菩提樹の猫

無一物

文字の大きさ
上 下
294 / 506
1章 君に剣を捧ぐ

プロローグ

しおりを挟む
 一台の馬車に前後五騎ずつ騎馬が警備に付き、街道を西の隣国レロへと進んでいた。
 殿しんがりを務めるトマーシュは今回警備を任された小隊の隊長だ。

 今回の任務は、レロの貴族の元まである品物を無事に届けることなのだが、どうも腑に落ちない。
 鷹騎士団の小隊を付けて馬車の警備に当たるのは中途半端に目立つだけだ。
 
 クローデン山脈を越えていくこの街道は、国境へと近付くほど見通しが悪くなり、山賊たちの出没する場所として有名だ。
 国境地帯に駐屯する竜騎士団が、定期的に山賊狩りをしているのにも関わらず、次から次へと湧いてくる。
 ちょうど道の分岐点にあるプートゥには鷹騎士団の屯所があり、トマーシュの小隊も普段そこに詰めて、通行人が被害に遭う度に出動していた。

 土着の山賊たちは、自分たちの狩場を荒らさないために大抵は金品だけを奪い、危害を加えることはない。
 通行人に危害を加えない程度だったら、鷹騎士団も目を瞑る。
 山賊が出る度に動いていたら、鷹騎士団も身が持たないからだ。
 被害に遭いたくないのなら、護衛を自前で雇って自衛するしかない。
 
 だが護衛を付けたからといっても、決して安全ではない。
 護衛を付けるということは、それに見合った人物、又は物が乗っていると周囲に知らせているようなものだ。
 一定の場所に定着せず流れで略奪行為を行う山賊たちは、狩場が荒れようともお構いなしなので、土着の山賊たちと違い殺しを厭わない。
 そういった山賊たちは一攫千金を狙い、護衛を付けた通行人を敢えて狙う。

 今回のように騎馬が十騎くらいなら、過去に何度も山賊たちに襲われた実例がある。
 それに実戦部隊である竜騎士団に比べ、捜査機関である鷹騎士団の戦力は決して高くない。
 昔捕えた山賊たちがこう言っていた。

『青はいいが緑色には絶対手を出すな』

 青の制服は鷹騎士団。
 緑の制服は竜騎士団。
 そして緑色はもう一つある。松葉色のサーコートのリーパ護衛団。

 悔しいことに鷹騎士団は傭兵団よりも戦力が下だと見られている。
 しかしあそこの団長も王に剣を捧げる騎士の一人だ。私設騎士団という括りでもおかしくないのかもしれない。
 そうでも思わないと、鷹騎士団が浮かばれない。
 

 だが今回なぜ、そんな鷹騎士団が護衛を任されたのだろうか?
 山賊たちが恐れる竜騎士団に任せるのが妥当ではないのか?

 トマーシュはずっとそのことが疑問だった。
 そして、道程の中で一番の難所といわれる、道の両側をそびえたつ岩壁に囲まれた箇所でそれは起こった。


「——奇襲だっ!」

 前方から叫び声と共に馬たちが一斉に嘶く。
 どうやら、障害物に行く手を阻まれたようだ。
 

「馬車囲んで死守しろっ!」
 
 トマーシュは退路を確認するために後ろを振り返ろうとした時、頭上から轟音と共に巨大な岩が降ってきた。
 今まで味わったことのない物凄い衝撃と共にトマーシュの意識はそこで途切れてしまった。



◆◆◆◆◆


「見つかったか?」
 
 暗闇の中を夜光石の灯りを頼りに、男たちが無人の馬車を探る。

「この箱の中にあるはずだ」
 
 一人の男が自分の腰ほどもある大きな金庫を指さす。
 
「このままじゃあ持ち出せないな。死体を探せばどっかに鍵があるだろうが、面倒くせえ……トーニここで開錠できるか?」
 
 赤毛の男が、後ろに控えていた痩躯のトーニに尋ねる。
 護衛の騎士たちを狙い、崖の上から岩を落して殺したので、岩の下敷きになった死体の中から鍵を探し出すのは大変だ。
 
「ええ。こんな鍵、朝飯前です」
 
 そう言うと、トーニは夜光石を鍵穴の前に持って来て、さっそく作業にとりかかった。
 宣言通りあっという間に鍵を開けると、後ろで見ていた赤毛の男が、中に入っていた人間の頭ほどの大きさの古い木の箱を持ち上げる。

 蓋を開け、布に包まれた金属のカップを取り出し、懐から出した導き石を近付ける。
 本物なら石が青く光りはじめるはずなのに、そんな気配など全くない。

「——クソっ、偽物だっ!」
 
 中途半端に護衛を付けていたのは、囮を目立たせわざと襲わせるためだったのだ。
 こちらの動きを完全に読まれて、まんまと敵の策略に嵌ってしまった。

「じゃあドロステア側にも俺たちの存在を知っている奴らがいるんですか?」
 
「上層部の奴等には情報が伝わっているかもな。もしかしたらどこかに敵が潜んでいるかもしれん。さっさとずらかろう」
 
 敵は導き石の存在まで知らない。
 ここは騙された振りをして偽の杯を持っていた方が、相手に余計な情報を与えなくて済む。

 瞬時にそう判断すると、赤毛の男——レーリオは懐に偽物の杯を入れ馬車を降りた。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

そばにいられるだけで十分だから僕の気持ちに気付かないでいて

千環
BL
大学生の先輩×後輩。両片想い。 本編完結済みで、番外編をのんびり更新します。

俺にとってはあなたが運命でした

ハル
BL
第2次性が浸透し、αを引き付ける発情期があるΩへの差別が医療の発達により緩和され始めた社会 βの少し人付き合いが苦手で友人がいないだけの平凡な大学生、浅野瑞穂 彼は一人暮らしをしていたが、コンビニ生活を母に知られ実家に戻される。 その隣に引っ越してきたαΩ夫夫、嵯峨彰彦と菜桜、αの子供、理人と香菜と出会い、彼らと交流を深める。 それと同時に、彼ら家族が頼りにする彰彦の幼馴染で同僚である遠月晴哉とも親睦を深め、やがて2人は惹かれ合う。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

御伽の空は今日も蒼い

霧嶋めぐる
BL
朝日奈想来(あさひなそら)は、腐男子の友人、磯貝に押し付けられたBLゲームの主人公に成り代わってしまった。目が覚めた途端に大勢の美男子から求婚され困惑する冬馬。ゲームの不具合により何故か攻略キャラクター全員の好感度が90%を超えてしまっているらしい。このままでは元の世界に戻れないので、10人の中から1人を選びゲームをクリアしなければならないのだが…… オメガバースってなんですか。男同士で子供が産める世界!?俺、子供を産まないと元の世界に戻れないの!? ・オメガバースもの ・序盤は主人公総受け ・ギャグとシリアスは恐らく半々くらい

処理中です...