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13章 ヴィートの決断
13 食堂で
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ヴィートは一日の仕事を終え、アルビーンと二人、食堂で夕飯を食べていると、向こう側の離れた席にレネとカレルが座っているのが見えた。
昨日からレネに避けられている。
執務室から聞こえてきた団長の怒鳴り声で、団員たちに『ヴィートが猫に手を出した』という話が広がり、みな面白がって当事者の二人を揶揄ってくる。
「お前、猫さんに避けられてるよね。そりゃあ当たり前か。変に勘ぐられるのも嫌だもんな」
同室のアルビーンとエミルには一通りなにがあったか話したが、『お前は馬鹿だけど、同情の余地はある』とヴィートの一連の行動に理解を示してくれた。
「レネはそういう目で見られるのをなによりも嫌うからな」
「その口が言うか……」
まるで他人事のように言うヴィートをアルビーンが呆れながら見返す。
夏の盛りでトマトが安いからなのか、最近トマトの煮込みが多いような気がする。
今日もベーコンとパプリカとトマトを煮込んで溶き卵を入れた料理だ。
ドロステアではどの家庭でも作られる夏の一品だが、家庭料理には縁のないヴィートはここにきて初めてこの料理を食べた。
付け合せもドロステアで定番の茹でたパンだ。
リーパの食堂では窯で焼いたパンよりもこの茹でパンかじゃがいもが付け合せに出されることが多い。
いぜん食堂を手伝っていた妹のミルシェに言わせると、普通のパンを焼くよりもこちらの方が手間がかからないらしい。
ヴィートも焼いたパンよりも腹持ちが良いので茹でパンの方が好きだ。
「それにしても、お前……よく団長に面と向かってあんなこと言えたよな……」
「え……だってさ、お宅の息子さんあまりにも無防備過ぎですって教えてやりたくてな」
「——お前……勇気あるな……」
茹でパンにトマト煮を含ませながらアルビーンはルームメイトを見つめた。
「でもよ、マジでチョロかったんだ——」
「——なにがだ?」
とつぜん隣にドンッとトレイを置かれ、団長と同じヘーゼルの瞳で睨みつけられる。
「……バルトロメイ……」
程よく筋肉のついた長身に、鋭い眼差しの中にもどこか甘さを漂わせた顔立ち、ヴィートのコンプレックスを刺激する男が隣へと座った。
「こんな所でそんな話をするんじゃねえ」
日ごろは滅多に近付いてくることのない男が、自分から話しかけてくるなんて珍しいと思ったが、怒りを滲ませた声を聞いて納得する。
(俺がレネに手を出して怒ってるのか?)
「誘ったらすぐにのってきたのに?」
ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ、バルトロメイを見上げる。
「……なんだと?」
いつもは自信に溢れているバルトロメイが驚愕のあまり固まってしまっている。
(もっとこいつを困らせてやれ)
「これ以上はレネのプライベートに関わることだから言わないけど——そういやなんか言ってたな~~バスカ・ベスニスに言った時に身体じゅう虫から刺されて……その日は酔っ払ってたから記憶がないって……」
「…………」
今度はバルトロメイの顔が青くなる。
(やっぱりこいつの仕業だったのか)
団長そっくりな男の百面相に、向かい側に座るアルビーンはどう反応してよいかわからず顔を引き攣らせている。
茹でパンで皿に付いたトマト煮を綺麗に掬って口に放り込むと、ヴィートはまだなにか言いたげにしているバルトロメイを一瞥し、空のトレーを持ってさっさと席を立った。
「ごちそうさま~~じゃあお先に~~」
「ちょっと待て、お前な、レネの立場も少しは考えろよ」
腕を引かれ周りに聞かれないように耳元で忠告される。
「なんだよ、姑息な真似したあんたに言われたくねーよ」
「…………」
(勝ったっ!!)
酔っ払っている間にこそこそとイタズラした男とは違う。
(——俺は堂々と扱き合ったんだ!)
