菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

4 突然のご指名

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 休みの日の翌日に、メストでの仕事が終わりバルトロメイと一緒に執務室へ報告に向かっていると、階段を挟んで向かい側にある応接室の扉が開いた。

「やっぱりお前たちだったか。バルトロメイ、お前にご指名だ。ついでだレネも来い」
 
 ルカーシュが姿を現し、廊下に佇む二人を手招きする。

(バルトロメイに指名?)
 
 それもわざわざ客と対面させられるとは珍しい。

 言われるままに、二人はルカーシュの後に続き応接間へ足を踏み入れる。
 そこには、背筋のピンと伸びた体格の良い老人と、育ちの良さそうな若い女がいた。
 間違いなく老人は元武人。レネは佇まいを見るだけですぐにわかる。

「祖父ちゃんっ!?」
 
「おわっ」
 
 前を歩くバルトロメイが急に止まったので、レネはその背中にぶつかる。
 
(じいちゃん?)
 
 ということは、この老人がバルトロメイに剣を教えたという祖父なのだろうか。

「正月の挨拶もそこそこに勝手に帰りおって。だいたい傭兵になるために剣を教えたつもりはない」
 
 決して声を荒らげることはないのだが、言葉の端々に棘を感じる。

「なにしにここへ来たんだよ……」
 
 ウンザリした顔をしてバルトロメイが溜息をこぼした。

「シモン卿、依頼の話をしてもよろしいですか?」
 
 もしかしたら娘婿になっていたかもしれないバルナバーシュが、バルトロメイの祖父を促した。

 子供が生まれてもバルトロメイの母親は、父親に会わせることを認めなかったと聞いている。
 そこには祖父のシモンの意志も含まれると、レネは推測している。
 そんなシモンが目の前に訪ねて来ていても、バルナバーシュは顔色一つ変えず、普段と全く変わりない。
 
(凄えな……)

 これが大人のやり取りというものなのだろうか。
 改めて養父の肝太さにレネは舌を巻く。

「ああ。すまん見苦しい所を見せたな。バルトロメイ、お前にバーラの護衛を頼みたい。ホリスキーの家に買い手が付いて、引き渡しの手続きをせんといかん。バーラ一人ではなにかと大変だろうから、お前も手伝ってやりなさい。本来なら儂がついて行ってやりたいが、腰痛持ちには馬車移動は辛くてな」

 バルトロメイの祖父とオレクは騎士団の同期だったと聞いたが、七十半ばになっても普通に乗馬をこなすオレクは異常なくらい元気なのだ。
 シモンも普通の爺さんに比べたら十分かくしゃくとしているが。

「先ほど申しましたが、一人護衛するのに最低二名は必要です。ここにいるもう一人も同行させます」
 
(げっ……オレも行くのかよ)
 
 ルカーシュの申し出に、レネは身を竦ませる。

「ふん、護衛にしてはちと頼りなさそうだが、お前がいるならまあいい」
 
 レネを一瞥すると、シモンはまたバルトロメイに視線を戻す。

(どーせオレは頼りないですよ~だ)
 
 心の中でレネは「べー」っとシモンに対して舌を出す。
 
「この子が来てくれて、屋敷が随分と明るくなった。ヨハナも娘ができたみたいだと喜んでおる。バーナは儂にとっても孫娘みたいなもんだ。お前がいるからここに護衛を依頼しに来た。わかっているだろうな?」

 シモンの言葉に、バルトロメイはバーナの前まで歩み出ると左膝を立てたまま跪く。

「バーナ、君のことは俺が命に代えても守り抜く。だから安心してくれ」
 
 バーナにそう告げると、手の甲にキスをした。
 
「バルトロメイ……」
 
 まるで姫君のような扱いを受け、バーナは顔を真っ赤にして俯いた。

 レネはその完璧な動作に、バルトロメイは騎士として教育を受けたのだと改めて思う。
 やはりなにをしても絵になる男だ。

「そうだ。騎士たるもの、か弱き乙女を守るのが務め」
 
 シモンもバルトロメイに満足したかのように頷く。

(これは……)
 
 シモンがわざわざここに来て自分の孫にバーナの護衛を頼むのは、二人をくっつけようとしているからではないか……?
 疎いレネでさえ、シモンの意図に気付いた。
 年齢も近そうだし、バルトロメイとバーナはなんだかとてもお似合いに見える。

 そしてすっかり忘れていたが、レネも護衛でホリスキーまで一緒に行かないといけない。

(もしかしなくても、オレってお邪魔虫なんじゃ?)
 
