菩提樹の猫

無一物

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13章 ヴィートの決断

5 手当て

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◆◆◆◆◆


 二人ともさっさと風呂で汗を流すと、そのまま傷の手当をするために下着一枚で部屋に戻る。

「いってぇなっ、もう少し優しくやれよ!」

「こんな大したことない傷でギャーギャーうるせえんだよ。ほら、終わりっ」

 消毒した傷に薬を塗り込んで、ガーゼと包帯を巻くと、レネは手慣れた様子でヴィートの手当を終わらせた。

「じゃあ次は俺がやってやるよ」

 席を代わり、ヴィートは新しい脱脂綿を取り出し酒に浸すと、今度はレネの傷の手当に取りかかる。
 ヴィートは改めて傷を確かめるふりをして、レネの身体を見回した。

(こんな細い身体で簡単に首を撥ねやがって……)

 どうしたらそんなことができるのか皆目検討つかない。
 レネは山賊たちを十人近く殺し、ヴィートは二人しか仕留められなかった。それも濃墨という男から斬られる寸前に助けられた。

(俺だってまだ殺れたのに……)

 レネとの間にある大きな差を、いつになったら縮められるのだろうか?

(足りない……)
 
 身体の中で燻っている炎が、消化不良を起こしている。
 戦っている時に感じた、生と死の同居する、あの感覚をもう一度味わいたかった。

 その欲求不満が違う所で爆発する。

「背中も掠り傷になってるじゃん」

 女よりも硬質な腰の括れを描く白い背中に、赤い線が走っている。
 レネの傷はヴィートとは違い掠り傷ばかりだ。きっとこれも実力の差だろう。
 またつまらないことで悔しくなり、つい子供じみたマネをして、強い酒をしみ込ませた脱脂綿を少し乱暴にぐりぐりと傷に押し当てた。
 
「……くっ……お前わざと痛くしてるだろっ!」

(声やべっ……)

 油断していたレネが振り返ってヴィートを睨む。
 ちょっとだけ涙目になっていて、その表情は若い雄の加虐心を刺激する。

「レネこそ掠り傷なのにギャーギャーうるせえな」

 ニヤリと笑って言い返してやるが、心の中では完全に余裕をなくしていた。

「ほら、前もやってやるよ。自分じゃやりにくいもんな」

 前に回り、右胸にある傷を見つけてドキリと心臓が高鳴った。
 ピンセットで摘んだ脱脂綿を、手元が狂ったふりをして、巫山戯ふざけた色をした乳首にわざと擦り付ける。

「……ぅあっ!?」

 不意打ちで無防備な所を触られて、レネは驚いた声を上げる。その声さえも、ヴィートの股間にダイレクトに響いた。

「あっ……ゴメン。手元が狂っちまった」

 悪びれることもなくすぐ下にある傷を消毒すると、今度は沁みたのかピクリと胸の筋肉が動いた。
 よく見たらレネの右の乳首がぴんと勃っているのに気付き、ヴィートはもう我慢できなくなる。
 
「なあレネ……俺さ今日初めて人殺したんだ」

「知ってる」

(気付いていたのか……)

 こういう時は正直に自分の心の内を吐き出すに限る。
 レネだって同じ男だ。きっとこの気持をわかってくれるはずだ。
 
「俺さ……なんかムラムラしちゃって我慢できねぇ……」

 正面に向かい合って座り、レネの両手を握りしめ、困った顔をして見上げる。
 
「は……?……じゃあ娼館でも行って来いよ。黙っといてやるから」

 リーパには任務中に私的な行動をとったら減給の罰則がある。
 団長に報告をするまでは任務は終了したことにならないので、二人はまだ現在も任務中だ。

「それがさ……この前の給料日に行って来たんだけど、俺まったく女に反応しなかったんだ……」

「……は?」

 レネが怪訝な顔をしてこちらを見ている。
 話の意図がまったく掴めていないようだ。
 年下のヴィートから見ても、レネはどこか抜けていて、自分の容姿に無頓着な所があり、見ていて危なっかしくなる時がある。
 
「俺さ……ヒルに吸い付かれて素っ裸になってるの見てから、レネしか反応しなくなったみたい」

「……嘘だろ……?」

 猫みたいな目を見開いて、信じられないような顔をしてヴィートを見つめる。
 レネの瞳はよく見たら、光の加減で黄緑色に水色が混ざって見える時がある。

「本当だよ。ほら」

 レネの左手を自分の股間へと持っていく。

「……っ!?」

 既に兆しを見せている若い雄に触れると、レネがたぎったヤカンにでも触ったかのようにビクリと手を離そうとするが、ヴィートはその手を掴んだまま離さない。

「レネのせいでこんなことになっちまった。今まで普通に女の子抱いてたのに……どうすんだよ」

「……どうするって……オレはなにも……」

 見知らぬ男だったら、今ごろ殴られるか蹴り倒されているだろうが、さすがのレネもヴィート相手だとそうはいかないようだ。
 ヴィートはその弱みに付け込んで、どんどんレネの攻略にかかっていく。




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