないってね」
確かに、あそこまで似ていたら本人さえも驚くに違いない。
「団長さんには養子がいるとか?」
ヨハナが言っていたように、バルトロメイが押しかけたことで面倒な事態になっていないのだろうか?
バーラの中の好奇心がムクムクと頭を擡げる。
「ああ、いるよ。別に俺は認知してほしいとかそういう理由で押しかけたんじゃないんだ。それはちゃんと団長にもその養子にも説明してある。まあ……ひと悶着あったけどね……」
「養子の方もさぞかし驚いたでしょうね……」
やはり色々あったようだ。
「実はその養子が、レネなんだ」
「えっ!?」
バーラは思わず驚きの声を上げる。
あんな線の細い美青年が、団長の養子だとは……全く想像もしてなかった。
それに二人は、凄く仲良さげにしていたし、とてもひと悶着あったようには見えない。
「団長もレネを後継ぎとして育てているから、俺もレネの力になれたらと思っているとこさ」
本来なら、バルトロメイが父親の後を継いでもおかしくなかったはずなのに、本人はそれでいいのだろうか?
全く似ていないレネよりも、団長そっくりのバルトロメイの方が適役なのではないかと思う。
それに、繊細そうな美青年が護衛団の団長だなんて、どうもしっくりこない。
全く強そうにも見えないし。
「でもなんで護衛団に入団しようと?」
後継ぎになるわけでもないのに、わざわざ護衛団に留まる必要があるのだろうか?
「ん~~~……それは教えられない」
女なら誰もがうっとりする笑顔を向けられ、バーラは赤面するしかない。
完全に話をはぐらかされた。
(ズルい……)
「ずっと護衛団にいるつもりなの?」
バーラの問いに、バルトロメイから笑顔が消える。
(え? いけないこと訊いちゃった?)
不躾な質問だったかと、バーラは途端に心配になる。
「……俺がいることでレネに迷惑かけるようだったら、身を引いた方がいいんじゃないかって悩んでる」
バルトロメイの顔は真剣だ。
本気でレネが後を継ぐこと願っているのだろう。
(なんて欲のない人なの……)
「大伯父さまは、あなたが出て行った後に愚痴をこぼしてらしたけど、あなたには『騎士』であってほしいって。たぶん一傭兵として終わってほしくないんだと思うわ」
行く前にヨハナからも機会があったらバルトロメイに伝えてくれと、お願いされた言葉だ。
テサク家の総意と言っても過言ではない。
「——騎士か……なにをもって騎士というんだろうな……」
バルトロメイは困った顔をする。
確かに彼の言うように、騎士の定義は難しい。
貴族や騎士の家系に生まれた男児が、騎士団や騎士個人の下で、見習いとしての期間を経て、近衛・竜・鷹の王立騎士団だったら国王に、それ以外は領主や個人に剣を捧げ、仕える主に叙任を受けて一人前の騎士となる。
騎士団に所属するといっても上の条件に当てはまらない者は、本来なら騎士とは呼ばない。
面倒なので一般的に団員たちはみな騎士と呼ばれてはいるが、あくまでも便宜上であって実際の身分は違う。
騎士団の中でも正式に叙任を受けているのは、士官クラスの者たちだけだ。
平民でも騎士団には入団できるが、よっぽど優秀でない限り一生ヒラの団員で終わる。
バルトロメイは叙任は受けているものの、騎士団を退団しているので、仕える主がいない言わば黒騎士状態だ。
せっかく騎士の教育を受けたので、どこかの貴族を主に持って騎士として仕えてほしいというのが、祖父シモンの願いだ。
リーパ護衛団にいたとしても、団長になって国王に剣を捧げなければ、それ以外はただの傭兵だ。
バルトロメイがシモンの望む『騎士』として進むならば道は二つ。
一つ目は、リーパ護衛団に残り養子のレネを押しのけて団長になる。
だが、バルトロメイはレネの邪魔をすることを望んでいない。
だからこの一つ目はありえない。
二つ目は、どこかの貴族を主として剣を捧げ仕える。
シモンはバーラがメストに戻って来るまで、孫の良い奉公先がないか探すと言っていた。
そのためには、リーパ護衛団を退団しないといけなくなるが、先ほど『身を引いた方がいいかと悩んでいる』とバルトロメイは言っていたではないか。
可能性があるのはこちらだ。
バーラは普段からシモンの世話になりっぱなしだ、だから少しでも役に立ちたかった。
そしてバーラ自身も、バルトロメイには傭兵なんかよりも、立派な騎士として人生を歩んでほしかった。
(少しでも役に立てるように頑張ろう!)
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