 レネはなんだか急に明日からの仕事が憂鬱になってきた。
 


 シモンたちが帰った後も、そのままレネとバルトロメイは執務室に呼ばれ、明日からの詳しい仕事のうち合わせを行っていた。

「ホリスキー近辺で、賊が出没しているようだ。若い女性は特に狙われやすいからな注意しろ」
 
 バルナバーシュは常に街道の情報を集めている。
 護衛を行う上で安全を確かめることは重要だ。

「シモン卿からは詳しい事情は聞いていないが、家を売るなんてバーナさんになにがあったんだ?」
 
 バルナバーシュの疑問は、レネも気になっていたことだ。

「俺も詳しくは聞いてないのですが……バーナは俺のはとこで、その父親が鷹騎士団に所属していて、秋にある物をレロへ輸送中に襲撃されて亡くなってしまったんです。なんでも崖の上から岩を落とされて小隊が全滅だったとか。父親と二人で暮らしていたバーナは身寄りがなくなり、若い女の一人暮らしは物騒だと不憫に思った祖父さんが家に呼びよせて、それで誰も住まなくなった家を手放すことになって」

「そういうことか……娘一人残されるとは、辛いだろうな……」
 
「うちの祖父さんも、一人娘の母が死んで、少し滅入ってたんです。それに伯母も男ばかりでウンザリしてたところに若い娘が来たもんだから、喜んでるみたいだし」

「……血の繋がりがあるせいか、ベドジェシュカに少し似ているな」
 
 少し躊躇いがちに、バルナバーシュが口を開く。

「目の色は同じですね。性格は違うと思いますけど」
 
 バルトロメイもバルナバーシュと同じ表情をした後、苦笑いした。
 ベドジェシュカとは、ここでは二人だけしか知らないバルトロメイの母親のことだろう。

「で、シモン卿は突然帰って来た不肖の孫といい仲にでもなってくれたらと期待したのに、お前がとっとと逃げるものだから、ちょうどいい口実を見つけて自ら出向いて来たんだな」
 
 少ししんみりした空気を払しょくするように、ルカーシュが話題を変える。

「……まあ、そんな所でしょうね……」
 
 なんとも切れ味の悪い答えが返って来る。

「本来なら竜騎士団の小隊長くらいにはなっていたはずだろ? 俺が言うのもなんだが、シモン卿としてもこんな傭兵団ではなく、どこかの貴族に騎士として仕えてほしいんだろ。シモン卿にとってお前はベドジェシュカの忘れ形見だ。自分が責任を持って育て上げなければと思ってるんじゃないか?」

 バルナバーシュは長い足を組み直し、叱られた犬みたいにシュンとするバルトロメイに視線を向ける。
 
「……仰る通りです……」

「お前はもう成人している。どこにいようとお前の自由だ。だがもう一度、なにが最良か見つめ直してみろ」
 
「……はい」

 血の繋がった我が子に、バルナバーシュは一瞬だけ父親の顔を見せる。
 レネはなんとも形容しがたい気持ちでそれを眺めていると、バルナバーシュはレネの方に視線を移した。

「おい、レネ。お前が俺の後継ぎなんだぞ。そろそろ次期団長としての自覚を持って行動しろ」
 
 バルナバーシュ本人からこんなことを言われるのは初めてだ。

 ズシリとした重みが両肩にのしかかる。
 だが、自分とバルナバーシュとの間にしかない特別な関係性でもある。
 これは血の繋がったバルトロメイや、片腕であるルカーシュであっても侵害できない。

「——はい!」
 
 レネは力強く返事をすると、ヘーゼルの瞳を見つめ返した。


 早く自分も、憧れのこの存在に少しでも近付きたかった。
 近付きたいとは、すぐ隣で眺めていたいのではない。
 
 レネは、バルナバーシュのような強い男になりたいのだ。


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