勝者の表情でヴィートは厨房に繋がったカウンターへ食器を返し、食堂を後にした。
バルトロメイがなにか言いたげな顔をしていたが、優越感に浸っていたヴィートは、悔しがっているようにしか見えない。
自分をレネにどう見てほしいかで頭がいっぱいで、周囲の状況などまったく気にしていなかったのだ。
ヴィートは一度、自分の部屋に戻り荷物を置きに戻る。
娯楽室に行っても他の団員たちから今回の件で揶揄われるのが目に見えているので、散歩がてらに裏門を抜け外へ出かけた。
休みの前日は歓楽街へ向かって宿屋通りをそのまま南に歩いていくのだが、あいにく明日も仕事が入っている。
敷地を出て北へ向かいドゥーホ川に突き当たると東に歩先を変えた。
夕食を済ませた後でもまだ外は明るい。西日が川面を照らしキラキラとピンク色に光っている。
河原は広い空き地になっており、定期的に街の浮浪者が集められここか荷馬車に家畜の様に乗せられているのを目にする。堤防の外側にある河川敷は雨が降ると増水してすぐに浸水するので空き地になっていた。
実はここにもリーパが利用している土地があり、非番の馬を放牧している。
夕方になり馬たちは厩舎に帰っているが、ヴィートはなんとなくそこまで歩いてみようと足を向けた。
周りの空き地には背の高い草が生えておりあまり見通しはよくない。
ヴィートの中を悪寒が走り、ゾッと背筋に鳥肌が立つ。
(——なんだ!?)
「あっ!?」と思った時にはもう既に喉元にナイフの切っ先が突きつけられていた。
いつの間にか知らない男に背後を取られ、急所を押えられた。
「隙だらけで歩いてんじゃねえよ。お前それでも護衛か?」
(——誰だ!? なぜ俺を護衛だと知ってる?)
任務中ではないのでサーコートを脱いでいるのに、なぜ正体を見破られたのだろうか……。
予想もしなかった展開に、ヴィートの心臓が凍り付く。
昨日からレネに避けられている。
執務室から聞こえてきた団長の怒鳴り声で、団員たちに『ヴィートが猫に手を出した』という話が広がり、みな面白がって当事者の二人を揶揄ってくる。
「お前、猫さんに避けられてるよね。そりゃあ当たり前か。変に勘ぐられるのも嫌だもんな」
同室のアルビーンとエミルには一通りなにがあったか話したが、『お前は馬鹿だけど、同情の余地はある』とヴィートの一連の行動に理解を示してくれた。
「レネはそういう目で見られるのをなによりも嫌うからな」
「その口が言うか……」
まるで他人事のように言うヴィートをアルビーンが呆れながら見返す。
夏の盛りでトマトが安いからなのか、最近トマトの煮込みが多いような気がする。
今日もベーコンとパプリカとトマトを煮込んで溶き卵を入れた料理だ。
ドロステアではどの家庭でも作られる夏の一品だが、家庭料理には縁のないヴィートはここにきて初めてこの料理を食べた。
付け合せもドロステアで定番の茹でたパンだ。
リーパの食堂では窯で焼いたパンよりもこの茹でパンかじゃがいもが付け合せに出されることが多い。
いぜん食堂を手伝っていた妹のミルシェに言わせると、普通のパンを焼くよりもこちらの方が手間がかからないらしい。
ヴィートも焼いたパンよりも腹持ちが良いので茹でパンの方が好きだ。
「それにしても、お前……よく団長に面と向かってあんなこと言えたよな……」
「え……だってさ、お宅の息子さんあまりにも無防備過ぎですって教えてやりたくてな」
「——お前……勇気あるな……」
茹でパンにトマト煮を含ませながらアルビーンはルームメイトを見つめた。
「でもよ、マジでチョロかったんだ——」
「——なにがだ?」
とつぜん隣にドンッとトレイを置かれ、団長と同じヘーゼルの瞳で睨みつけられる。
「……バルトロメイ……」
程よく筋肉のついた長身に、鋭い眼差しの中にもどこか甘さを漂わせた顔立ち、ヴィートのコンプレックスを刺激する男が隣へと座った。
「こんな所でそんな話をするんじゃねえ」
日ごろは滅多に近付いてくることのない男が、自分から話しかけてくるなんて珍しいと思ったが、怒りを滲ませた声を聞いて納得する。
(俺がレネに手を出して怒ってるのか?)
