菩提樹の猫

無一物

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13章 ヴィートの決断

17 再発

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◆◆◆◆◆


 仕事が終わり、レネとヤンは夕食の前に風呂へ入ろうと大浴場まで廊下を歩いていた。
 
「あ……パンツ持ってくんの忘れた。お前先に行け、部屋に取りに行って来る」
 
「うん」
 
 ヤンが忘れ物を取りに行ってしまったので、レネは仕方なく一人で大浴場へと向かった。
 団長の怒声が廊下に響いてからというもの、常に好奇心の目がまとわりついてくる。
 
 あと何日もしたら他の団員たちも新しい話題に飛びついて、すぐ忘れてしまうだろうからもう少しの我慢だと思っているが、ずっとストレスになっていた。

 特にこうやって一人になると、無遠慮な視線に晒される。

 団員たちにとって団長は絶対服従の存在だが、その養子のレネを面白くない目で見る連中は常に一定数いる。
 在籍期間は長くはないもののレネよりも年齢の高い団員たちに、その傾向は高く見られた。
 彼らはレネが養子になった経緯も知らないし、バルトロメイとの決闘事件以来、レネとバルナバーシュとの仲を怪しんでいる者さえいる。
 
 そして高確率で、一時期よりも減ったものの副団長のルカーシュのことも嫌っている。
 要するに、自分よりも軟弱に見える男が、バルナバーシュに重用されているのが面白くないのだ。

 犬の集団のボスは絶対的だが、ちょっとしたことでその周辺の均衡が崩れ、常に順位が入れ替わる。
 それは犬の中に混じっている猫も一緒だ。
 ボスの目が光っていない所ではこの集団も一枚岩ではない部分がある。
 光が強いとそのぶん影も暗い。
 
 脱衣所で服を脱いでいると、まさにそういった連中が五人ほど中へ入って来る。
 
「今日は一人か? 珍しいな」
「その身体で誑し込んだ番犬はどうしたよ?」
 
「…………」
 
 こういうのは無視するのが一番だ。
 ヴィートとのことが明るみに出て以来、レネをよく思わぬ団員たちから誹謗中傷されている。
 レネはさっさと服を脱いで浴場へと入って行く。
 しかしすぐに男たちも後を追ってきて、洗い場の両隣を囲まれた。
 
(あ~あ……端に行けばよかった……)
 
 目的は同じなのでこうなるのは目に見えていたのに……とレネは後悔する。
 時間が少し遅いせいもあってか、自分たち以外の人影はない。

「なあ、八条違反ってなにやったんだよ? あのチビのをケツに突っ込んだのか?」
 
 右隣の男が興味津々で訊いてくる。もう何度も訊かれた話だ。
 
「あいつ身体の割にはデカいよな」
「いや、俺のがデカいって」
 
 左隣の男も話に乗って来て、レネを挟んでどうでもいい話をはじめる。

「あのチビが食堂で自慢してたぜ。誘ったらすぐにのって来たって」
 
「は!?」
 
 レネは驚きに目を見開く。
 ヴィートの心無い発言は怒りよりも悲しみの方が大きい。

「マジか、じゃあ俺たちにもイイことしてくれんのか?」
 
 面白がって連れの男たちもこちらに集まって来た。
 
「なあ、ちょっと付き合えって」
 
 どう反応していいかわからず、ただ唇を噛み締めていると、いきなり後ろから腕を引っ張られる。
 相手は同じ護衛の仕事をしている団員だ。剣では勝てる相手でも裸の状態では、力でレネが適うはずもない。

 それに騒ぎを起こしたばかりだ。またここで乱闘でも起こせば今度は罰金だけでは済まないかもしれない。
 だから強く出れないでいた。
 軽いレネの身体は、バランスを崩し後ろに立っている男から抱き込まれる形になる。

「……さっきからなんだよっ!」
 
 怒りを込めて男を振り返り睨む。
 揶揄うだけにしても、ここまでやられると黙ってられない。

「そう、怒るなよ。あんなチビよりも俺の方がデカいし」
 
 耳の後ろで囁かれ、レネは気持ちの悪さにゾクリと肌が粟立つ。
 
「それ言うなら俺だってほら、見ろよ勃ってもないのにこれだぜ?」
 
 右隣にいた男がこれ見よがしに、ぶらぶらと自分の雄を揺らして見せた。
 
「俺たち、猫ちゃんがそんなにスキモノだったなんて知らなかったからさ、ちょっと協力してやろうと思ってな」
「ほら、その可愛いお口で咥えてもいいんだぜ?」
 
 身体を動かそうとするが後ろからガッチリと羽交い絞めにされて身動きが取れない。
 
「離せっ!」
「ちょっと遊ぶだけだろ」
 
 後ろから顎を掴まれ無理矢理口を開かせられる。

(——あっ……)

 キーンという耳鳴りの音と共に、ドクドクドクドクと心音が響いて来る。
 誰かに足元から魂だけを引っ張られるような……口では言い表せない不快な感覚に、レネは全身で抵抗する。

(ヤメロ……ヤメロ……)
 
 身体が一気に冷たくなって思ったように動かせない。

『次は口に咥えろ。絶対歯を立てるな』
『ほらっ、上を見ろッ……誰のチンポ咥えてんのかその目に焼き付けるんだっ……』

『死ぬまで可愛がってやる』
『お前いきなり突っ込むのかよ』
『いいじゃねえかよ、待ちきれねえんだよ』

 初めて人のモノを咥えされられた時の情景と、無人島で松明を持った男たちに見下ろされている情景がぐるぐる渦を巻いて混ぜ合わさり、視界がグニャリと歪んだ。


「——おい、レネっ!」

「…………っ!?」
 
 聞き慣れた声と共に、視界が明るくなる。

「大丈夫か?」
 
 頬をペチペチと軽く叩かれ、冷えきっていた身体に温もりが伝わって来る。
 いつの間にかタイルの床の上に座り込んでいて、心配そうにヤンが顔を覗き込んでいた。
 
「え……?」
 
 レネは自分が置かれている状況がわからない。
 
「お前……真っ青じゃないか。手先も冷たくなってるし」
 
 引き摺られながら、冷えきった身体を湯船に浸けられる。

 身体に熱が戻ってくると共に頭が回り始め、先ほどの状況を思い出してきた。
 
(——そういえば……あいつらに、後ろから押さえられて……)

「……他の奴らは……?」
 
 恐る恐る隣で湯に浸かるヤンを見上げた。
 
「さあ? 俺が入って来たとたんにさっさと出て行きやがった。お前だけ一人ぼーっと座り込んでるから、なにかあったのかってびっくりしたぜ。お前……本当に大丈夫か?」

(——オレは……)


 ヤンにいつもの流れで食堂に誘われたが、レネは断って自室へ一足先に帰って来た。
 扉を閉めたとたん浴室に駆け込み、ゲエゲエと吐く。
 さきほど風呂場で男たちからされそうになっていたことを思い出したとたんに、強烈な吐き気に襲われたのだ。

(——せっかく治ったと思ったのに……)
 
 吐くものがなくなってもなかなか吐き気は治まらない。

 大したことないはずなのに、あんな奴らに抵抗もできずにいた自分が歯痒かった。
 ヤンが来なければ、好き勝手に弄ばれていたかもしれない。
 
 襲われた時のショックを思い出し、身動き一つできなくなるなんて、肉食獣の前で気絶するウサギみたいだ。


(——こんなんじゃ駄目だ……)
 
 レネは冷たい水で顔を洗い、バチンと両手で頬を叩いて気合を入れ直した。



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