菩提樹の猫

無一物

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1章 君に剣を捧ぐ

プロローグ

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 一台の馬車に前後五騎ずつ騎馬が警備に付き、街道を西の隣国レロへと進んでいた。
 殿しんがりを務めるトマーシュは今回警備を任された小隊の隊長だ。

 今回の任務は、レロの貴族の元まである品物を無事に届けることなのだが、どうも腑に落ちない。
 鷹騎士団の小隊を付けて馬車の警備に当たるのは中途半端に目立つだけだ。
 
 クローデン山脈を越えていくこの街道は、国境へと近付くほど見通しが悪くなり、山賊たちの出没する場所として有名だ。
 国境地帯に駐屯する竜騎士団が、定期的に山賊狩りをしているのにも関わらず、次から次へと湧いてくる。
 ちょうど道の分岐点にあるプートゥには鷹騎士団の屯所があり、トマーシュの小隊も普段そこに詰めて、通行人が被害に遭う度に出動していた。

 土着の山賊たちは、自分たちの狩場を荒らさないために大抵は金品だけを奪い、危害を加えることはない。
 通行人に危害を加えない程度だったら、鷹騎士団も目を瞑る。
 山賊が出る度に動いていたら、鷹騎士団も身が持たないからだ。
 被害に遭いたくないのなら、護衛を自前で雇って自衛するしかない。
 
 だが護衛を付けたからといっても、決して安全ではない。
 護衛を付けるということは、それに見合った人物、又は物が乗っていると周囲に知らせているようなものだ。
 一定の場所に定着せず流れで略奪行為を行う山賊たちは、狩場が荒れようともお構いなしなので、土着の山賊たちと違い殺しを厭わない。
 そういった山賊たちは一攫千金を狙い、護衛を付けた通行人を敢えて狙う。

 今回のように騎馬が十騎くらいなら、過去に何度も山賊たちに襲われた実例がある。
 それに実戦部隊である竜騎士団に比べ、捜査機関である鷹騎士団の戦力は決して高くない。
 昔捕えた山賊たちがこう言っていた。

『青はいいが緑色には絶対手を出すな』

 青の制服は鷹騎士団。
 緑の制服は竜騎士団。
 そして緑色はもう一つある。松葉色のサーコートのリーパ護衛団。

 悔しいことに鷹騎士団は傭兵団よりも戦力が下だと見られている。
 しかしあそこの団長も王に剣を捧げる騎士の一人だ。私設騎士団という括りでもおかしくないのかもしれない。
 そうでも思わないと、鷹騎士団が浮かばれない。
 

 だが今回なぜ、そんな鷹騎士団が護衛を任されたのだろうか?
 山賊たちが恐れる竜騎士団に任せるのが妥当ではないのか?

 トマーシュはずっとそのことが疑問だった。
 そして、道程の中で一番の難所といわれる、道の両側をそびえたつ岩壁に囲まれた箇所でそれは起こった。


「——奇襲だっ!」

 前方から叫び声と共に馬たちが一斉に嘶く。
 どうやら、障害物に行く手を阻まれたようだ。
 

「馬車囲んで死守しろっ!」
 
 トマーシュは退路を確認するために後ろを振り返ろうとした時、頭上から轟音と共に巨大な岩が降ってきた。
 今まで味わったことのない物凄い衝撃と共にトマーシュの意識はそこで途切れてしまった。



◆◆◆◆◆


「見つかったか?」
 
 暗闇の中を夜光石の灯りを頼りに、男たちが無人の馬車を探る。

「この箱の中にあるはずだ」
 
 一人の男が自分の腰ほどもある大きな金庫を指さす。
 
「このままじゃあ持ち出せないな。死体を探せばどっかに鍵があるだろうが、面倒くせえ……トーニここで開錠できるか?」
 
 赤毛の男が、後ろに控えていた痩躯のトーニに尋ねる。
 護衛の騎士たちを狙い、崖の上から岩を落して殺したので、岩の下敷きになった死体の中から鍵を探し出すのは大変だ。
 
「ええ。こんな鍵、朝飯前です」
 
 そう言うと、トーニは夜光石を鍵穴の前に持って来て、さっそく作業にとりかかった。
 宣言通りあっという間に鍵を開けると、後ろで見ていた赤毛の男が、中に入っていた人間の頭ほどの大きさの古い木の箱を持ち上げる。

 蓋を開け、布に包まれた金属のカップを取り出し、懐から出した導き石を近付ける。
 本物なら石が青く光りはじめるはずなのに、そんな気配など全くない。

「——クソっ、偽物だっ!」
 
 中途半端に護衛を付けていたのは、囮を目立たせわざと襲わせるためだったのだ。
 こちらの動きを完全に読まれて、まんまと敵の策略に嵌ってしまった。

「じゃあドロステア側にも俺たちの存在を知っている奴らがいるんですか?」
 
「上層部の奴等には情報が伝わっているかもな。もしかしたらどこかに敵が潜んでいるかもしれん。さっさとずらかろう」
 
 敵は導き石の存在まで知らない。
 ここは騙された振りをして偽の杯を持っていた方が、相手に余計な情報を与えなくて済む。

 瞬時にそう判断すると、赤毛の男——レーリオは懐に偽物の杯を入れ馬車を降りた。


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