「誘ったらすぐにのってきたのに?」
ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ、バルトロメイを見上げる。
「……なんだと?」
いつもは自信に溢れているバルトロメイが驚愕のあまり固まってしまっている。
(もっとこいつを困らせてやれ)
「これ以上はレネのプライベートに関わることだから言わないけど——そういやなんか言ってたな~~バスカ・ベスニスに言った時に身体じゅう虫から刺されて……その日は酔っ払ってたから記憶がないって……」
「…………」
今度はバルトロメイの顔が青くなる。
(やっぱりこいつの仕業だったのか)
団長そっくりな男の百面相に、向かい側に座るアルビーンはどう反応してよいかわからず顔を引き攣らせている。
茹でパンで皿に付いたトマト煮を綺麗に掬って口に放り込むと、ヴィートはまだなにか言いたげにしているバルトロメイを一瞥し、空のトレーを持ってさっさと席を立った。
「ごちそうさま~~じゃあお先に~~」
「ちょっと待て、お前な、レネの立場も少しは考えろよ」
腕を引かれ周りに聞かれないように耳元で忠告される。
「なんだよ、姑息な真似したあんたに言われたくねーよ」
「…………」
(勝ったっ!!)
酔っ払っている間にこそこそとイタズラした男とは違う。
(——俺は堂々と扱き合ったんだ!)
勝者の表情でヴィートは厨房に繋がったカウンターへ食器を返し、食堂を後にした。
バルトロメイがなにか言いたげな顔をしていたが、優越感に浸っていたヴィートは、悔しがっているようにしか見えない。
自分をレネにどう見てほしいかで頭がいっぱいで、周囲の状況などまったく気にしていなかったのだ。
ヴィートは一度、自分の部屋に戻り荷物を置きに戻る。
娯楽室に行っても他の団員たちから今回の件で揶揄われるのが目に見えているので、散歩がてらに裏門を抜け外へ出かけた。
休みの前日は歓楽街へ向かって宿屋通りをそのまま南に歩いていくのだが、あいにく明日も仕事が入っている。
敷地を出て北へ向かいドゥーホ川に突き当たると東に歩先を変えた。
夕食を済ませた後でもまだ外は明るい。西日が川面を照らしキラキラとピンク色に光っている。
河原は広い空き地になっており、定期的に街の浮浪者が集められここか荷馬車に家畜の様に乗せられているのを目にする。堤防の外側にある河川敷は雨が降ると増水してすぐに浸水するので空き地になっていた。
実はここにもリーパが利用している土地があり、非番の馬を放牧している。
夕方になり馬たちは厩舎に帰っているが、ヴィートはなんとなくそこまで歩いてみようと足を向けた。
周りの空き地には背の高い草が生えておりあまり見通しはよくない。
ヴィートの中を悪寒が走り、ゾッと背筋に鳥肌が立つ。
(——なんだ!?)
「あっ!?」と思った時にはもう既に喉元にナイフの切っ先が突きつけられていた。
いつの間にか知らない男に背後を取られ、急所を押えられた。
「隙だらけで歩いてんじゃねえよ。お前それでも護衛か?」
(——誰だ!? なぜ俺を護衛だと知ってる?)
任務中ではないのでサーコートを脱いでいるのに、なぜ正体を見破られたのだろうか……。
予想もしなかった展開に、ヴィートの心臓が凍り付く。
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